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書術道  作者:
ー朱雀編ー
37/53

32.おやつ係②




「……最悪ですわ」


自分たちが犯した罪の重さを理解していない――そう感じて怒りを覚えたのは紫織だけではなかった。

女性準師範他二人もまた、同じ思いで顔を青ざめさせていた。




※※※※※




「外部鍛錬場を一つ壊した罰として――火様おやつ係を命ずる。」

その一言に、女性準師範たちは一様に震え上がり、青ざめた。


「火様が本気で怒っておられるなら、こんな“罰”にはなさいませんよ。必ず別の意図があるはずです」

蒼真の能天気な発言が、むしろ羨ましい。

彼は“たかがおやつ”程度に考えているのだろう。

だが火様にとって菓子がどれほど重大か――彼らには到底理解できまい。

ならば、こちらはこちらで動くしかない。

機嫌を損ねる危険はあっても、致し方ない。

言葉では伝わらぬこともあるのだから。


朝餉の後、女性準師範三人はすぐに作戦会議を開き、部屋付きの下女へ相談を持ちかけた。

こうして一番手・銀夜は半日をその準備に費やしたのだった。




※※※※※




「失礼いたします、銀夜です。茶と菓子をお持ちいたしました」


盆を持つ手を震わせながら、火夜の許しを得て入室する。


「本日は天翔庵のいちご大福を。

 師走に入り、寒さと忙しさが増しておりますゆえ、糖分が強く滋養のあるものを選びました。

 今の火様にふさわしいかと存じます。」


「……良いな。ご店主は元気であったか。」

「はい。お元気とのことですが、近ごろは娘さんが店頭を任されております。二か月ほど前から販売を、調理はご店主が続けておられるそうです。」

「ほかに変わったことは。」

「帰りに里家の長老にお会いしました。すでに担当部署へ報告済みですが――今年は冬の冷え込みが早く厳しいとのこと。焚火の供給を急いでほしいと。」

「……あいわかった。下がってよし。」


銀夜は盆を下げ、台所に戻ると小さく拳を握った。

火様にとって“おやつ”とは、ただの糖分補給ではない。

もちろんそれもある。

だが本質は、菓子を携える者からの“里の報告”にあった。


季節・体調・趣向を踏まえた菓子の選択。

そこに情報を添えて届ける。

――火様は常に「日常の隅々まで気を配れるか」を問うておられるのだ。

言われたことだけをこなすのは三流。

言われた以上を果たして二流。

最低限を守りつつ、さらに情報を集め提案し、任せられるほどの人間となって初めて“一流”。

火様の傍らに立つ者は、一流でなければならない。

それがたとえ下女であっても。


この“おやつ係”こそ、女子部五段昇段試験そのもの。

五段から男女で試験内容が分かれるのは周知の通り。

そのうえこの試験は、情報収集能力とおやつ係全員の連携を兼ねた課題。

確かに慈悲のようにも見えるが――同時に、数多の者に深い傷を残すことで悪名高かった。




※※※※※




二番手は紫織の番であった。

銀夜の報告を受け、紫織はひとり深く息をつく。


「……やはり。火様がご覧になるのは“菓子”そのものではなく、その背後にある気配り。」


五段の試験内容と同じであっても、求められる水準は遥かに高い。

甘味は一瞬の楽しみ。だが火様はその一瞬に込められた心と情報を求めているのだ。


「紫織にございます。本日は温かい菓子を用意いたしました。」


膝を正し、盆を差し出す。

蒸したての茶饅頭が、ほかほかと湯気を立てていた。


「今年の師走の寒気は特に骨身にこたえます。冷たい大福より、温かい菓子がよろしいかと。」

「ふむ……」


火夜がひとつ口にする。黒糖の香がほのかに広がり、部屋を和ませた。


「悪くはない。……で?」

「はい。――菓子舗の店主が申しておりました。例年より小豆の仕入れが早く難航していると。

 さらに街道では雪害の兆しも。荷駄の通達を早めれば、里の負担を減らせるかと存じます」

「……あいわかった。下がれ」


紫織は静かに一礼し、部屋を辞した。


廊下に出た瞬間、抑えていた息が漏れる。

「……ふぅ」

火様に“下がれ”と許された安堵が胸を満たした。


菓子を選ぶことだけが試練ではない。

そこから情勢を読み取り、情報を添えて届ける。

――それこそが“おやつ係”の真意だった。




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