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書術道  作者:
ー朱雀編ー
10/53

10.皮肉




銀夜は、初めて味わう屈辱に――小さく、しかし確かに体を震わせていた。


まるで、童子のようにあしらわれた。

ただの口喧嘩ではなかった。

冷静さ、気品、心の余裕。

そして何より――圧倒的な人生経験。

皮肉を投げ慣れ、言い返されることにも慣れている。

それを当然のようにこなす精神の強さ。

そのすべてにおいて、勝てないと思わされた。

言葉の使い方ひとつ、箸を取る所作すら、美しかった。


(私は、なんてことを……)

はるか高みにいる方に、なんという無礼を――

謝罪の言葉が喉まで出かかった、ちょうどそのとき。


「失礼いたします。お客様と学院長がお呼びでございます」


静かに入ってきた下女の声が、その言葉をかき消した。




※※※※


 


「大変お待たせして申し訳ない。昼餉は、お口に合ったかな?」


部屋に戻ると、火夜があっさりと謝罪を口にした。

その自然さに、銀夜は思わずまぶしさを覚えた。

自分には到底できないこと――

またしても、自身の愚かさが浮き彫りになる。

和やかに交わされる三人の会話の中、銀夜の胸は静かに、しかし鋭く痛んだ。

それに気づいたのは、龍麗だった。


「銀夜殿も、流香に付き合って頂いたようで――お時間を頂戴した。かたじけない」

「……あ、いや……」


銀夜は、とっさに言葉を返せなかった。

そんな珍しい様子に、火夜が穏やかに口を挟む。


「こちらこそ。流香殿と有意義な時間を過ごせたことと思う。感謝申し上げる」


その言葉に――


「とんでもございませんわ! 銀夜殿にはご指導ご鞭撻を頂いた次第で。感謝申し上げねばならないのは、私の方ですの!」


ピリッ――


空気が張り詰めた。

火夜の言葉に、皮肉で返す流香。

一瞬で、銀夜の中の尊敬の念が吹き飛ぶ。

(こいつ……火夜様にまで、憎まれ口を!?)

怒りが込み上げた――だが違う。

室内の温度が上がったのは、自分の怒りではない。

それができるのは、ただ一人。


――火夜様だ。


火夜が怒っている。

それは、もはや明白だった。

朱雀と青龍。

その関係性を壊しかねない、言語道断の無礼。

最側近として、これ以上の失態はない。

表情は見えずとも、火夜の気配が確かに、怒りの炎を孕んでいた。


だが――


失礼な態度を取ったのは、流香だけではない。

銀夜もまた、火夜の顔に泥を塗った。

流香を責められる立場ではなかった。

たとえ、流香が青龍で龍麗に次ぐ地位にあったとしても、火夜様は、そのはるか上空に在る存在なのだ。


ザアァ――


水の音が、聞こえた。

勢いのある、小川のような音。


すぐに分かった。

その音は、龍麗様からだ。

空気が、変わる。

大小さまざまな水の玉が、龍麗の周囲に集まり、ふわふわと漂っている。

瞳孔が開き、耳がわずかに尖る。

口元からは八重歯が覗き、唸るような低音が漏れる―― 


「龍麗様!」




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