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書術道  作者:
ー朱雀編ー
43/53

37.大晦日のひととき




真白が宿舎へ帰る背中を見送った火夜は、思った。

自邸を守る結界に、ほころびはない。

むしろ、帰省した学院生に任せていたものを自ら結び直したのだから、普段よりも強固であるはずだ。

では、なぜそんな場所に真白がいたのか――答えはひとつ。

真白にかけられた術が、火夜の花園へ導いたのだ。

しかし、それが何を意味するのかは、火夜にも分からなかった。




※※※※※


布団に潜り込みながらも、真白の思考は止まらなかった。


茶々に打ち明けられた白銀の秘密――彼女に「大切な友」がいること。

火夜の屋敷に隠された深紅の秘密――雪に映える美しい花園。


胸に抱えた二つの秘密は、どちらも自分の手の届かないもののように感じられ、心の奥にざわつきが生まれる。

茶々の秘密は、嬉しさと同時に不安も伴う。

もしその「大切な友」が誰なのか知ってしまったら、今の関係はどうなるのだろう。

心が勝手にその想像に囚われ、夜の静けさの中で、真白は小さく息をつく。


火夜の屋敷が秘密である理由は理解できる。

術で守られ、誰も簡単には踏み入れられない場所。

そしてその奥に広がる花園の美しさは、言葉にできないほど鮮烈だ。

だが、茶々に友がいることが秘密というのは――。

なぜ自分に打ち明けたのか。

どうして他の誰にも話さないのか。

胸の奥で湧き上がる好奇心と独占欲が、わずかに息苦しさを生む。


考え続けるうち、真白は思考を止めた。

夜明けが近く、疲れで頭の中の声はぼんやりと霞む。

茶々がそれ以上を語らなかったのなら、今はそれでいい。

話したくなったとき、きっと彼女はまた教えてくれるだろう。

そのとき笑って聞けるよう、心も書術学院生としての力も、今より強くなっていなければならない――と、真白は自分に言い聞かせる。

そう納得すると、知らぬ間に眠りに落ちていた。

真白の心は、冬の夜更けの空気のように澄みきっていた。

澄みきってはいるが、同時に小さなざわめきも残っている。

それは、誰かに秘密を共有する喜びと、独り占めできないもどかしさの感覚だった。


実は真白は、はじめて見た雪景色にどこか懐かしさを感じていた。

眠りに入るまどろみの中でそのことにも疑問を抱いたが、すぐに忘れてしまった。




※※※※※


昼過ぎに目を覚ますと、季節外れの暖かさに驚かされた。

あれほど降り積もっていた雪は解け、土がのぞく場所さえある。


今日は大晦日。

予定していた雪かきも、この様子なら誰にも咎められまい。

手持ちぶさたになった真白は、竹刀を手に取った。


――昨夜は頭を使ったのだから、今日は身体を動かそう。


とはいえ、書術の鍛錬は禁止されているため、素振りだけで我慢する。

有段者の実技には剣術も含まれる。

今、一段の真白が振るうのは竹刀だ。

だが段が上がれば、己の書術――炎で剣を生み出し、振るうことになる。

その頂点に立つのが、銀夜様と蒼真様だ。

師範の護衛や戦闘を担う者として頂点にいる二人である。

さらに二人は同じ「青炎」の姓を持ついとこ同士で、青炎家は名門。

一族は皆五段以上の実力者で、そのため青炎姓の者は多く、名で呼ぶのが暗黙のルールとなっている。


真白はふと、自分の生まれた家を思い浮かべる。

姉だけでなく、父や母もいたはずだ。

人里から少し離れた森の中、病に臥せる姉と二人きりで過ごした日々。

思い返すと、胸に揺らぐ不安が小さく広がる。


「強くなる」と決めたのだから、関係ない――


そう自分に言い聞かせ、雑念を振り払い大きく振りかぶる。

しかし、真白の足は氷の上で滑り、声を出す暇もなく後ろに倒れ込む。

雪解け水の溜まりに身体が浸かり、しばし硬直する。

再び身を起こし、竹刀を握る手に力を込める。

情けなさと悔しさが胸を満たすが、それでも負けないふりをして振りかぶる。

くしゃみがひとつ出て、思わず吹き出しそうになる自分を、少し笑った。

そういえば、年明け早々に新年の儀式があることを思い出した。

学院生全員参加のその儀式では、火様の舞が見られると茶々が言っていた。

風邪をひかないように真白は素振りを諦めた。




※※※※※


同じ時刻、学院とは無縁の地で、別の物語がゆっくりと息を吹き返していた。


そこは薄暗い場所だった。

書術で作られた幾重にも強力な結界に囲まれた花の檻。

その中にいる女に、男が必死で呼びかける。


「ねえ、せめて声だけでも聞かせてほしい…」


声どころか、彼女は男に背を向け、うつむいているため表情も分からない。


雪乃(ゆきの)――

 また愛しい君の声が聞きたい…」


男が切なげに彼女の名を呼ぶ。

それでも、声が彼女に届いているのか、それすら分からないほど、女は微動だにしなかった。

ただ、名のごとく雪のように白く美しい髪が、淡い光の中で静かに揺れていた。




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