43.火と蒼の間に
「フフッ」
深き蒼炎を纏う馬に騎乗する流香と銀夜の背後。
燃え盛る朱炎を宿す馬には、真白と火夜が並んでいた。
真白は火夜の腕の中にすっぽりと収まり、その温もりと揺れに身を委ねている。
その背で、火夜が小さく笑みをもらす。
その笑みに押されるようにして、真白は勇気を出し口を開いた。
「……あの、茶々さんにお名前を授けられたって、本当ですか?」
「そうだ。茶々だけでなく、準師範全員にな。」
「茶々さんと……銀夜様、紫織様だけですか?」
「……茶々から聞いたのか?」
火夜の声が一段低く落ち、その響きに真白の胸がざわめく。
やはり軽率だった――と後悔が押し寄せた。
茶々の「友」の存在は秘密にせよと言われていた。だが気になって仕方がなく、つい探るような言葉を投げてしまったのだ。
返答に窮する真白へ、火夜は淡々と告げる。
「真白以上に、茶々の一番近くに。
心と共にある存在に、名を授けた。」
その言葉に、ズキン、と胸が痛んだ。
――茶々の「友」は、弟として常に傍にいる自分よりも近い存在。
火夜の冷ややかな声が、真白の胸に重くのしかかる。
けれど真白は気づく。
火夜の言葉は、事実だけを突きつけることが多い。
だからこれも精神的な意味ではなく、物理的な意味で――。
(じゃあ……あの正体は……)
真白の瞳にひらめきが宿りかける。
だがそれを言葉にできず、考えに沈む。
ふと、視線を感じた。
顔を上げれば、火夜がただ黙して見つめていた。
その瞳の奥には、氷のような冷たさの影に――ほんのひと雫、温もりが揺れている。
探るでもなく、責めるでもなく。
ただ、寄り添うように。
真白は思わず息を呑む。
だが次の瞬間、炎馬の蹄音が響き渡り、かすかな優しさの残響もまた、胸の奥へと沈んでいった。
※※※※※
「姉上は……何をやってんだか。」
「? どうした?」
「いえ、なんでもありません。」
朱炎を追い、最後尾を進むのは橙炎を宿す馬。
その背には前に橘、後ろには波流が並んでいた。
姉・流香と銀夜の会話を式紙越しに耳にした波流は、思わずため息を漏らす。
この二人、実は同じ十三。
年が近いのなら会話も弾みそうなものだが――沈黙だけが二人を包んでいた。
(同い年って言ったって……何を話せばいいんだよ)
気まずさを覚えるも、任務中は無駄口を控えるべきだと自分に言い聞かせる。
だが、相手の性格や癖を知ることも任務遂行には欠かせない。
雑談もまた、必要なコミュニケーションのひとつだ。
――とはいえ、波流は後ろにいるため表情が見えない。
表情が読めぬままでは、とっかかりも掴めない。
先ほどの独り言も、橘には届かなかったので問いかけたが「何でもない」と返されてしまえば、なおさら話しづらくなる。
結局、その沈黙は川のほとりに着くまでおよそ一刻(二時間)ばかり続いた。
互いに言葉を交わした二人と、言葉を交わせぬままの二人。
炎馬の背で揺れる沈黙は、それぞれに異なる重みを孕んでいた。
やがて一行は川辺で小休憩を取ることとなる。
炎馬を解き、荷を下ろしたその瞬間。
――森の奥から低く、うなるような声が響いた。