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【第八話】

 そして、僕たちの予感は的中して本田良子、もとい樋口さんはお天気お姉さんを解雇されてしまった。彼氏が居ると言うことよりも誕生日前の飲酒。未成年飲酒が問題になったとのことだ。

「はぁ……。唯一の定職も無くなっちゃった。これは大人しく大学生やってろって事なのかな。なんか自信なくなっちゃった」

「今回のは仕方ないと思うよ?そもそもお酒を頼んだのは僕が最初だし。そこは素直に謝る。ごめん」

「いいのよ。飲んだのは私だし。でも身の振り方かんがえないとなー。事務所からも謹慎処分言い渡されてるし。しばらくはなにも出来ないや。あ、そうだ。こうなったら疑惑の彼氏と正式にお付き合いしても問題ないのでは?」

「なに?樋口さんは僕と付き合いたいんですか?」

 言った後に、なんで上から目線なのか、と思ったけども樋口さんは気にとめる様子もなく「付き合いたい」と言ってきた。それに僕が判断に困っていたら樋口さんはこう言ってきた。「三木谷ちゃんのことが気になる?」

「なんでここで三木谷ちゃんが出て来るのさ」

 手に持ったコーヒーカップを握る手に力が入る。図星だったからだ。

「だって洋介君、私と三木谷ちゃんどちらにするか迷ってる感じだったから」

「なんで両方オーケーな前提になってるんですか」

「違うの?」

 正直なところ、そんな風に考えていた。だからこの質問の答えは非常に難しい。僕はカフェオレを一口飲んだ後に答えた。

「樋口さんは仮に僕が三木谷ちゃんと付き合い始めたら、どうするつもりですか?」

「んー、そうねぇ。奪っちゃうかな。どうやるのか分からないけど」

 この人なら本当にやりかねないと思って心配になる。逆に樋口さんと付き合い始めたら絶対に尻に敷かれる自信はある。

「で?どうなの?」

「それはどっちが好きか、ということです?」

「そそ」

 これは答えないと話しが終わらない感じだと思った僕は、こう言った

「良いですよ」

「え⁉ホント?やった」

 樋口さんは嬉しそうにホットコーヒーをちびりと飲んだ。

「それにしてもなんで今日はその格好なんですか?役作り終わったんですよね?」

 もっさりした髪の毛に眼鏡姿。成人式やお天気お姉さんの樋口さんとはかけ離れた風貌。

「幻滅した?」

「いや。普段の樋口さんを知ってるので。むしろ付き合えて光栄というか」

「普段の、かぁ。洋介君にはあっちの方が普段の私に見えてるんだ」

「違うんです? 

「うん。こっちが普段の私、かな。面倒くさがりで。だから深夜に起きて準備してスタジオ入りして。正直大変だったから今回の件は一区切り出来て良かったかなって」

 そう言ってもう一口ホットコーヒーを飲んだ樋口さんは言葉を続けた。

「そんな私でもいいっていうなら嬉しいけども、その辺はどうなの?」

「僕も肩肘張らなくて良いかも知れませんね。またソーシャルメディアにアップロードされることもないでしょうし」

「ふふ。正直なんだから。でも」

 そう言って樋口さんは伸びをしてから「ありがと」と小さくお礼を言ってきた。そして右手を差し出してきて「今後ともよろしく」と言ってきたので、僕も「こちらこそ」と返して握手をした。

「それで。彼氏彼女ってなにをするもんなんですかね?」

「さあ。私も彼氏は初めてだからよく分からない。あ、とりあえず、成人式の日に行った神社にもう一回行かない?なんかカップルが沢山居たから、そういうスポットなんでしょう?」

「かもね。いつ行く?」

 春休みに入っている僕は暇人だ。僕はバイトしていないし、樋口さんも定例の仕事は無くなってしまった。事務所のレッスンは続けるらしいので、休みの日に設定すれば問題ないだろう。

「今度の水曜日は?」

「問題ないですね」

「それじゃ、水曜日の朝の九時に迎えに来て」

「九時ですか?」

 微妙に早い時間だ。まぁ、いつも午前二時に起きる生活をしていた人にとっては遅い時間なのかも知れない。

 

 ピンポーン

 

 水曜日の朝に呼び鈴を鳴らす。オートロックでもないアパートの玄関ドア横の呼び鈴を鳴らすと、ドアが開いた。

 ガチャン

「あれ」

「一応、ね」

 チェーンロックをかけた上で一度ドアを開けてきた。

「何かあったんですか?」

 玄関に上がらせて貰った僕は靴を履く樋口さんにそう聞いた。

「なんかねー。私の家を特定して訪ねてきた人がいてねー。ちょっと怖かった」

「物騒ですね……」

「だから用心してチェーンロックをかけたのよ。悪い思いさせたのなら謝るわ」

「そんな。でもどんな人が来たんですか?」

 そう言うと苦笑いしながら「私のファンだったヒト」と。だった、か。

「あまり派手なことしてると本当に刺されますよ?」

「だからこの格好なんじゃない。嫌い?」

 今日の樋口さんは自称普段の姿という出で立ち。もっさりした髪の毛は前髪を一応ピン留めしてるけども髪の毛は後ろをゴムで縛っただけ。化粧もしてるのかよく分からない。洋服もいかにも安物、といった感じだ。

「別に好きも嫌いもないですよ。中身は樋口さんなのは変わりないですし」

「そう言ってもらえると助かるわ。本当はもうちょっとちゃんとした格好しようと思ったんだけども、最初から肩肘張ってたら疲れちゃうと思って。それにありのままの私の方が今後のためにも良いかなって」

