02.ー灯(ともしび)ー
「がんばります!」
そんな気合十分な声もむなしく結論を言うと発動は一度もしなかった。
ただ気合だけは十分すぎるぐらいだった。
その証拠にあたりはすっかり暗くなったにもかかわらず、少年の努力の跡だけはしっかりと確認できる。
すぐそばにいるであろう茶々の顔も漆黒の中に。
「夜も更けたし片付けよう」
気合いの証拠である多くの紙を見て茶々はそう言った。
そこかしこに散らばる紙には書がしたためられている。
その書が一度も発動しなかった現実に打ちひしがれて、先ほどとは打って変わって少年は「はい」と小さく返す。
そしてチラリと茶々を見やる。
表情こそわからないが先ほど片付けを促したの彼女の声からは優しさを感じた。
あの一言から優しさを感じられるほど、真白は茶々に対して好感を持てる充実した時を過ごしていた。
半日の稽古の中で、茶々の理論的な説明能力の高さや謙虚で相手を否定せず受け入れる器の広さをひしひしと感じていた。
年齢と外見の幼さからは計り知れないほど中身は落ち着きのある優しい人だと、そんな人と過ごした時間はあっという間で実りもあったと実感してるのに肝心な術は発動せず、己の無力さに酷く情けなさを感じる。
そんな情けなさに正面から向き合うと我慢できなくなってしまいそうで余計に弱虫な自分が嫌になる。
この闇ならいっそ一度泣いてしまっても見えないし、すっきりするかもなんて泣くことに前向きになりそうになった時
『灯』
暗闇の中に蛍火がふわふわと舞う。
「火とちがって燃えうつることもないよ」
にこりと笑って茶々は少年の努力の証を一枚一枚丁寧に拾い上げる。
あまりに幻想的なその風景にきれいとだけこぼして手をとめる。
書術ってこんな使い方もあるんだ
美しさからこれが書術によって創られたものだと理解するのに時間がかかった。
これだけ書術の稽古をつけてもらったのに理解が遅いなんて疲れているなと
自分の疲労感に気づく。
書術の奥深さにも驚きながら自分の情けなさがはっきりとしてしまったのに、気づいてしまったらもう止められなかった。
「ー僕、情けないです。なにもできない。」
大粒の涙がこぼれたらもうとめられなかった。
片付けをしなきゃ、泣いてる場合じゃない。
そんな冷静な自分も頭の片隅にいるのに、涙と嗚咽は止まらなかった。
はっきりと茶々の困った顔が見える。
少年とはちがった別の水が大量に出ているのがわかる。
困らせたいわけではないのに止まらない。本当に情けない。
「え えっと・・・
なにもできないなんてことないよ。」
茶々が優しく指先に触れ、手の甲を包み、ゆっくりと両の掌を上に向ける。
「なにもできない人はこんなに手が汚れたりしない。
きみの努力はオイラが知ってる。大丈夫だよ。」
そう言って茶々はぎゅっと手を包み込む。
冷え切って墨で汚れた手を包む熱を感じながら真白は思う。
この灯は茶々さんの心だ。
この“灯”は、茶々さんの心が書術を通して形になったものだ。
そう思えた瞬間、またひとつ、書術の深さを知った気がした。