41.炎の鳥居を越えて
「行ってらっしゃいませ。」
「「行ってらっしゃいませ。」」
師範・陽斗が代表して言葉を述べると、それに倣うように一同の声が重なった。
「留守は任せる。」
火夜の言葉に、陽斗は「御意」とだけ答え、まっすぐにその眼を見返す。
朱雀学院の正門内側で執り行われた壮行の儀。
九段以上の有級者、総勢二十名ほどが一行を見送るために集まっていた。
その列の中には準師範たちの姿もあり、紫織と茶々の顔には隠しきれぬ寂しさが滲んでいた。
「銀夜、頼みます……」
「こちらこそ、留守を頼む。」
紫織の言葉には「全員無事で」という願いが込められていた。
これから彼らは、危険に満ちた神々の領域へと足を踏み入れる。
ひとたび事が起これば、両里を巻き込む争いにすら発展しかねない。
銀夜の実力を疑っているわけではない。
だが、心配の種は尽きることがないのだった。
「真白、くれぐれも道中、火様や青龍の里の皆さまに失礼のないように。それから……」
茶々が早口で言い募ったが、真白の瞳を見つめた途端に言葉を詰まらせた。
そして振り払うように流香へと駆け寄り、頭を下げる。
「あのっ、真白のこと、よろしくお願いします!」
突然のことに流香は目を瞬かせる。
背後で波流が肩を震わせているのは、おそらく笑いを堪えているのだろう。
同い年にして母のように世話を焼く茶々の姿に、真白も思わず耳まで赤くなる。
「では、参ろう。」
火夜を先頭に、銀夜、真白、流香、波流、橘の順で列をなし、ゆるやかに歩み出す。
学院を出て朱雀の里の大通りへ出ると、両側には人の波が埋め尽くしていた。
かがり火が焚かれ、人々の声が空へと昇る。
火様を呼ぶ声、身を案ずる声――そのすべてを浴びながら、真白の胸には熱い使命感がこみ上げていた。
朱雀と青龍の友好を結ぶという、重き橋渡しの役目。
そして、青龍の里で姉の行方を探り当てるという、自身に課せられた責務。
その二つを心に刻み込むように、真白は拳を握りしめた。
※※※※※
やがて一行は里を抜け、東のはずれへと至った。
人気のない森の奥深くに進むにつれ、朱色の鳥居が徐々に姿を現す。
七人が並んでもなお余るほどの横幅、五人が縦に立てるほどの高さ――その威容に、真白の胸は高鳴り、緊張が走る。
鳥居の側には、五名の学院生が控えていた。
「お待ちしておりました。」
彼らは火夜の前に跪き、声を揃える。
「今回のご出立に際し、結界の解除と結びを担う五名にございます。
皆様のご無事と、真白殿のご活躍を心より祈念いたします。」
深々と頭を垂れ、五人は「解」と記された符を掲げた。
「『解』!」
詠唱とともに符が眩く輝き、五条の光が走って五芒星を描く。
「許す。」
火夜が一言発すると、鳥居の内側に烈々たる炎が立ち昇った。
瞬く間に渦巻く火焔となり、その中央に人ひとりが通れるほどの空洞がぽっかりと口を開ける。
その向こうには、確かに別の森の木々が見えた。
「行って参る。」
火夜の言葉を合図に、銀夜が真っ先に炎の中へと歩みを進めていった。
いよいよ神々の領域へ足を踏み入れる。
緊張を胸に真白も続いて炎の中へと歩みを進めたその時、視界の端を赤い何かがかすめ、思わず手を伸ばした。
掌に落ちたのは、あの時と同じ赤い羽根。
柔らかいのに指先に熱が宿るような、不思議な感触が残る。
だが次の瞬間、羽根は炎に呑まれ、掻き消えるように消えてしまった。
周囲は誰も気づいた様子がない。
胸の奥にざわめきだけが残り、それが幻ではないと告げていた。
羽根の正体を確かめようと辺りを見回したその時、後ろから橘に声を掛けられ、慌てて炎の中へと足を踏み入れた。
熱さを微塵も感じぬその幻想的な光景のその道を抜けると森が広がる。
後ろを振り向くとくぐったはずの大きな鳥居は見当たらず木々が生い茂っている。
ただそばには小さな祠があり、さらにその中に両の手にのるほどの小さな鳥居があるだけだった。