03.熱
書術の理解、そして茶々の手の熱を通してあたたかな心に触れているとき、書術を発動させる上で
〝自身の魂が燃えているのを感じる〟
と教えられた意味がわかった気がした。
稽古を通して一度も感じられなかった自身の魂の熱。
今になってようやく茶々の魂の熱なら感じられそうだという確信が生まれたのに気付く。
「調子はどうだ」
暗闇から火夜と一歩下がって銀夜が姿を現した。
昼間より少し気温が下がったためか、火夜は白い羽織を肩にかけている。
「ひ・・・火様!」
まだ慣れない呼び方だが今度はきちんと呼べたことに安堵する。
「報告いたします」
とその場になおる茶々を遮り
「いや あいわかった」
と返事をする火夜。
あたりの散らかり具合を見られて二人は体を小さくした。
そんな二人とは裏腹に
「ならばつぎはこうだ!」
となぜか楽しそうに火夜はつづける。
夜はまだ長い。
※※※※
「なにかわかったか」
銀夜が茶々に声をかけた。
2人の身長差もあるが、長いすに座っている茶々には声が降ってきたという表現が正しいかもしれない。
話しながら2人の視線は火夜と少年をしっかりと捉えている。
話している内容は聞こえない距離だが
あの火夜様が新参者に稽古をつけているという
その異常ともとれる光景はその場所からはっきりと確認できる。
驚きを隠せないのは銀夜も同じだった。
あまりの慌てように陸で溺れているような仕草をする茶々の後ろに立つ
銀夜の眉間のしわが明らかに濃くなっている。
「銀夜様!」
様をつけるなと何度目かもわからない小言を銀夜は言いながら隣に腰かける。
「で、どうなんだ?」
「わ・・・わかりません」
様をつけるなと何度注意しても茶々はなおさなかった。
銀夜が慣れて注意しなければいいのかもしれない。
でもそれは銀夜のプライドが許せない。
そんな想いをかかえる銀夜の問いに茶々ははっきりと応える。
術の発動不可。
そもそも何の力も感じない。
そこから導かれる答えは
「ただの人です」
彼と稽古をした茶々の正直な感想だった。
それは選ばれた才ある者が「書術」に励む場で、選ばれていない者がいるという現実の輪郭をはっきりとさせた。
また端的な答えではあるが、それが適当な答えではないことを知っているからこそ、その現実の異質さをはっきりとさせた。
銀夜もまた、茶々が優秀な人物であることを解っていたからだ。
優秀な人物がわからない、ただの人だと言っている。
ただの人がなぜここにいるのか。
彼は迷い込んだのではない。
彼は、書術学院の長である火夜が連れてきた。
それが何を意味するのか、情報が少ないなと銀夜は困惑する。
「ーでも
火夜様が書術を使えない者をわざわざ書術学院につれてくる
理由がありません。」
同感だと心の中で頷く。
「彼を調べることがオイラの任務だと思ってます!」
元気よく気合の入った声が闇に響く。
普段大人しい茶々からの意外な一面に思わず銀夜は茶々を凝視してしまった。
火夜と少年を見る茶々の横顔が耳まで真っ赤になっている。
少年の気合の熱がうつったのかもしれないなと茶々は思う。
拭い切れない違和感はあったものの、それが悪いものではないからか気にならなくなっていた。
正直茶々はお手上げだった。
発動不可の条件はことごとく潰したにも関わらず発動しない結果に茶々も不憫に思っている。
茶々の変化、そういった意味で銀夜は少年への興味が湧いた瞬間、同時に何かがそれを遮ろうとするような強烈な違和感があった。
興味が湧いているそばから何かがそれを排除しようとしている感覚
あくまで感覚だから言葉に、かたちにできない。
少年への興味を持とうとすると、茶々のことを考えてしまうことな奇妙な感覚。
2人が確信を覚えることが無いため口にすることがなかったが、それは確かに茶々が少年に対して覚えた違和感と同じものだった。