21.人質
「つまり、姉上は連れ去られた可能性が高い。
さらに犯人は火を放っている。
里外へ逃走したのなら、他の里の者に攫われたか、里外で生活する者の仕業だ。」
その言葉に、先ほどまで動じなかった蒼真と橘の表情にも、わずかな動揺が走った。
※※※※※
この世界には、朱雀の里を含めて四つの里が存在する。
朱雀、青龍、白虎、玄武――いずれも書術学院を有し、同じような組織を持つ。
各里は書術によって場所を秘匿され、外界から守られている。
里と里の間は「神々の領域」と呼ばれる未知の地で隔てられており、有段者以上が探索しているものの、その広さと危険さゆえに解明は進んでいない。
最大の脅威は「魔獣」だ。
魔獣は白い姿をした獣で、人間を襲う。
物理攻撃は通じず、書術でしか倒せないため、術を使えない者は領域への立ち入りを許されない。
書術学院生であっても、有段者以上でなければならない。
もし、書術を使えぬ真白の姉が神々の領域に迷い込んでしまったのなら――魔獣に襲われる前に保護する必要がある。
だが、攫われたとなれば話は別だ。
犯人が神々の領域を自由に行き来できるとなれば、それは他の三里――青龍・白虎・玄武の有段者が朱雀の里の者を攫ったことを意味する。
これは由々しき事態であり、最悪、里同士の戦争に発展しかねない。
もとより四つの里は基本的に交流を持たない。
朱雀と青龍のみが例外だが、それでも往来には神々の領域を通らねばならず、道を知らなければ書術で辿り着くことはほぼ不可能だ。
道がわかっていても、距離は膨大で、消耗する念の量も計り知れない。
そしてもう一つの可能性――
里外で暮らす者に攫われた場合だ。
未知の領域にはまだ多くの謎が残されている。
四つ以外にも五つ目、六つ目の里が存在しているかもしれない。
また、定住せず流浪する民族や、魔獣とは別に知能を持った獣が存在している可能性も否定できない。
「前者の場合は戦争、後者の場合は里同士が手を結び、姉上を捜す必要がある――というわけですね。」
簡潔にまとめたのは蒼真だった。
犯人の正体によって、取るべき対応は全く異なる。
「動機も考慮すべきではありませんか?
例えば、危険な場所から救い出すためだったのなら、争いには至らない可能性もあります。
どちらにせよ、慎重な判断が必要です。」
橘が、対応の慎重さをさらに強調する。
「そして何より、お姉さまの安否が危ぶまれる今、迅速な行動が必要ということですね。」
緊急性を示したのは紫織だった。
茶々は必死に話の流れを理解しようと、頭の中で整理している。
「そうだ。犯人と姉上、双方の捜索にあたり、他の里の協力を仰ぐか否か――
本日、この場で決めねばならん。」
火夜の言葉に、最初に反応したのは銀夜だった。
「反対です。他里との交流がほとんどない状況で、協力を得られるとは思えません。
ましてや、犯人が他里の者だった場合、情報を渡す危険があります。
信用できる者がいない限り、賛成はできません。」
「信用できる者ならいる。――青龍の者だ。」
「「「!?」」」
衝撃に各々の視線が交錯する。
「……青龍の里と交流があるとは、初耳ですが。」
蒼真が疑わしげに視線を向ける。
「あら、一か月ほど前、青龍のお客様が火様を私的に訪問されていたわよね?」
「……そうだな。私も対応させていただいた。」
紫織の言葉に、銀夜は少し気まずそうに答えた。
「私的に訪問する仲であっても、里の了承が得られるとは限りませんし……」
弱い反対意見を重ねる蒼真の声を、火夜が一蹴した。
「青龍とはお前たちが想像もつかぬほど長い付き合いだ。
お前たちの気の遠くなるぐらいな。
それに、すでに話は通してある。
青龍は条件付きで了承すると返事を寄こした。」
一瞬の沈黙のあと、火夜はその条件を告げた。
「――真白を一年人質として寄こせ、とな。」
畳の上に、しんとした重みが降りた。
誰もが息を呑み、次の瞬間、烈火の舌打ちだけが不自然に響いた。