15.炎の中に
大量の脂汗を額に浮かべ、その場にへたり込む真白。
肩で息をする彼に、茶々がそっと手拭いを差し出す。
真白は無言でそれを受け取り、顔を拭った。
苦しげなその様子に、茶々は声をかけられず、ただ黙って隣に腰を下ろす。
言葉はなかった。だがそれがよかった。
茶々にとっては、どう声をかけていいか分からずに取った行動だったが、真白にとっては、その沈黙こそが、なによりありがたかった。
肩が、触れた。
茶々の右肩と、真白の左肩。
触れたところから、茶々の“熱”が伝わってくる。
体温ではない。念の熱だ。
あたたかく、穏やかで、やさしい熱――
真白はそっと目を閉じ、はじめて書術を使えた時のことを思い出す。
あの時は火夜様の念が自分に伝わるのをはっきりと感じた。
荒々しく、激しい熱だった。
今、肩越しに伝わるのは、それとは対照的なあたたかな熱。
茶々の熱が、自分の中にゆっくりと流れ込んでくるように思えた。
肩から入った熱が、胸の奥へ、腹の底へと巡っていく。
そこに、小さな炎が灯る。
穏やかに、けれど確かに、静かに燃え始める。
――まだだ。もっと強く。もっと大きく。
空文字を使うには、それでは足りない。
もっと激しく、もっと熱く――!
炎の熱さ。勢い。
木の焦げる匂い。鼻を刺す煙が肌にまとわりつく。
想像の中で、光景が切り替わる。
燃え盛る森。その中心、ひときわ激しく燃える一軒の家。
その家に向かって、自分は――叫んでいた。
「……ねうえ! あねうえええっ!!」
その声は、叫びとも、嗚咽ともつかない。
けれど、確かに「姉上」と呼んでいた。
それがわかるのは叫んでいるのが自分だから。
あの家にいたのは、姉上だ――
「真白! 大丈夫!?」
茶々の声が、現実に引き戻す。
全身が冷たい汗で濡れていた。
呼吸も浅く、顔も青白い。
「……少し、休んだほうがいいよ。
自室に戻ろう。送るから。……歩ける??」
真白は茶々の肩を借りて、ふらつきながら立ち上がる。
意識はまだ混濁していた。
急に思い出した“姉上”のこと。
けれど、その記憶を辿るのが怖い。
――だって。
あの炎の中に、姉上が……。