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書術道  作者:
ー朱雀編ー
35/53

30.ー煙炎漲天(エンエンチョウテン)ー




空中にはっきりと浮かんだ炎の筆跡。

それは真白の詠唱によって、瞬く間に巨大な炎へと変貌した。


茶々は目を輝かせ、紫織と銀夜は息を呑む。

蒼真と橘は静かに目を細め――その瞬間、真白はようやく。

自らの炎を手にしたのだった。


ドン――ッ!!


轟音とともに、空文字の炎が膨張する。

鍛錬場の大気は爆ぜ、紅蓮の奔流が四方へと押し寄せていった。


「な、何だこの勢いは……!」

「真白!? 制御して!」


準師範たちの声が重なる。

燃え盛る炎は、ただの「炎」ではなかった。

景色を溶かし、空気を焦がし、すべてを呑み尽くす凄まじい力。

そんな炎を制御できる自分の姿を真白は想像できない。


「真白! 空文字習得おめでとう!!すごいよ!」


茶々が歓声をあげるも――。

真白の表情は、喜びではなく苦悶に歪んでいた。


炎に包まれる光景。

それは彼にとって、かつての惨劇を呼び覚ますものだった。


「やだ……いやだ……燃える……全部……!」


熱が体の奥まで染み渡る。

その瞬間、過去の記憶――炎に包まれたあの忌まわしい日々――が甦り、全身を凍りつかせる。

恐怖が心を蝕み、視界は揺らぎ、膝から力が抜ける。

その細い体が、炎の揺らめきの中に倒れ落ちようとしたその時。


「――軟弱者め。」


鋭い声とともに、真白の襟首を片手で掴み上げた影があった。

烈火。

まるで小枝でも拾うかのように真白を肩に担ぎ、燃え盛る炎を一瞥する。


「そんでもって……テメェらは大馬鹿者だ。早く鎮火しろ。」


※※※※※


炎を鎮火させるなら水。

だが朱雀の里には水はない。少量を生み出すのが精いっぱい。

ならば、どうするか。

炎をさらなる炎で制す。

それが朱雀の力を扱うものの理であった。


炎(八画)は「燃える」。

焔(十一画)は「火が燃え上がるさま」。

より多い画は、より強い力を持つ。

そして熟語はさらに強く、四字熟語は絶対の威を放つ。


意味も大事である。

字自体に燃えるに勢いの意味を足された焔の方が強い。


※※※※※


烈火が左手の刀を振り下ろす。


『焔!』


焔の字が宙に刻まれ、轟々と燃え盛る炎へと突き立つ。

だが辺り一面を焼く炎を押さえ込むには、一人の力では到底足りない。


(……炎の字でこれほどとは)


準師範たちはあまりの威力に思考を止め、ただ呆然と炎を見つめていた。

そんな彼らに烈火の一喝が飛ぶ。


「見てる場合か! 動け!!」


その怒声に我に返り、橘が筆を走らせる。


煙炎漲天(エンエンチョウテン)!』


黒煙が炎を覆い、天へと吸い上げる。

紫織も銀夜も続き、重なる詠唱が炎を押し戻す。


やがて――轟々と鳴り響いていた音が収まり、赤に染まった鍛錬場は静けさを取り戻した。


「ありがとな、烈火。……ちょっとぼーっとしてた。」


鎮火は果たせた。だが鍛錬場は焼野原。

橘が周囲を見渡し、苦笑いを漏らす。


「……これ、監督責任で怒られるやつだよな?」


一同の顔が青ざめる。


「みんなで、仲良く怒られような? ははっ」

橘の軽口は、張りつめた空気が少しも和らぐことなく静かに落ちていった。


※※※※※


「さすが真白。想像以上だったな。」


蒼真の報告を聞き、陽斗を通じて伝わった火夜は腹を抱えて笑っていた。


「火様なら怒らないと思っていましたが、準師範たちが青ざめていたので、つい”心して待て”と脅してしまいました。」

陽斗の茶目っ気ある言葉に、火夜はさらに大笑する。


「しかし……あの子の成長を、こうして見届けられるとはな。」


火夜の目には、ただの笑い以上の感慨が宿る。

陽斗もまた、静かに頷く。


「お前も人で遊ぶのだな。私とは違い、仲間想いの優しいやつだと思っていたが。」

「御冗談を。」

「兎にも角にも、真白の空文字習得は果たせた。

 こちらも急がねばならんな。引き続き鍛錬を頼む。」

「御意。」


「――さて、甘いものでも食べていかぬか?」


その一言で下女が立ち、いちご大福と熱い緑茶が運ばれる。


「せっかく久しぶりに陽斗が来てくれたのだ。いちご大福でも一緒に食べようではないか。」


運ばれてきた火夜の皿には山盛りのいちご大福。

下女が陽斗に「いくつ召し上がりますか?」と尋ねると、陽斗は迷わず一つを選ぶ。


「次は橘も連れてきます。彼はいちご大福が好物なんですよ。」

火夜は一口かじりながら、にこりと笑う。

「そうか。わたしは大好物だ。毎日食べておる。」

「存じております。」

「だが今日は陽斗がいるから、一段と美味い。」


直球な物言いに、思わず視線を火夜にやると、満面の笑みでこちらを見返す火夜。


「お遊びが過ぎますよ。」

照れた陽斗に火夜はさらに重ねる。

「他意はない。本心だ。」

真顔で真剣に答える火夜。

「…ありがとう存じます。」

「素直でよろしい。かわいいかわいい。」


まるで童子のように扱われ、陽斗は思わず赤面する。

いや、まるでではない――同じ師範でも、火夜にとって自分は確かに童子に等しいのだ。

それは年齢だけではなく、実力の面でも。




煙炎漲天(エンエンチョウテン):火の勢いが激しい様子。

空を覆うように煙と炎が広がっていることから。

「煙炎、天にみなぎる」とも読む。

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