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書術道  作者:
ー朱雀編ー
18/53

13.空文字




茶々は、かつて紫織を“師”として慕っていた。

そして今、自らが真白の“師”として任命されることとなった。


だが、真白は男であり、茶々は女。

従来の「師弟制度」では、同性の有段者が有級者を導くのが通例で、異性間でこの関係が結ばれた例は、学院の歴史上一度もなかった。

また、「師弟制度」とは本来、当事者同士の合意をもって自然に結ばれるものである。

しかし今回は、火夜の“指名”により、茶々が真白の師に任命された。

それは、制度の枠を超えた――明確な“特例”だった。


銀夜は火夜に問うた。

なぜ、命ずるという形式をとったのか、と。

火夜は、ただ一言だけ返した。


「お互いのためだ」


それ以上の説明はなかった。

だが、それはいつものこと。

火夜は、常に必要最低限のことしか語らない。

それが、考える余地を与えてくださっているのか。

あるいは――“神の意志”など、人の理解が及ぶものではないと、初めから諦めているのか。

銀夜は、それ以上、何も問わずに目を伏せた。




こうして、茶々と真白は師弟となった。

だがいま、彼らは“段位の壁”に阻まれていた。

真白は、級位取得においては順調そのものだった。

入学からわずか三月で、最上級位・一級を取得。

その進みの早さは、まさに異例。

確かに、師である茶々が天才だからこそ可能な速度ではあった。

だが、それについていける真白もまた、明らかに“天才”だった。


――にもかかわらず。


注目されるのは、常に茶々だった。

実績のすべてが、茶々の功績として語られる。

それに、銀夜は違和感を覚えていた。

真白は、いつも“中心”から外れているような――

どこか、居場所のない違和感を。

段位取得は、それまでの座学中心の級位とは異なり、実技が主となる。

段位を取得した者には、神の領域とも呼ばれる里外への外出が許される。

ゆえに、実技における技量は極めて重要とされる。


そして、その実技の初歩が――“空文字”の習得だった。


昇段試験、最初の課題は――

空文字を用いた「炎」の具現。


書術には段階がある。

まずは、紙に特殊な墨で文字を書き、詠唱することで術を発動する「書文字かきもじ」。

これが書術の基本であり“書術”といえばこの形式を指すことが多い。


書文字とは、己の力を筆に込め、墨に乗せて文字を形成する術。

墨は、力の“道しるべ”となり、その上を力が滑るように流れていく。

つまり、墨という媒体が“通り道”なのだ。


一方“空文字”はこうだ。

特殊な墨を使って空中に文字を書き、詠唱することで術を発動させる。

それが“空文字”の所以である。

このとき、墨は指先につけて書くのが一般的だ。

筆を使っても構わないが、実戦では筆を構える手間を省ける分、指で書く方が実用的とされる。

筆でも指でも、やることは同じ――

だが“書く”という行為には筆のイメージが根強く残っており、

想像の力を重んじる書術においては、その“感覚”こそが成否を分けることもある。

指先に、己の力を集中させる。

墨を通じて文字を形づくる。

それはまるで、自らの手で“道を切り拓く”ような感覚に近い。


空文字とは――

既存の“道”をなぞるのではなく、己自身が“道”となる術。

書術の本質に、より深く迫る技でもある。


真白は、静かに墨を指先に乗せた。

指先に力を集め、空を裂くように文字を描く。




――今、真白は試されている。

この道なき道を、自らの手で切り拓ける者なのかどうかを。




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