34.おやつ係④
「さてと、次は……」
相席した女子学生から「今年は冬の冷え込みが早く厳しい」との話を聞いた。
――やはり、女性準師範たちが掴んでいた情報と同じである。
そこから推測されるのは、雪害による被害、そして物価の上昇。
朱雀の里には基本的に雪は降らない。
だから備えが薄く、少量の積雪でも大きな影響が出る。
(雪が降る前に、有級者への実技で薪を量産し、配布しておこう。油の値上がりはまずい。生活必需品が高騰すれば、不満が噴出しかねない。しかも師走で正月用品も必要な時期だ)
朱雀の里は温暖で、冬でも雪は珍しい。
だが多少の冷えはあり、暖をとるには学院生の書術で起こした「火」に薪をくべ続けるのが習わしだ。
書術の火は安全で消えにくい――薪さえ絶やさなければ、燃え続ける。
(油が高騰している今こそ、書術による『灯』の供給拡大も検討に値するな。)
次々と考えが浮かぶ。
これまで火夜様は遠い存在だと思っていたが――こうして直に進言する機会を与えられている。
(この罰は……我ら男性準師範に、火様と語らう場を与えてくださっているのかもしれない。)
※※※※※
「本日のおやつ係、暁炎です。」
「入れ。」
六番手の暁炎が襖を開け、火夜の前に盆を置く。
昨日菓子を逃した反動か、漂う迫力は凄まじい。
橘にとっても、これほど近くで火夜に向き合うのは初めてだった。
「本日は天翔庵の“柚子餅”をお持ちしました。
火様は同店のいちご大福をお好みと伺っておりますが、こちらは新作とのこと。ぜひお試しをと思いまして。
また、油の値が上がり揚げ菓子を控える店も増えております。この新作も、その影響を受けて考案されたそうです。」
「ふむ……柚子の香りが上品で良いな。」
火夜がひと口召し上がる。
声の調子が和らいだのを見て、橘は深く一礼し、進言を切り出した。
「恐れながら……今年の冬は冷え込みが早く、物価上昇が予想されます。すでに油は値上がりを始めております。」
「して、どうする?」
火夜の眼差しが橘を試すように光る。
橘は一息ついてから応えた。
「雪が降る前に、有級者の実技で薪を量産し、各家に配布してはいかがでしょう。
毎年恒例の学院生による“火付け”の折に持たせれば効率的です。」
「ふむ。」
柚子餅を次々に口へ運びながら、火夜は耳を傾けている。
「また、油の高騰は由々しき事態です。師走で正月用品も必要な折、このままでは民の不満が募りましょう。
……よろしければ、書術による“灯”の供給拡大も検討に加えていただければと。」
火夜は湯呑を手に取り、冷めきった緑茶を一息に飲み干す。
しばし沈黙ののち――。
「……本日の菓子、大変美味であった! 久々に楽しませてもらったぞ、暁炎。
残りは持ち帰るがよい。」
気づけば、山盛りだった柚子餅は三分の一ほどに減っていた。
「は、はいっ! ありがとうございます!」
火夜の言葉と菓子の“お裾分け”。
それは橘にとって、何よりも嬉しいご褒美だった。
※※※※※
その後、橘・烈火・蒼真・銀夜・紫織・茶々と順番を入れ替え、おやつ係の罰は無事に完遂された。
菓子の選定は皆で試食を重ね、鍛錬も順調に進む。
里の動向にも目を配るようになり、視野が広がった。
やがて準師範たちは情報を仕入れるため、食堂や異性の学び舎へも顔を出すようになり――。
それはやがて、準師範だけでなく書術学院全体の交流へと自然に広がっていったのであった。