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書術道  作者:
ー朱雀編ー
45/62

39.蒼き祈り




「あけましておめでとうございます。」


新年の挨拶を告げた来訪者の声が、客間に静かに響いた。

そこには火夜と銀夜、そして来訪者二名の姿があった。

新年が明けた学院初日。

午前中の式を終えたその日の午後、定刻どおりに彼らは姿を現した。


「久方ぶりでございます。

 本日は私、水流蓮(すいりゅうれん) 流香(るか)が青龍の里の代表として、新年のご挨拶を奏上しに参りました。」

「……水流蓮(すいりゅうれん) 波流(はる)と申します。

 流香の弟で、姉と同じく青龍の里書術学院・準師範を務めております。」


流香の一歩後ろで、仏頂面のまま頭を下げる波流。

耳を隠すほどの長さで顎まで垂れた髪は白に近い水色。

毛先に向かうにつれ、より濃い色を帯びていた。


「おめでとう。……龍麗殿はご息災か。」

火夜も聞くのが辛そうに、目を細めて問いかける。


「……もう歩けるような状態ではございません。とてもじゃありませんが春の終わりを待つことなどできません。

 どうか、このまま我々と青龍の里へお越しいただけませんか……!」


悲痛な叫びをぶつける流香。

その言葉に、銀夜の脳裏に先日の龍麗の姿が蘇る。


大小さまざまな水の玉が彼女の周囲に集まり、ふわふわと漂っていた。

瞳孔は開き、耳はわずかに尖る。

口元からは八重歯が覗き、唸るような低音が漏れる――


人ならぬ何かに変わりかけていた。


(恐らくあれは――)

「祝福を使い過ぎたな。」


銀夜の結論と火夜の言葉は、重なるように響いた。




※※※※※


【祝福】

四神から巫女である女性師範へ贈られた特別な力。

四つの里それぞれの巫女(女性師範)に代々受け継がれる。

祝福の存在自体は広く知られており、それこそが巫女の強さの根源であり、書術学院長の地位を担う所以である。


※※※※※


だが、その内容や代償は準師範以上にしか知らされない。

ましてや、他里の祝福の真相など知る由もない。


「青龍の里の巫女・龍麗様の祝福は“龍化”です。

 四神・青龍の力をお借りできますが、そのたびに、そして年を重ねるごとに龍へと近づいてしまうのです。

 今の龍麗様の下半身は、すでに……」


そこで言葉を詰まらせる流香。

代わって波流が、苦渋をにじませながら口を開いた。


「近頃は龍化の衝動を抑えきれず、人としての時間が日に日に短くなっております。

 完全に龍と化せば自我を失い、倒すしかなくなります。

 しかし、龍化した巫女を葬るのは現実的ではない。

 ゆえに、人の姿を保てるうちに葬るのが青龍の里の掟……。

 ……掟ではありますが、やはり我らにとっても受け入れ難い。

 そこで、誠に身勝手とは承知のうえで……その役を火夜様にお願いできないでしょうか。」


まとめると――龍化が進む前に、人の姿のまま龍麗を葬らねばならない。

その役目を火夜に果たしてほしいというのである。


その言葉に、真っ先に怒りを露わにしたのは銀夜だった。


「掟とはいえ、他里の巫女を葬るなど火様に求めるのは無謀だ!

 争いの火種となる!友好関係の話も白紙に戻すことになるぞ!」

「大変失礼なことは重々承知しております!

 しかし今の龍麗様に対峙できるのは、師範以上の力を持つ者だけ……!」

「だからこそ、それを火様に頼むのは筋違いだと申している!

 青龍の里にも師範はいるだろう!」


「……巫女と師範は、婚姻関係にあるのです!」


波流の顔が悲痛に歪む。

流麗と師範――愛し合う二人を見続けてきた姉弟には、結末が見えていながらも受け入れられない苦しさがあった。

準師範である彼らにとって、掟を前に感情を優先するなど本来はあってはならぬこと。

それでも止められず、春を待てず、こうして新年の挨拶を口実に駆け込んで来るしかなかったのだ。


「……あいわかった。」


重い沈黙を破ったのは、火夜の承諾の言葉だった。


「実は神無月に訪れた折、龍麗自身からその旨を聞かされ、すでに了承していた。

 本来は春に訪れる際、執り行う段取りであったが……その様子では間に合わぬな。

 こうして新年の挨拶を口実に、周囲に怪しまれぬよう知らせに来た。

 ……龍麗は優秀な部下を持ったものだ。」


火夜の口から告げられた、すでに交わされていた約束。

さらに苦労を労う言葉までかけられ、流香の瞳からは堰を切ったように涙があふれた。

日に日に大切な人が龍へと変わっていくのを見続けるのは、どれほど辛かったことだろう。

流香の涙は、その限界を物語っていた。




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