【番外編01-01】ちょこんと座る童子
――二年前
銀夜(当時:銀)、紫織(当時:姫乃)十六歳。
茶々十歳。
※※※※※
文月の短冊に込めた願いは、今も心の中に揺れている。
学院生がこの時期七夕祭りでの願い事を思い出すのは必然だろう。
それは例にもなく銀も同じだった。
学院生にとって特別な七夕祭りが終わってしばらくした頃、一通の伝令が銀に届いた。
パタパタと朱色の折り鶴が銀の目の前に現れた。
手のひらを向けるとそっと乗った折り鶴が開かれ、一枚の紙になる。
字で解る差出人。
準師範の交替を執り行う。
各位、然るべき時刻に参集されたし。
折り鶴の文には、集合時刻と場所、そして必要最低限の指示だけが記されていた。
それを読み終えた瞬間、火様の押印がジジッと音を立て、文は瞬く間に炎に包まれた。
その炎はまさしく火様のものだった。
準師範の入れ替え。
任期の満了を待たずに、準師範の座についてまだ数ヶ月。
一体それはどういうことか。
※※※※※
銀は指定された場所へと向かう。
もしかしたら自分が降格となるかもしれない。
そんなことを考えると足取りなど軽くなるはずもない。
「あ・・・」
指定された部屋の前で折悪く姫乃と鉢合わせる。
鉢合わせた姫乃の顔にも、同じ不安が浮かんでいた。
それが自分でないことを願いながらも、姫乃がそうであるとも思いたくない――そんな矛盾を銀は噛みしめていた。
「桜花院様、青炎様。お待ちしておりました。
中で火様と茶々様がお待ちでございます。」
二人が発するより先に部屋の前にいる下女に声をかけられ、慌てて正座する。
「失礼します。火様、桜花院様、青炎様お揃いです。」
「入れ。」
その言葉を待って扉が開く。
大広間の最奥、一段上がった床の上に鎮座する火様。
公式の場では御簾が下がっていることも多く、準師範以上の八名のみで執り行われた内定式以降二人もそのお姿を拝見するのは数ヶ月ぶりだった。
内定式では先輩方、火様の前で大いに緊張しており、かけられた言葉に返事をするのが精一杯だった。
今もそのときとは別の緊張があるが、本日は火様お一人でそのお姿が目に飛び込んできた。
厳かに鎮座するそのお姿は、威風堂々たる気配に満ちている。
その御姿を目に焼き付けんとする欲と、神威に打たれるような畏れが相まって、我知らず頭を垂れていた。
それは銀だけでなく、姫乃も同じだった。
「入れと申しておるだろう。」
再度火夜が大きな口を開けて笑いながら入室を促す。
神の御声がわたくしに届いたその奇跡を胸に、そっと頭を上げた。
同時に気づく。
大広間の片隅に、音もなく、ただ「ちょこん」とそこにいる以外の存在の仕方を知らぬかのように、童子が座っていた。