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書術道  作者:
ー朱雀編ー
30/53

25.ー虚静恬淡(キョセイテンタン),虚無恬淡(キョムテンタン)ー




「烈火様!おやめください!!」


衝撃音とともに、茶々の悲痛な叫びが響き渡った。

駆けつけた準師範たちが目にしたのは、烈火が茶々へ攻撃を浴びせる姿であった。


「俺は一度、てめェと手合わせしてみたかったんだ!」


高く宙に舞う烈火は『斬』と『撃』を、息つく間もなく繰り出す。

凄まじい攻撃であるが、茶々の足元の黒き影によってことごとく遮られ、一つとして当たりはしない。

()()()()()()()、影は素早く盾になり、烈火の刃をことごとく防いでいる。

舞う砂ぼこりが邪魔ではっきりと戦いの様子は確認できないが。


「真白、怪我はない?」

傍らに控え、呆然と立ち尽くす真白に紫織が声をかける。

「は、はい……何も……」

「鍛錬そっちのけで、何をしておるのだ、あやつらは。

 何があった。」

銀夜が眉間の皺を深くし、いらだちを含んだ声で真白を問い詰める。


「わ、わかりません。突然、烈火様が茶々さんを攻撃なさって……ご覧のとおりで……」

紫織と銀夜は呆れた様子を見せた。

心配せずとも傍観していられるのは、烈火の攻撃が一つとして当たっていないからである。

しかも烈火は本気。

いずれ諦めるだろうと――あるいはひょっとすると当たるかもしれぬという淡い期待を抱き、傍観を決めかけた、その時。


「まずいですね。今すぐ止めねば。

 手合わせは本来、準師範以上の承認が必要。

 我らが行う場合は師範の承認を要します。

 事前に許しを得ているはずもなく、この場には準師範全員が居合わせている。

 放置すれば、我らも共犯として罰を受けましょう。」


蒼真の言葉に、四名の準師範の心はひとつとなった。


――この手合わせ、露見する前に揉み消さねば!


「しかし、あの黒き物体は何だ?

 茶々の影のように見えるが……あれも書術か?」


橘が興味津々に問いかけるが、答えられる者は一人もいない。

怪訝そうにする橘を無視し、蒼真が前に出る。


「まったく、面倒ですね……」

嘆息ののち、素早く筆を走らせた。


「『()』らえよ!」


空に描かれた「捕」の字が火を纏い、墨は幾つもの手となって烈火へと伸びる。


(やっぱり……すごい!)

流れるような筆運び。

稽古をつけてもらった真白ならわかる。

発動までの速さは、準師範随一である。


「チッ! 蒼真、邪魔すんな!

 『(ほむら)』!」


叫ぶや否や、捕縛の手は烈火の炎に包まれて焼き尽くされる。


「うわーっ! 馬鹿アイツ、無段者の前で“アレ”を使いやがった! 最悪だ!

 お、お前は何も見ていない、何も!」


青ざめた橘が、慌てて真白の目を覆う。


「『(しず)』まれ!」

「ぐっ……!」

「『虚静恬淡(キョセイテンタン)』!」

「『虚無恬淡(キョムテンタン)』!」

「クソがッ!」


蒼真の畳みかける術に抗い続ける烈火。

だがやがて力尽き、その場に座り込む。


蒼真は一歩進み出て、烈火の額にすっと指を走らせた。


「『(ねむ)』れ」

「クソがああああああああああああ!!」


怒りと悔しさを絞り出すような絶叫。

それも次第に掠れ、やがて途切れる。

荒々しい気配は消え、残ったのは安らかな寝息だけだった。


鍛錬場に訪れた静寂が、先ほどまでの惨烈さをより際立たせていた。



虚静恬淡キョセイテンタン:私心や私欲が全くなく、心が落ち着いていていること。

「虚静」は心の中に不信や疑念などがなく、落ち着いていること。

「恬淡」は私欲がなく、あっさりとしていること。

「虚静恬澹」とも、「虚静恬憺」とも書く。


虚無恬淡キョムテンタン:心に不信や不満、欲望などなく、穏やかで落ち着いていること。

「虚無」は何もなく、空っぽなこと。

「恬淡」は私欲がなく、あっさりとしていること。

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