29.光より生まれる炎
「すごかったですねえ、陽斗様の書術!」
興奮気味に言う茶々に、銀夜と紫織は無言で返した。
一通りの手本を示した陽斗は、多忙ゆえその場を辞している。
茶々はあの姿を目にして、ただ「すごい」と憧れるのではなく、自らもあの高みへ至りたいと願っていた。
わからぬ子ではない。
そのすごさを理解したうえで、なお憧れを己の糧に変えようとしている。
――やはり茶々は、準師範の中でも一段上にいる。
一方で紫織と銀夜は、陽斗との差に打ちのめされていた。
悔しさは覚える。
だが「あの高み」に至れる想像がつかない。
いったいどれほどの、どんな鍛錬を積めば届くのか。
そして、肝心の真白は未だ「空文字」の習得に至っていなかった。
「やはり一朝一夕では、空文字は使えないのでしょうか……」
試行錯誤を重ねても成果は出ず、真白は自信を失いかけていた。
しかしその場にいた準師範たちは、返答に困り、沈黙が落ちる。
一朝一夕とはいかずとも誰一人として空文字で躓いたことがないからだ。
――そもそも、準師範のような天才ではなく、努力で段位を重ねた三段あたりを手本にすべきではないか。
そんないまさらな空気を破ったのは、橘であった。
「なあ、お前の炎ってどんな炎なんだ?」
「……炎、ですか?」
それは、書術の基礎中の基礎。
まずは己の炎を知ることから始まる。
「なんか、お前の炎の想像がつかなくてさ。どんな炎なのか、気になったんだ。
俺は頭の毛と同じ、橙・桃・山吹の三色の炎が、静かに丸く燃えている。」
橘はそう言い、蒼真をちらりと見る。
「私は名のごとく青炎。温度が高く、青い炎が細く長く燃えています。」
「僕は……僕自身には炎を感じません。」
遠慮がちに、小さく真白が答えた。
「えっ!?」
思わぬ答えに、一同は驚愕する。
「だから、以前に感じた火様の炎を思い出しているのですが……それでは駄目ですか?」
返答に窮する面々。
己の炎とは、力そのもの。
それを持たぬというのは――致命的な欠陥にすら思えた。
「でも、それで今まで書術を使えてきたのだから、間違いではなかったのでしょうね。
ただ、正しいとも言えないからこそ、空文字の習得で難航しているのかもしれません。」
紫織がそう言い、フォローをしつつ問題点を指摘する。
「では炎ではなく、別の力は感じないのか?」
銀夜に問われ、真白は静かに目を閉じた。
深く深く、自身の奥底へと潜ってゆく。
やがて――。
「あたたかい……白く、丸くて強い光のようなものを感じます。」
「なら、それを大きく、大きくしてみよう。」
茶々が嬉々として促す。
「そしてそれが炎に変わる。火様から感じた炎でもいいよ。」
真白は深く息を吸い込み、右手人差し指に光を集める。
微かに温かく、しかし力強い振動が掌から伝わる。
光が渦巻き、指先で踊るように揺れる。
周囲の準師範たちは静かに、茶々は満面の笑みで見守っている。
指先に集められた光は、白から橙へ、そして赤い炎へと変わり大きく揺らめいた。
眩い閃光が一瞬周囲を照らし、ぱちり、と小さな音を立てる。
熱が掌をじんわりと焼き、微かに焦げた匂いが漂った。
――確かにここにある。
胸の奥で何かが弾ける。
これなら、できる。
真白は息を止め、渾身の力を込めて指を走らせる。
『炎!』