46.青龍の道
結局、二度の魔獣遭遇によって大幅な足止めをくらった一行は、やむなく川のほとりで野宿することになった。
男女に分かれ、それぞれが『家』を生成する。
真白は橘が生み出した高床式の木造小屋で横になっていた。
一人分空けて波流が同じ向きで横たわっていたが、やがて静かに身を起こし、小屋の外へと出ていった。
外には守りの結界を張る橘がいる。
しばらくすると、二人の話し声が混じり合い、時折、笑い声が夜気を揺らした。
真白はその声を遠くに聞きながら瞼を閉じ――眠りに落ちた。
※※※※※
気づけば、真白は深い闇の中に独り立っていた。
足元は底知れぬ闇に沈み、草の感触も、冷たい夜風の肌触りも感じられない。
体は鉛のように重く、手を伸ばしても何も届かず、声をあげようとしても喉は乾き、言葉は闇に飲み込まれる。
呼吸さえも重く、胸が押し潰されそうだった。
ふいに笑い声が響く。
振り返ると、茶々の姿があった。
しかし茶々は、闇に溶けるように輪郭しか見えない“誰か”と肩を並べ、心から楽しそうに笑っていた。
自分の知らぬ誰かに茶々が奪われていく。
胸を裂くような痛みに、追いかけようとするが足は動かない。
だがその“誰か”は、どこか自分の知っている気配を纏っていた。
見えないのに、確かにそこにある何かを感じた瞬間、真白はますます動けなくなる。
また別の笑い声。
今度は橘と波流が笑い合う姿が見える。
追いかけようと足を動かすが、体は鉛のように重く、思うように動かない。
胸の奥に押し寄せる孤独感が、冷たく暗い波となって全身を覆った。
やがて力が抜け、真白は闇に崩れ落ちる。
(……やっぱり、僕はひとりぼっち)
誰とも触れられず、ただ見送るしかない現実の感覚が、胸を締めつける。
しばらくその場に沈み込むと、遠くで微かな声や笑いが響き、幻のように消えていった。
その余韻が、心の底に小さな痛みとして残る。
※※※※※
翌朝。
朝の光が川のほとりを照らし、冷たい空気と川の水面が目に飛び込んでくる。
夢か現か、闇に沈んだ孤独感は朝の光に溶け、真白の胸をわずかに軽くする。
川のほとりに集まった一同に、銀夜が口を開いた。
「さて、ここからはどう進む?」
流香が迷いなく答える。
「川を行きます。」
思いがけない返事に、銀夜も橘も真白も一瞬言葉を失う。
だが、昨日の戦いを踏まえ、橘だけはすぐに察した。
「なるほど。それで――昇るんだな。」
その言葉に波流が力強くうなずく。
流香と波流がそれぞれ『青』と『竜』の文字を宙に描き、声を重ねる。
『『青竜』』
蒼く輝いた文字が川に吸い込まれ、轟音と共に水面を割った。
姿を現したのは、昨日の竜よりも濃い蒼を纏った巨大な水竜だった。
「こちらに乗ります。」
流香が静かに告げる。
※※※※※
「まさか竜に乗るとはな……」
橘が目を丸くする。
竜の背に一行がまたがると、馬の比ではない速度で川を駆けた。
凄まじい水飛沫と風が顔を打ち、銀夜も橘も思わず息を呑む。
真白は恐怖から火夜にぴったり身を寄せ、その背の揺れに身を任せた。
「青龍の者にとって、川は道。しかも最も早い道です。」
「……その発想は青龍の里ならではだな。」
「それを言うなら、炎で馬を走らせる方が意外でした。」
「水で馬を作らないのか?」
「つくらないし、つくれません。
馬で駆ける大地がないし、おそらく十分な水も生成できませんから。
青龍の里は水に満ちています。作るより利用する方が合理的なのです。」
「なるほどな! でも俺も竜を出してみたい!かっけーだろ!」
「竜は青龍の守護・四神の化身です。朱雀の里の橘には生成できません。同じ理由で、僕は鳥を生成できない。」
「なるほど……もしかして、物知り?」
「“もしかして”じゃなく、学問は得意な方です。」
昨日とは打って変わって並んで話す橘と波流。
珍しい光景に、流香も目を丸くしている。
楽しげな二人の背を前に、真白は火夜にしがみついたまま、竜が跳ねる水しぶきをただ見つめていた。
夢で味わった孤独の余韻が胸に残る中、水しぶきと風がそれを洗い流すかのようだった。