16. 会いたくて、会いたくない人
自室にたどり着くなり、真白はその場に崩れ落ちた。
茶々は書術を用いて、静かに彼の身体を布団へと移す。
朝餉の時刻をとうに過ぎても、彼は目を覚まさなかった。
その安らかな寝顔を見つめながら、茶々は胸の奥に沈むような罪悪感を噛みしめていた。
――こんなになるまで、追い詰めてしまった。
寄り添っていた“つもり”だった。
言葉が足りていなかったことは、最初からわかっていたはずなのに。
結果として、それが“沈黙”というかたちになり、彼をますます追い詰めてしまったのかもしれない。
師としての未熟さが、鋭い刃となって心を切り裂いていく。
「茶々」
やわらかな声が、不意に戸の向こうから響いた。
その聞き慣れた声に、胸が詰まり、涙が滲みそうになる。
続く、入室を促す声。
返事をすると、戸が静かに開いた。
──顔をのぞかせたのは、今いちばん会いたかった人だった。
「お腹、空いてない?」
そう言って、盆を手に現れたのは紫織。
自分の師。そして、姉。
……だが、今の自分にとっては、最も会いたくない相手でもあった。
師としての在り方が問われる今、紫織はあまりにも眩しい存在だ。
理想の“光”が目の前にあると、自分の未熟さや愚かさが、濃く黒い影として浮かび上がる。
それが、苦しい。
けれど──やはり大好きな姉が、自分のために微笑みを向けてくれたことに、張りつめていた心が、ふっとほどけていくのを感じる。
朝餉の盆が、茶々の前にそっと置かれる。
食堂からここまでは距離があるため、本来ならもう冷めているはずなのに、湯気がふわりと立ちのぼっていた。
紫織が書術で温め直してくれたのだろう。
紫織はよくしゃべるが、肝心なことにはすぐに触れない。
問いに答えられなくても、咎めたりしない。
ただ、本当に大切なことだけは、ちゃんと時間を置いて、もう一度問いかけてくる。
考える“余白”を与えてくれる──そんな人だ。
その余白が、今はひたすらにありがたかった。
「わたし、茶々がご飯食べてる姿、好きだな」
箸を動かし始めた茶々に、紫織が柔らかく笑みを向ける。
食欲がないことなど、とうに気づかれている。
けれど、「食べなさい」とは一言も言わない。
ただ、そばにいてくれる。
そのさりげない寄り添い方が、たまらなく心地よかった。
そして、自分には──紫織のような寄り添い方はできないことも、もう理解している。
自然に寄り添うことも、相手を包み込むことも、たぶん自分には向いていない。
それでも紫織は、それができないことを否定したり責めたりしない。
何がよりよいのか考える余白をくれる。
それは一見すると突き放しているようにも見えるかもしれない。
でも茶々はそれを優しさだと思える多くの時を過ごしてきた。
茶々には茶々なりの寄り添い方がある。導き方がある。
真白をどう導いていけるのか──
目の前の温かな朝餉と、紫織のやさしさが胸に染みていく。
体の内側から、静かに熱が広がっていくのを感じながら、茶々は静かに考えていた。