22.緊急招集の意
「――真白を一年人質として寄こせ、とな。」
「絶対ダメです!!」
それまで話についていくのに必死だった茶々が、弾かれるように立ち上がった。
顔は真っ赤に染まり、握った拳が小刻みに震えている。
「絶対、絶対にダメです!そんなわけのわからない場所に、一年も人質なんて…
危険です!反対です!」
まるで駄々をこねる童子のように、同じ言葉を繰り返す。
(珍しい……)
真白の師として心配なのは当然だが、ここまで感情を露わにする茶々は滅多に見ない。
紫織は、火夜がこの反応をどう受け止めるか測りかねていた。
「もちろん、公には“人質”ではなく“交流のための一年間の修行”という形にする。
ただし護衛は付けない。
協力を仰ぐ立場である以上、それは許されん。
真白ひとりで行かせる。」
「でも、何も真白じゃなくても……!」
「姉を捜しているのは真白自身だ。
要の役を与えねば本人も納得せんだろう。
それに今の位は一級。上位有段者だと青龍の里の者に間者と思われる可能性が高い。
青龍に行くなら一段は必須だが、真白なら早期に取得できる。
だから――一段を取ったらすぐに修行へ向かわせる。」
「しかし……」
泣き出しそうな顔で、なおも反論の言葉を探す茶々。
だが火夜は珍しく、その声を冷たく断ち切った。
火夜が茶々をこう扱うのは、本当に珍しい。普段は誰よりも甘いのに。
茶々が入学と同時に準師範に抜擢されたのも異例だし、銀夜も紫織も彼女を可愛がってきた。
それなのに“真白なら早期に取得できる“という発言。
これはつまり励ましなどではなく、早急にとらせよという命令だ。
空文字の難易度がわからない火様ではないのに無茶だとも思う。
――そもそも、今日の議題は「他里の協力を仰ぐか否か」でも、「真白を一年人質として行かせるか否か」でもなかった。
火夜はすでに決めていたのだ。真白を一年、青龍に送ることを。
そしてそのために――
「真白に一段の“空文字”を、早急に取得させよ。」
準師範全員への命令通達のための招集だった。
畳を打つように重いその言葉に、場の空気が一変する。
紫織は息を詰めながら理解した。
――今日の招集は、最初から結論ありき。
真白を青龍へ送るための、ただの布石に過ぎなかったのだ。
紫織が準師範となって二年余り、ひとつ確信していることがある。
火夜は基本、人の話など聞かない。
聞くふりはするが、結論は最初から決まっている。
ただ一人、例外がいるが――
視線をそちらへ送ると、ちょうど目が合った。
にこりと笑えば、同じように返してくる。
今まで一言も発していない男――朱宮 陽斗。
名門朱宮家の出で、長年師範を務め、準師範三名からも厚い信頼を得る。
欠点らしい欠点のない人物。
……だからこそ、紫織は彼が気に入らない。
銀夜も茶々も、きっと同じだ。
理由は単純。嫉妬。
火夜がただ一人、耳を傾ける相手なのだから。
一度、銀夜が恋人かと尋ねたことがあったが、火夜は笑って否定した。
笑ったこと自体が意外で、嫉妬はさらに深まった。
※※※※※
一刻ほどで緊急招集は解散となり、帰路に就く。
紫織はすぐに茶々へ声をかけた。
「真白の部屋に行くなら、私も一緒に行くわ。……様子が気になるの。」
そう言ってから、二人きりにさせた方が良かったかと少し後悔する。
茶々は真白に先ほどの件を伝えなければならない。自分がいない方が話しやすいかもしれない。
だが――今の茶々には、放っておけない危うさがあった。
小さな声で了承が返り、二人は真白の部屋へ向かった。