32.おやつ係②
「……最悪ですわ」
自分たちが犯した罪の重さを理解していない――そう感じて怒りを覚えたのは紫織だけではなかった。
女性準師範他二人もまた、同じ思いで顔を青ざめさせていた。
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「外部鍛錬場を一つ壊した罰として――火様おやつ係を命ずる。」
その一言に、女性準師範たちは一様に震え上がり、青ざめた。
「火様が本気で怒っておられるなら、こんな“罰”にはなさいませんよ。必ず別の意図があるはずです」
蒼真の能天気な発言が、むしろ羨ましい。
彼は“たかがおやつ”程度に考えているのだろう。
だが火様にとって菓子がどれほど重大か――彼らには到底理解できまい。
ならば、こちらはこちらで動くしかない。
機嫌を損ねる危険はあっても、致し方ない。
言葉では伝わらぬこともあるのだから。
朝餉の後、女性準師範三人はすぐに作戦会議を開き、部屋付きの下女へ相談を持ちかけた。
こうして一番手・銀夜は半日をその準備に費やしたのだった。
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「失礼いたします、銀夜です。茶と菓子をお持ちいたしました」
盆を持つ手を震わせながら、火夜の許しを得て入室する。
「本日は天翔庵のいちご大福を。
師走に入り、寒さと忙しさが増しておりますゆえ、糖分が強く滋養のあるものを選びました。
今の火様にふさわしいかと存じます。」
「……良いな。ご店主は元気であったか。」
「はい。お元気とのことですが、近ごろは娘さんが店頭を任されております。二か月ほど前から販売を、調理はご店主が続けておられるそうです。」
「ほかに変わったことは。」
「帰りに里家の長老にお会いしました。すでに担当部署へ報告済みですが――今年は冬の冷え込みが早く厳しいとのこと。焚火の供給を急いでほしいと。」
「……あいわかった。下がってよし。」
銀夜は盆を下げ、台所に戻ると小さく拳を握った。
火様にとって“おやつ”とは、ただの糖分補給ではない。
もちろんそれもある。
だが本質は、菓子を携える者からの“里の報告”にあった。
季節・体調・趣向を踏まえた菓子の選択。
そこに情報を添えて届ける。
――火様は常に「日常の隅々まで気を配れるか」を問うておられるのだ。
言われたことだけをこなすのは三流。
言われた以上を果たして二流。
最低限を守りつつ、さらに情報を集め提案し、任せられるほどの人間となって初めて“一流”。
火様の傍らに立つ者は、一流でなければならない。
それがたとえ下女であっても。
この“おやつ係”こそ、女子部五段昇段試験そのもの。
五段から男女で試験内容が分かれるのは周知の通り。
そのうえこの試験は、情報収集能力とおやつ係全員の連携を兼ねた課題。
確かに慈悲のようにも見えるが――同時に、数多の者に深い傷を残すことで悪名高かった。
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二番手は紫織の番であった。
銀夜の報告を受け、紫織はひとり深く息をつく。
「……やはり。火様がご覧になるのは“菓子”そのものではなく、その背後にある気配り。」
五段の試験内容と同じであっても、求められる水準は遥かに高い。
甘味は一瞬の楽しみ。だが火様はその一瞬に込められた心と情報を求めているのだ。
「紫織にございます。本日は温かい菓子を用意いたしました。」
膝を正し、盆を差し出す。
蒸したての茶饅頭が、ほかほかと湯気を立てていた。
「今年の師走の寒気は特に骨身にこたえます。冷たい大福より、温かい菓子がよろしいかと。」
「ふむ……」
火夜がひとつ口にする。黒糖の香がほのかに広がり、部屋を和ませた。
「悪くはない。……で?」
「はい。――菓子舗の店主が申しておりました。例年より小豆の仕入れが早く難航していると。
さらに街道では雪害の兆しも。荷駄の通達を早めれば、里の負担を減らせるかと存じます」
「……あいわかった。下がれ」
紫織は静かに一礼し、部屋を辞した。
廊下に出た瞬間、抑えていた息が漏れる。
「……ふぅ」
火様に“下がれ”と許された安堵が胸を満たした。
菓子を選ぶことだけが試練ではない。
そこから情勢を読み取り、情報を添えて届ける。
――それこそが“おやつ係”の真意だった。