【番外編01-03】影
「はあっ……はあっ……」
銀夜と紫織の息が、荒くなる。
――そなたらの技を尽くし、茶々に一太刀浴びせてみよ。
火様はそう仰った。
「一太刀」と言われ、銀夜はまず素直に〝斬〟を放った。
まっすぐ飛んだ斬撃は、茶々の少し手前で――黒い何かに弾かれた。
(……何だ?)
茶々は、ただ呆然と立っている。
口元も動かず、明らかに無防備なままだ。
だが、彼女を守るように弾いたあの〝何か〟――それは影のように見えた。
ただの影ではない。
本体は見えず、床や壁に沿うだけでなく空間の中にすら現れる。
影と表現するには、あまりにも不可解だった。
ちらりと横を見ると、紫織も同じ表情で銀夜を見ていた。
次に、紫織がやや威力を上げて〝撃〟を放つ。
もちろん一太刀とはいえ、重傷を負わせる意図はない。
時間制限がない以上、相手の力量を見ながら威力を調整し、最適な一撃を与える――
それが最も賢明だと、二人は考えた。
だが、それが誤りだったと気づくまでに、時間はかからなかった。
どの攻撃を試しても、茶々を守るように現れる黒い影。
二人で同時に攻撃しても、威力を変えても、
炎以外の水・風・土属性に切り替えても、
複数の攻撃を連ねても――
どこからともなく現れ、それらをすべてはねのける。
書術だけではない。
体術による物理攻撃も試した。
しかし、すべて――茶々から一定の距離を保って、その黒い影に阻まれた。
その影は、攻撃してこない。
ただ、そこに「在る」。
影としか呼びようのない〝ソレ〟。
銀夜は九段を取得して間もないが、書術に関する知識には自信があった。
段位は単なる目安であり、何より彼女は「書術が好き」だった。
だからこそ、多くの知識を求め、自ら学んできた。
彼女だけではない。
紫織もまた、有段者としてそれに見合う知識を持っている。
「……いかなる書術か、見当がつくか?」
銀夜は助けを求めるように問いかける。
この現象の「元の字」が分かれば、策は打てる。
今は力任せに突破を試みているが――
もし元の字を分解できれば、突破の糸口が見える。
「……検討をつけようにも、情報が少なすぎるもの。
引き出そうにも、防ぐという、それだけの繰り返し――」
紫織の言葉が、絶望のように重くのしかかる。
気づけば、策を講じ始めてから半刻が経っていた。
「……ただ、あの影からは“防御”という機能ではなく……
“意思”のような、心を感じる気がするの」
わずかに迷ったのちに語られた言葉。
それが、彼女の直感によるものであることを、銀夜は理解していた。
紫織は、自分とは違う。
冷静に物事を分析する銀夜に対して、彼女は“感じる”ことができる。
その直感に、理由や根拠はない。
だが、それでも――その直感が正しかったという経験が、二人の間には数多くある。
銀夜は、紫織の直感に深い信頼を寄せていた。
……ただ、それを認めてしまえば――
書術の根底が、揺らぎかねなかった。