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書術道  作者:
ー朱雀編ー
51/53

45.炎と水の共鳴




水流蓮家の次男として、流香の次、兄弟では三番目に生まれた俺は、常に「当たり前」の中で生きてきた。

術を使って褒められたことなど記憶にない。

名門水流蓮家の恥にだけはならぬよう、書術学院に入ってからは、ただ姉上の助けになることだけを努めてきた。

それが当たり前だった。




※※※※※


「戻りました……」

低く息をつきながら、着替え終えた真白が濡れた衣服を手に告げた。


橘がちらりと横目で見て、ふっと口角を緩める。

「さっさと火に当たれよ」

波流も無言で頷き、小さく視線を送る。

真白は濡れた衣服を縄に掛け、二人のもとへ駆け寄った。

橘は炎にあたる真白をじっと見て、短い沈黙ののちに「大丈夫そうだな」と告げる。


川のせせらぎ、揺れる炎、湿った森の匂い。

炎と水のあいだに、一行の静かな安堵が揺れていた。


「……あの、すごかったですね、波流さん」


真白が少し照れくさそうに口にする。

波流は一瞬だけ真白を見て、無言で頷く。

瞳には、わずかに柔らかさが宿っていた。


「……たいしたことない」


言葉はそっけなくても、胸の奥に残るものは違う。

橘は炎のそばで笑みを浮かべ、二人を見守る。

水と火――相反する二つの力の間に、仲間たちの確かな絆が芽生えつつあった。


そう、あれくらいたいしたことではない。

水流蓮の家であれば当然。

青龍の里で浴びた賞賛も、「さすが水流蓮家」と家名に向けられたものに過ぎなかった。

だが橘の言葉は違った。

「すげえな! なるほど、川の水を利用するのか!」

純粋に僕自身を見て、誰とも比べずに褒めてくれた。

――炎馬に同乗しているときも、口下手な僕を責めることなく、黙って沈黙を共有してくれた。

それが居心地よかった。

そして、書術を心から楽しんでいる橘の姿。

うらやましいと思った。だが嫉妬はない。

ただ――友達になりたい。

はじめて、そんな感情を胸にした。


その時。


森の奥から甲高い鳥の声が響いた。

凄まじい風が吹き抜ける。

すかさず橘が前へ出る。


「魔獣の姿を確認! 数は(いち)!」


振り返ると、波流はすでに真白を背後へ庇っていた。

橘は赤煙を放ち、遭遇の合図を送る。


炎鳥(えんちょう)


宙に書いた文字が赤く光り、炎は孔雀の姿となって飛び立つ。

魔獣の嘴が炎鳥を襲う。

橘が左手を振りかぶる。

炎鳥が翻り、間合いを取った。


煙炎漲天(エンエンチョウテン)!』


烈火が迸り、魔獣を焼き尽くす。


だが――。

森の奥からさらに声が重なり、小さな群れが飛び出した。

橘が右手を上げ、次の文字を刻もうとしたその瞬間、

すでに宙へ書かれていた波流の文字が青い光を放つ。


『水竜』


弾けるように生まれた小さな竜が、群れをまとめて薙ぎ払った。

無駄はなかった。

互いの動きが重ならず、隙もない。

まるで最初から決めていたかのように――二人の術は鮮烈に噛み合った。


戦いが終わり、静寂が戻る。

真白が「お見事です!」と目を輝かせる。

その声に、波流は少しくすぐったさを覚えた。


(消耗した俺を案じ、後方を任せてくれた)

(攻撃に特化した俺が前に出ることを読んで……)

((――やりやすい))


その実感に、二人の胸の奥が熱を帯びる。


「大事ないか!」


駆けつけた銀夜に、三人が首を振る。


「お怪我は……きゃあっ! 服を着てください!」


流香がふんどしに羽織だけの橘と波流に声を上げる。

二人は面倒くさそうに衣を身につける。

その中で、ふと視線が合った。

互いに小さく笑みをこぼす。


――言葉はいらなかった。

その笑みこそ、鮮烈な連携の証だった。




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