表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書術道  作者:
ー朱雀編ー
41/53

35.白銀の秘密




本格的に寒さが厳しくなり、朱雀の里にはめったにない積雪が訪れた。

だがその量は予想をはるかに上回り、門は雪に埋もれ、子ども達は腰まで沈むほど。

誰もが初めて目にする光景に、里は大騒ぎとなった。


そんな雪も年越しの頃には弱まり、帰省を予定していた学院生たちは急いで里へと降りていった。

――ただし、茶々と真白を除いて。


「申し訳ありません。茶々さん。僕のせいでご実家に帰れなかったんですよね。」

「違うよ。火様もいらっしゃるから、準師範は護衛として二人は残らなきゃいけない決まりなんだ。

 いつもオイラと橘さんが残ってる。」

「火様もご実家に帰らないんですか。」

「ううん。火様のお家は書術学院の中にあるんだ。だから帰るも何もないよ。」

「えっ……。」


真白は息を呑む。

火様の邸宅が学院内にあるなど初耳だった。


「火様、本当にすごいお方だけど、大好物はいちご大福っていうかわいいところもあるんだよね。」


独り言のように茶々が呟く。

その言葉に真白は師走に起きた“おやつ係事件”を思い出す。

(普通の人は一度に三十個も食べないと思うけど……)

珍しくツッコミを入れかけて、ぐっと飲み込んだ。


「オイラ、最終的には火様みたいに強くなってお側でお支えしたい。

 そのためにはまず陽斗様に追いつかなくちゃいけない。

 だから今、準師範みんなで切磋琢磨できてるのがたまらなく楽しいんだ。」


茶々の自室の火鉢にあたりながら話す二人。

赤々とした炎の明かりに照らされた彼女の頬と耳が、熱のせいだけでなく紅潮していることを真白は見逃さなかった。


「僕も、強くなれるようにがんばります。」

「うん。一緒にがんばろうね。」


とはいえ、しばらく鍛錬は休まざるを得なかった。

原因は、真白のふくらはぎ近くまで積もった雪。

道具や人形を書術で生成して雪かきはできても、鍛錬は禁止令が出されていた。

術の種類にもよるが、ほとんどが炎を纏う。

雪を溶かしてしまうと、溶け出した水を制御できないためである。


雪が解け、春が来れば真白には青龍の里での修行が待っている。

束の間の休息――前向きに考えれば、今必要なのは鍛錬よりも語り合う時間なのかもしれなかった。

茶々は窓の外の銀世界に目を輝かせる。


「オイラ、こんなに積もった雪って初めて見たよ。

 まっしろで、光を反射してキラキラしてて、眩しいくらい。

 ……真白はいい名前をもらったね。」


銀世界に照らされながら、真白は照れくさくも否定できず、ただまっすぐ見返すしかなかった。

茶々は真白の髪に目を移し、続ける。

「髪も珍しい真っ白。いいなあ。

 火様はオイラの栗色の毛を見て“茶々”ってつけてくださったんだ。」


不満げに言いながらも、声にはどこか嬉しさがにじんでいる。

名づけ親が火夜であることも、真白には初耳だった。


「銀夜様も紫織様もそうだよ。準師範になったお祝いでいただくんだ。

 オイラの友達もいただいたんだから。」

「友達?」


真白が思わず聞き返すと、茶々は見たことのないほど慌てた。

しばし口ごもったのち、火鉢の灰を指先でいじりながら小さく言った。

「……内緒だよ。僕には大事な友達がいるんだ。」


その声音には、冗談めいた軽さは一片もなかった。

火様に固く口止めされ、姉の紫織にすら語らなかった秘密。

それを茶々は――雪に覆われた静かな昼、真白にだけほんの少し打ち明けたのである。


真白はそれ以上を問わなかった。

ただ、その「友達」という言葉に宿る重みと、茶々の表情から伝わる大切さは、痛いほどに感じられた。

けれど胸の奥に、じんわりと冷たい影が広がる。

茶々にとって「大事な存在」と呼べる誰かが、自分ではない場所にいる。

その事実が、師弟としての立場を揺さぶり――自分でも説明できない小さな苛立ちを呼び起こした。


茶々に特別な秘密を分けてもらえた喜びと、得体の知れない独占欲。

二つの思いがせめぎ合い、真白はただ黙って窓の外を見つめ続ける。


――銀世界に射す陽光の眩さとは裏腹に、胸の奥の影は消えずに残っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