23.空文字の先に
真白になんて言えばいいのだろう。
茶々は自室へ向かいながら、その説明の言葉を探していた。
隣には、頼りになる紫織がいる。
けれど、相談するのはためらわれた。
真白の師であり、姉である自分の口で伝えねばならない。
茶々にも小さいながらそう思うプライドが芽生えていた。
そんな気持ちを察してか、紫織はただ黙って歩を合わせてくれる。
足取りは重いのに進めるのは、隣を歩む紫織が、自分から言い出すのを待っていてくれるという絶対的な信頼があるから。
それでも結局答えは見つからないまま、真白の部屋へ辿り着く。
戸の前で、二人は同時に気づいた。
――静かすぎる。
嫌な予感に突き動かされ、勢いよく戸を開け放つ。
そこに真白の姿はなく、畳まれた布団だけが整然と残されていた。
「……火様に休めと言われていたのに!」
胸に渦巻くのは心配よりも怒り。
本当は一番、休んでほしいと思っていたのに――。
その気持ちを素直に認められず、火様の言葉を言い訳にしてしまう。
小さないら立ちを抱えたまま、茶々は廊下へ飛び出した。
紫織はその背を見送り、静かに戸を閉める。
(……行き先はわかっているのね)
茶々が向かう場所に思い当たり、胸が熱くなる。
(成長しているわ……)
やはり心配はいらなかったと、紫織は安堵して部屋を後にした。
妹の成長に胸がくすぐったかった。
※※※※※
「……いた!」
視界に捉えた瞬間、胸の奥から怒りが湧き上がる。
心配が安堵に変わる、そのさらに上をいく激情。
茶々は足を早め、声を張り上げた。
「真白っ!」
鋭い声に、真白が振り返る。
そこは予想どおり、外部鍛錬場。
彼はやはり、空文字の鍛錬に励んでいた。
茶々は真白の努力家なところが好きだ。
誰よりも尊敬している長所。
だけど――
「無茶するのは、ちがうでしょ……」
胸いっぱいの怒りは、彼のまっすぐな眼差しの前で、悔しさへと変わっていた。
真白もばつの悪そうな顔をして、小さく口を開く。
「……申し訳、ありません」
その姿に、茶々の感情は怒りと安堵と心配とで渦を巻き、もはや整理がつかなかった。
そして、考えるのをやめた。
「真白――一刻も早く空文字を習得しなさい。
お姉さまの捜索のため、青龍の里に協力を仰ぐことになりました。
一年、真白を青龍の里に受け入れてくださいます。」
「ど、どういう……」
「空文字を習得したら、一人で青龍の里に修行に行くということです。」
その真剣なまなざしに、真白は悟る。
これは相談ではなく、決定事項だ。
大きな責務が肩にのしかかる。
「一緒に、がんばろう」
茶々が真白の手を両手で包み込む。
あの日と同じように。
(ああ……あたたかい)
目の前のこの人は、重責を共に背負ってくれる。
それがたまらなく嬉しくて、勇気が胸の奥から湧き上がってくる。