10.皮肉
銀夜は、初めて味わう屈辱に――小さく、しかし確かに体を震わせていた。
まるで、童子のようにあしらわれた。
ただの口喧嘩ではなかった。
冷静さ、気品、心の余裕。
そして何より――圧倒的な人生経験。
皮肉を投げ慣れ、言い返されることにも慣れている。
それを当然のようにこなす精神の強さ。
そのすべてにおいて、勝てないと思わされた。
言葉の使い方ひとつ、箸を取る所作すら、美しかった。
(私は、なんてことを……)
はるか高みにいる方に、なんという無礼を――
謝罪の言葉が喉まで出かかった、ちょうどそのとき。
「失礼いたします。お客様と学院長がお呼びでございます」
静かに入ってきた下女の声が、その言葉をかき消した。
※※※※
「大変お待たせして申し訳ない。昼餉は、お口に合ったかな?」
部屋に戻ると、火夜があっさりと謝罪を口にした。
その自然さに、銀夜は思わずまぶしさを覚えた。
自分には到底できないこと――
またしても、自身の愚かさが浮き彫りになる。
和やかに交わされる三人の会話の中、銀夜の胸は静かに、しかし鋭く痛んだ。
それに気づいたのは、龍麗だった。
「銀夜殿も、流香に付き合って頂いたようで――お時間を頂戴した。かたじけない」
「……あ、いや……」
銀夜は、とっさに言葉を返せなかった。
そんな珍しい様子に、火夜が穏やかに口を挟む。
「こちらこそ。流香殿と有意義な時間を過ごせたことと思う。感謝申し上げる」
その言葉に――
「とんでもございませんわ! 銀夜殿にはご指導ご鞭撻を頂いた次第で。感謝申し上げねばならないのは、私の方ですの!」
ピリッ――
空気が張り詰めた。
火夜の言葉に、皮肉で返す流香。
一瞬で、銀夜の中の尊敬の念が吹き飛ぶ。
(こいつ……火夜様にまで、憎まれ口を!?)
怒りが込み上げた――だが違う。
室内の温度が上がったのは、自分の怒りではない。
それができるのは、ただ一人。
――火夜様だ。
火夜が怒っている。
それは、もはや明白だった。
朱雀と青龍。
その関係性を壊しかねない、言語道断の無礼。
最側近として、これ以上の失態はない。
表情は見えずとも、火夜の気配が確かに、怒りの炎を孕んでいた。
だが――
失礼な態度を取ったのは、流香だけではない。
銀夜もまた、火夜の顔に泥を塗った。
流香を責められる立場ではなかった。
たとえ、流香が青龍で龍麗に次ぐ地位にあったとしても、火夜様は、そのはるか上空に在る存在なのだ。
ザアァ――
水の音が、聞こえた。
勢いのある、小川のような音。
すぐに分かった。
その音は、龍麗様からだ。
空気が、変わる。
大小さまざまな水の玉が、龍麗の周囲に集まり、ふわふわと漂っている。
瞳孔が開き、耳がわずかに尖る。
口元からは八重歯が覗き、唸るような低音が漏れる――
「龍麗様!」