33.おやつ係③
三番手は茶々。
紫織や銀夜の入念な報告を聞き、彼女も必死に準備を重ねる。
実は茶々は五段の試験を受けていない。
書術学院入学と同時に準師範を襲名した彼女は、紫織の指導の下、形式的に段位取得の試験を受けた。
だが――情報収集能力や他者との連携を問うこの試験だけは、他者がいなければ成り立たないため免除されていたのだ。
高級な菓子舗ではなく、自分の思い入れのある庶民的な店を選んだ。
緊張で手を震わせながら盆を整え、正座し直して意を決し、盆を掲げる。
そこには豪快に山盛りにされた“かりんとう”が載っていた。
「本日は――ええと、その……寒いと強い甘味が恋しくなりますので、香ばしいかりんとうを……!」
「……ふむ。して?」
(し、してって……! ど、どうしよう……!)
頭が真っ白になりかけた茶々だったが、思わず口が先に動いた。
「オ、オイラの大好物です! 里にいた頃は匂いを嗅ぐだけで食べられなかったのですが……ここに来て紫織様が買ってくださって、もう、頬が落ちるほど美味しくて! だ、大好きです!」
「フフッ……そうか」
火夜の笑みに胸を撫でおろし、茶々はようやく準備していたことを思い出した。
「そ、その店のご主人が申しておりました! 揚げ油の値が上がって、油問屋に行列ができているそうです!
もし、かりんとうの値段が上がったら……すごく悲しいです!」
言いながら、自分でも「なに言ってんだろ」と半泣きになる。
しかし――。
「……油の値上がり、か。確かに軽視できぬ兆しだな。」
火夜の眼差しがわずかに細められる。
「は、はいっ!」
茶々は顔を真っ赤にして頭を下げた。
「下がれ」
短い一言に、茶々は転がるように退室する。
廊下に出て大きく息を吐いた。
胸の内には、ほんの少しだけ誇らしさが芽生えていた。
※※※※※
「なぜ教えてくださらなかったのですか!」
蒼真が悲痛な声をあげる。
「それを言うならなぜ、こちらへ教えを乞いに来なかったのだ?
おやつ係を“菓子を用意するだけの係”だと勘違いしたのはそちらだろう。
与えられるのを当然だと思うな。
己の足での情報収集を怠らなければ解決できたはずだ。」
銀夜の正論を浴び、蒼真は返す言葉を失う。
「まいったなぁ……。今日は俺かあ」
肩をすくめる橘は、あまり困った様子を見せない。
「暁炎様、わたくしは伝えましたからね。……くれぐれも逃走などなさらぬよう」
紫織の釘に、橘はニヤリと笑って手をひらひらさせた。
※※※※※
「情報収集は俺の得意分野だ。こういうのは、動かないとはじまらないんだよな。」
橘は軽い足取りで女子部の学び舎へ顔を出した。
準師範以上なら異性の部への出入りは許されているとはいえ、その姿は珍しい。
たちまち女子たちの黄色い歓声が響き、彼のまわりに人だかりができる。
「暁炎様! 珍しいですね。何か御用でしょうか?」
「実は――女子部の五段昇段試験の内容を知りたくてな。」
ただその一言で、女子たちは競うように口を開いた。
「火様の大好物はいちご大福ですが、大好物なだけに製法や保存のことまで問われるので難しいのですわ。」
「天翔庵のいちご大福は今の季節にぴったりですが、春になると別の店をご所望されます。」
「天翔庵の店主と、あちらの店のご主人はライバルですから……。どちらもご用意する場合は風呂敷にどう包むかまで気をつけないと、すぐに火様に見抜かれてしまいます。」
あっという間に、貴重な情報が次々と集まってくる。
(なるほど……。やっぱり動けば情報は寄ってくるもんだな)
さらに橘は学院を出て里へ下りた。
昼を回ったばかりの街はにぎやかで、若い娘たちの集う小洒落た茶店に入る。
「あいにく満席でして……。お待ちいただけますでしょうか。」
そう告げられた橘が店内を見渡すと、制服姿の女子学院生が一人で席に着いている。
「相席していただけませんか」と店員に問われ、女子が了承すると――現れたのは暁炎 橘。
「あ、暁炎様!」
思わず立ち上がる彼女に、橘はにっこりと笑いかけた。
「相席ありがとう。同じ学院生で助かったよ。少し、ホッとした」
その爽やかな笑顔に、学院生は一気に顔を赤らめる。