意趣返し
とある芸人さんと女性声優さんとの掛け合いを楽しむ内容の某ネットラジオ番組の話。熟練のラジオパーソナリティーを見せる芸人さんに対して自由度がマックスのような近年のブレイクし出した声優さんが時折際どい発言をしてはリスナーを困惑させ気味で喜ばせているのだが、最近その界隈で怪しげな噂がSNSに投稿される。
『実は○○さんはエイリアンなんだ。俺だけが知っている。あれは202X年の真夏の夜のこと…』
その女性声優を名指しして投稿者自身の体験談が語られたことが一次ソースとなり、拡散、引用され炎上ではないにせよ都市伝説化したような状況となる。同一アカウントによって後に付け加えられた詳細によってとりあえず事実であると判明していることは、投稿者が地方都市の駅でその声優と思しき人物を目撃したという事である。何故なら声優さんの活動報告により、その同日に同じ地方都市にてイベントが開催されたと確認できるからである。恐らくイベント終了後に駅から新幹線で移動する為にホームで発車の時刻を待っていた姿を近くで投稿者が目撃したのだと推測されるのだが、彼はそこで目を疑うような場面に遭遇したらしい。
『俺がたまたま待合所の外の死角に立ってたからなんだけど、○○さん待合室で一人で何かを喋ってたんだ。なんだか声が外に漏れちゃってて結構大きい声だったんだろうな。誰かと通話していたっぽいんだけど、
『この星に来て25年になりますね。潜伏する為とはいえ子供時代からしっかり人生をやらなきゃならなかったのは大変でしたよ』
とか言い始めて。確かに○○さん今年25歳なんだけど、その時はまるで上司に報告するような語り口だったんだ。悪いとは思ったんだけどそのまま聞いてたら、
『流石に声優になるのは大変でしたね。狭き門ですし、声優としてある程度芽が出てからもそこからが大変で。色んな話題に精通していないといけないので正直報告する時間がありません』
って。ちょっと背筋が凍ったな』
確かにその場面を想像すれば共感するところはある。一方で声優さんなんだからそういう設定の『演技』くらいなら出来るよなと。だが本当のことだと信じてしまっている様子は投稿主は続けてこんな投稿をする。
『でもそこで考え直したよ。たとえ彼女がエイリアンだとしても、しっかり地球での仕事をこなしているわけだし何か問題があるのか、と。プロ意識は見倣わなきゃならない』
私としてはその言葉に「なるほど」と思った一方で、こうも考えた。彼女はその時冗談を言い合える仲の良い友人とジョークを話していたのではないかと。その時だけではなく宇宙人になり切って会話をする「遊び」をしていて、久々に話ができたその友人に最近近況を「報告」する暇がありませんでしたと伝えていた場面なのではなかろうか。常識的にはその解釈の方が自然である。
だがこの時代ならではの新たな展開ともいうべきか。ややバズったその一連の投稿を切っ掛けに声優のファン達の間でエイリアンという設定をネタにやり取りがなされるようになってゆく。その中の『猛者』がラジオの「ふつおた」に『巷では○○さんがエイリアンだという噂が流れておりますが、本当ですか?』と身も蓋もない質問をかまし、声優本人の口から「ああ、なんか噂になってましたね」と噂を認知しているらしいことが明かされた。しかもその質問に対して肯定とも否定とも取れるような曖昧な発言をしたことから、以来それが彼女の『持ちネタ』と化してしまうことを私は想像もしていなかった。
それから数ヶ月が過ぎ、声優さんが地上波のバラエティー番組に出演が決まったという情報がメディアに。ラジオ内でもトークの暴走が心配されるタイプの人であったから、放送当日は内心ヒヤヒヤしながら見守っていたが、番組冒頭MCに「貴女ちょっと変わった人なんですって?」と話を振られて自己紹介がてら彼女が「はい。わたし最近エイリアンと呼ばれています」と自らネタにしていった姿にはド肝を抜かれた思い。ネット上も当然ざわついたのではあるが、結果としてその日のトーク自体は概ね好意的に受け取られている。
ただ思うのは、もし彼女が地球に潜入している本物のエイリアンでこの番組も上司がしっかり見守っていたのだとしたら別の意味で肝を冷やす思いだったのはその上司の何某だったかも知れないという事である。もしかしたら、それは地球に降り立ち複雑な想いを抱える彼女なりの上司への意趣返しのようなものだったのだろうか。




