【番外編01-05】師弟
結局、火様は茶々の書術の正体を明かしてはくださらなかった。
「意思に近い心を感じるとは、良い着眼点だ。
今は、近からずも遠からず――とだけ言っておこう。
答えを与えられるのもつまらないだろう?
正体を追求せずにはいられない……それも学院生の性ではなかろうか」
満足げに火夜は笑う。
自ら探せ。そう言っているのだ。
そして、紫織が茶々の“師”に指名された。
書術学院には、師弟制度が存在する。
有段者が有級者を預かり、寝食を共にして書術と生活を教え導く制度である。
茶々にふさわしい師がいるとすれば、火夜本人しかいなかった。
だが、火夜は“師範”である。
特定の弟子を持たず、学院全体の師として在る存在だ。
本来、弟子は原則として一人。
だが今回は、あまりに異例で、特例が認められた。
紫織の“弟子”はすでに有段者となり、師の立場に移っていたことも一因だった。
それからの茶々は――まるで別人だった。
紫織と寝食を共にし、礼儀作法に始まり、身なりの整え方や言葉遣い、人との距離の取り方まで……
あらゆることを学んでいった。
もちろん、書術も。基礎から。
茶々は、理屈では理解していなかった。
だが“できてしまう”。
やらせてみると、できる。だが説明はできない。
書術学院生は、まず座学から書術を学ぶ。
だが茶々は逆だった。
すでに“体現”できている書術の理屈を、あとから学ぶ形だった。
無駄が削ぎ落とされ、動きは研ぎ澄まされ、力はさらに洗練されていった。
※※※※
準師範の交代の報せは、瞬く間に学院中に広がった。
前任者は長期休暇中で、騒ぎの渦中にはいなかったが――
はじめは、多くの不満が上がった。
だが、それもすぐにぴたりと止んだ。
理由は明白だった。
茶々は、圧倒的だった。
稽古を通じ、その力量は否応なく示された。
まさに“火を見るより明らか”。
そして、あまりの才に、多くの者が――恐れを抱いた。
それも無理はない、と紫織は思う。
実際、日々そばで見ていて、自分自身も……時に、その才に怯えることがあった。
けれど、それ以上に――
茶々の成長が嬉しかった。
書術という術の、可能性が広がっていくことに、心が躍った。
……もしかしたら、それは“見ないようにしている”だけで、
己の中にも恐れが巣食っているのかもしれない。
だが、茶々が自分を「紫織様」と呼ぶ声が、たまらなく愛しい。
日を追うごとに増していくその声に、胸が温かくなる。
まぶしいほどに素直で――まるで、太陽のように愛おしい。
もし、茶々の性格がほんの少しでも違っていたら――
この才に、嫉妬で己を焼き尽くしていただろう。
けれど。
今の彼女は、誰よりも愛しい“妹”だった。