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書術道  作者:
ー朱雀編ー
21/53

16. 会いたくて、会いたくない人




自室にたどり着くなり、真白はその場に崩れ落ちた。

茶々は書術を用いて、静かに彼の身体を布団へと移す。

朝餉の時刻をとうに過ぎても、彼は目を覚まさなかった。

その安らかな寝顔を見つめながら、茶々は胸の奥に沈むような罪悪感を噛みしめていた。


――こんなになるまで、追い詰めてしまった。

寄り添っていた“つもり”だった。

言葉が足りていなかったことは、最初からわかっていたはずなのに。

結果として、それが“沈黙”というかたちになり、彼をますます追い詰めてしまったのかもしれない。

師としての未熟さが、鋭い刃となって心を切り裂いていく。


 


「茶々」


やわらかな声が、不意に戸の向こうから響いた。

その聞き慣れた声に、胸が詰まり、涙が滲みそうになる。

続く、入室を促す声。

返事をすると、戸が静かに開いた。


──顔をのぞかせたのは、今いちばん会いたかった人だった。


「お腹、空いてない?」


そう言って、盆を手に現れたのは紫織。

自分の師。そして、姉。

……だが、今の自分にとっては、最も会いたくない相手でもあった。

師としての在り方が問われる今、紫織はあまりにも眩しい存在だ。

理想の“光”が目の前にあると、自分の未熟さや愚かさが、濃く黒い影として浮かび上がる。

それが、苦しい。

けれど──やはり大好きな姉が、自分のために微笑みを向けてくれたことに、張りつめていた心が、ふっとほどけていくのを感じる。


朝餉の盆が、茶々の前にそっと置かれる。

食堂からここまでは距離があるため、本来ならもう冷めているはずなのに、湯気がふわりと立ちのぼっていた。

紫織が書術で温め直してくれたのだろう。

紫織はよくしゃべるが、肝心なことにはすぐに触れない。

問いに答えられなくても、咎めたりしない。

ただ、本当に大切なことだけは、ちゃんと時間を置いて、もう一度問いかけてくる。

考える“余白”を与えてくれる──そんな人だ。

その余白が、今はひたすらにありがたかった。


「わたし、茶々がご飯食べてる姿、好きだな」


箸を動かし始めた茶々に、紫織が柔らかく笑みを向ける。

食欲がないことなど、とうに気づかれている。

けれど、「食べなさい」とは一言も言わない。

ただ、そばにいてくれる。

そのさりげない寄り添い方が、たまらなく心地よかった。

そして、自分には──紫織のような寄り添い方はできないことも、もう理解している。

自然に寄り添うことも、相手を包み込むことも、たぶん自分には向いていない。

それでも紫織は、それができないことを否定したり責めたりしない。

何がよりよいのか考える余白をくれる。

それは一見すると突き放しているようにも見えるかもしれない。

でも茶々はそれを優しさだと思える多くの時を過ごしてきた。

茶々には茶々なりの寄り添い方がある。導き方がある。

真白をどう導いていけるのか──

目の前の温かな朝餉と、紫織のやさしさが胸に染みていく。

体の内側から、静かに熱が広がっていくのを感じながら、茶々は静かに考えていた。

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