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書術道  作者:
ー朱雀編ー
12/53

12.準師範




水の底に沈むような深い悲しみのあと、別れの挨拶もそこそこに、お客様は静かに帰路についた。


銀夜は――

結局、流香へ謝罪の言葉すら伝えられなかった。


火夜は「このことは他言無用」とだけ告げ、銀夜に背を向けた。


 


※※※※※


 


「ねぇ、青龍のお客様ってどんな方だったの? 殿方?」


仕事に向かっていた銀夜の部屋に、不意に飛び込んできた声。

声かけも、入室の許可もなく、当然のように図々しく現れたのは――紫織だった。


 


桜花院(おうかいん) 紫織(しおり)


ふわふわとした紫色の髪をサイドに垂らし、残りは低い位置でお団子にまとめている。

艶やかな髪には、控えめな簪を一本差している。

まん丸な瞳に、長いまつ毛。

スッと通った小さな鼻と、ぽってりとした色香を帯びた唇が、少女らしい愛らしさにほんのりと大人の影を落とす。


 


紫織、銀夜、そして茶々。

この三人は、朱雀の里・書術学院における「準師範」、すなわち No.2 の立場にある。

書術学院では多くは十歳で入学し、二十歳前後で卒業する者が多いが、在籍期限は設けられていない。

年齢での優劣はなく、完全な実力主義が敷かれている。

評価は「級位」と「段位」によってなされ、それとは別に“役職”が存在する。


※※※※


■ 役職

 ・師範(男女各1名):女性の師範は学院長を兼任。

 ・準師範(男女各3名):九段取得者の中から師範により任命される。


■ 段位(一段~九段)

 ・主に実技を中心に学ぶ。戦術・戦闘書術など、里外での実戦も想定した内容。

 ・有段者は里外での任務も許されるが、情報漏洩防止のため機密保持が厳格に求められる。


■ 級位(十級~一級)

 ・主に座学を中心に学ぶ。

 ・昇級試験を経て最高位一級を取得後段位への取得に進む。

挿絵(By みてみん)


※※※※



「ねぇ、ねぇ〜どうだったの?」


甘ったるい声が部屋に響く。

紫織の話し方はいつもこんな調子だが、今日はなぜか妙に耳障りだった。

普段なら気にならない――

でも、今日は違った。落ち込んでいたから。つい、口が滑った。


「……うるさい!」

と思わず、声を荒げてしまった。

しまった――と思って顔を上げると、

きょとんとした紫織の表情が目に飛び込んできた。目が合う。


「……忙しくても、しっかりと休息をとることをお勧めするわ?」


先ほどとは打って変わった、落ち着いた声。

微笑みながら、静かに部屋を後にした。


紫織に甘えて、苛立ちをぶつけてしまった。

けれど彼女は、それを責めることなく、優しい言葉だけを残してくれた。

精神的に、まだまだ童子(こども)

何度、自分に嫌気が差せば気が済むのだろう。


 


紫織とは幼なじみで、同じく十八歳。

書術学院に入る前から存在は知っていたが、交流はなく、それ以上の関係ではなかった。

だが入学後、昇級・昇段の早さが互角であったことから、自然と意識するようになった。

とはいえ、いつも話しかけてくるのは紫織の方だった。

図々しい――そう感じることもあった。

人懐っこく社交的なその性格に、嫉妬すら覚えた。

けれど、あるとき気づいたのだ。

紫織が、あのように接するのは、自分に対してだけだということに。

もしかすると、彼女も自分を特別視しているのかもしれない。

そう思ったときに芽生えた、淡い優越感。

……それもまた、否定できない本音だった。




※※※※




二年前。十六歳の頃。

銀夜は異例の若さで九段を取得し、準師範に任命された。

九段の取得こそ紫織より数ヶ月早かったが、準師範としての任命は同時だった。

喜びとともに、「自分だけではなかった」という落胆もあった。

それでも、準師範として真摯に邁進した。

“次”を見据え、ひたむきに歩いてきた――つもりだった。


卯月の任命式を過ぎ、文月の七夕祭りも終わった頃。

それは、突然告げられた。


「準師範の一名が、入替えになる」という話。

正確には“降格”ではなく、別の者への“交代”。


本来であれば、そうした人事は任期満了にあたる翌年の卯月に発表される。

任期は一年。その期間を全うするのが慣例だった。

それが“待てない”というのは――

つまり、それほどに“飛び抜けた存在”が現れた、ということ。


それが――茶々だった。


当時、わずか十歳。

入学と同時に九段を取得し、そのまま準師範に任命された。

書術学院創立以来、初めてのことだった。

すでに任命された者を押しのけ、突如として現れた童子。

どこの誰かも分からない、小さな存在。


自分以上に“特別”な存在など、この世に火夜様しかいないと思っていた。

火夜様は、私の理想そのものだ。

美しさも、力も、誰にも怯まぬ気高さも、すべてを兼ね備えている。

しかも、特別な存在でありながら、親しみを持って学院生と接し、私を他の者と同じように扱ってくださる。

そんなお方の側にいたい、お役に立ちたいと思って段位取得を励んできた。

自負があった。

人並み以上の努力をしてきた。

今の地位は、その当然の報いだと信じていた。

だから、茶々に向けた怒り、疑問、不快感、嫌悪感――

それらの感情は、当然で正当なものだと思っていた。

あの頃の私は(今でも童子(こども)のままだが)、

今よりもずっと、精神的に未熟だった。




九段を取得し、準師範の座に就いていながら、茶々の“本当の凄さ”に気づくのは、もう少し先のことだった。




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