31.おやつ係①
「外部鍛錬場を一つ壊した罰として――火様おやつ係を命ずる。」
陽斗の言葉に、男性準師範は目を丸くし、女性準師範は青ざめた。
だが反論などできようはずもない。
「……ぎょ、御意。」
※※※※※
真白は無事に空文字を習得し、一段を授与された。
その折、外部鍛錬場を一つ使えなくしてしまった罰として――準師範全員が交代で“火様おやつ係”を務めることになった。
師走に入り、寒さはいよいよ厳しさを増していた。
恒例の朝餉前の鍛錬の場にて、蒼真が昨日の陽斗の言葉を改めて伝える。
「期間は師走いっぱい一月。一人五回ずつ交代で担当。
任務は里の菓子舗で茶菓子を買い求め、申の刻(15〜17時)に火様へお出しすること。」
「申し訳ありません、僕のせいで……」
真白がしゅんと項垂れると、蒼真は柔らかく微笑んで首を振った。
「真白の責任ではありません。それに火様が本気で怒っておられるなら、こんな“罰”にはなさいませんよ。必ず別の意図があるはずです。」
その横で、女性準師範たちは青ざめてため息をついていた。
甘味を整える余裕すらない年末の忙しさ。
蒼真と橘もそれを思って胸を痛める。
だが、理由がそれではなかったことを後々痛感することとなる。
結局、話し合いの末――
銀夜、紫織、茶々、蒼真、烈火、橘の順で役を回すことに決定。
だが暗雲は、四番目の蒼真から立ち込めた。
※※※※※
申の刻ちょうど。
蒼真はいちご大福十個を盆に載せ、火夜のもとを訪れた。
名のある菓子舗の品。部下に買いに行かせたものだが、味は折り紙付きだ。
「――これだけか?」
低い声音に、蒼真はきょとんとする。
「これだけ、とは?」
「そのままの意味だ。次は受け取らん。下がれ。」
ぴしゃり。
扉が閉まる音だけが残り、蒼真は盆を抱えたまま立ち尽くした。
――自分は、おやつ係すら満足に務められなかった。
仕方なく、その日の報告を烈火に託すが、烈火はメモを一瞥もせずに役目を放棄。
おかげでその日の火様の機嫌はすこぶる悪かった。
申の刻を過ぎ、酉の刻になっても茶菓子は届かず。
火夜は癇癪を起こし、早々に自室へ籠ってしまう。
書術学院の仕事も滞り……余波は里全体へ広がった。
※※※※※
「ちょっとよろしいかしら?」
六番目、橘の当番の日の朝。
恒例の外部鍛錬場にて、紫織が強い調子で男性師範たちへ詰め寄った。
女性師範たちの目の下には深いクマ。
昨日の仕事の滞りのせいだ。
茶々はすばやく真白に課題を告げ、今日は自習とさせる。
「な、なにか……?」
恐る恐る蒼真が応じると、紫織は冷ややかに言い放った。
「おやつ係すら満足にできないとは、一体どういうことですの?」
「い、いえ!茶菓子は確かに持参しました!」
蒼真は慌てて説明する。
火夜の大好物いちご大福を十個、部下に買いに行かせて届けたが、「次は受け取らん」と突き返されたこと。
「一日ぐらい甘いもん食わなくても死にゃしねぇだろ。」
烈火は自分が完全にサボったことを、悪びれもせず言い切った。
「……最悪ですわ。」
紫織は顔を青炎より青ざめさせ、女性師範たちも同じくうなだれる。
「今回の罰は、火様なりの優しさ……なんですよね?」
橘が恐る恐る口にしたが、誰も答えなかった。