「面倒くさいから、って言えば良いのに」

「それな」

 そう言ってケタケタと笑って見せた。その姿は可愛くも奥に見える美貌とが相まって僕には魅力的に見えた。

 

「確かここの神様って縁結びの神様だったわよね」

「そうですね」

「見事に縁を結んでくれたみたいね。待ち人、来たじゃない?」

「あー。おみくじですか?リベンジマッチにもう一度引いてみます?」

「んー。私は良いかな。おみくじは年始に一回って決めてるから。だから私の今年の運勢は吉」

「じゃあ、僕は凶ってことですか」

 本当に吉ならこんなことにはならなかったと思うんだけども。仕事運とかどうなってたのか見ていないから分からない。とにかく恋愛運については成就したと言うことなのだろうか。僕の恋愛運は相手次第、みたいなことが書かれていたし。

「見て見て、このお守り、意中の方とずっと長く寄り添っていけるように祈願した、ちいさなお守りです。ですって」

「本当だ。これって僕と樋口さん両方が持っていれば良いんですかね?」

「じゃないかな」

 と言うわけでその「よりそい守り」という代物を買って早速カバンに付けた。

「なんだかペアルックみたい」

「古いですね、ペアルックって言葉が。樋口さんはそういう感じの雰囲気が好きなんです?」

「んー、どうだろう。でも嫌いじゃないかな。なんかいいじゃないこういうの」

 確かに悪い気はしない。僕たちはお賽銭を投げ入れて手を合わせながらお願い事をした。普通は二人の縁が長続きするようにとか願うんだろうけど、僕は樋口さん通い仕事に巡り会いますように、とお願いした。

「ね、なんてお願いしたの?」

「そういうのって言ったら叶わないような気がしない?」

「ふむ……それもそうか。ま、なんとなく分かるから良いんだけども。多分私と違うお願いだろうから。そっちは任せた」

 樋口さんは僕がなにをお願いしたのか分かったような口ぶりだった。「そっちは任せた」か。樋口さんはなにをお願いしたのかな。

 

「で。なんでまたかき氷なんですか?」

 今日は一段と冷える。かき氷屋は閉店してるんじゃないかって位に客はいない。ってか開店直後に真冬のかき氷を食べに来る人はよほどの好き者というか。

「また凄いのを頼みましたね」

「でしょ?映えるでしょ?」

「あれ?そういうのやってるんですか?」

「ん?特にやってないけど。面倒くさいじゃない。ネットの繋がりって。よく分からない人たちと仲良くするのはちょっと苦手で」

「そんなこと言ってたら女優なんて厳しいんじゃないですか?知らない人と共演とかよくありそうですけど」

「そう。だから私、この仕事向いてないんじゃないかなって思うときがあるの」

 仕事に向いてない。じゃあ、なんでこの仕事を目指したのか。聞こうと思ったけども、何故かその言葉は上手く口から出せなくて飲み込んでしまった。

「んー‼この辺がキーンとするぅ」

 何にしても樋口さんは今日を楽しんでるんだから、余計な事を言わずに僕も楽しもう。

 神社から駅までは小江戸と言われるだけあって、そんな雰囲気なお店が連なっている。まだ平日の午前中と言うこともあってお客さんは老人ばかりだった。普通の大学生が選ぶデートコースじゃないような気がするしね。

「あ、木刀売ってる」

 樋口さんは中学生が見つけたようにその木刀を抜き出して上段の構えをして見せた。

「まさか欲しいんですか?あ、護身用にとか?」

「いやまさか。こんなの下げて帰ったら警察に捕まりそうだし」

 樋口さんが木刀を帯刀してる姿を想像したら少しおかしくなって笑ってしまった。

「お?お?喧嘩売ってるのかな?」

「そんなことないですよ。でもちょっと不釣り合いだなって思って」

 そんなことをしながらお土産屋さんをあちらこちら眺めて回った。これはこれで楽しい。何よりもあんなことがあったのに楽しそうにしている樋口さんを見ているのが楽しい。吹っ切れたのかな。そう思って聞いてみようとした時だった。

「あれ?本田さん?」

「あ……」

「ん?なに?知り合い?」

 道すがらにいきなり芸名で呼ばれたので少し身構えてしまった。

「大丈夫。私に付いてくれてたスタイリストさん。いつもこのもさもさの髪の毛を綺麗にしてくれるの」

「はあ……またその姿で出歩いてるんですか?綺麗にしたらもっと……。あ、いや、そういうのじゃ……」

「洋介君は私の彼氏には不釣り合いだってさ。頭が高い控えおろう」

「私は別にそんなつもりは……。って、彼氏ですか?例の?本当に付き合ってたんですね。私、噂だけだと思ってました」

「正確には数日前からですけどね。例の事件の後です」

「本田ちゃん、介抱して貰っちゃって惚れちゃった?」

「そういうのじゃなくて。唯一の知り合いというか。小学校からの知り合いなんですよ」

 小学校からの知り合い。唯一。それを聞いて中学高校と友達が少なかったのかと想像して少し暗い気持ちになってしまった。どんな学生時代を過ごしたのか。

「そうなんですか。幼なじみ、いいですね。いいなぁ。私も彼氏欲しいなぁ。ね。本田ちゃんの彼氏さん、誰か紹介してくれませんか?」

「残念。こいつにも友達はいない」

 なんで断定するんだ。居ないけど。

「そうなんですか。だとしたら本当に二人の世界って感じですね。いいなぁ」

 そう言ってスタイリストさんは神社に向かっていった。良縁に恵まれますように。

「その姿で本田涼子って分かる人ってどの位居るんですか?」

「うーん……。局のスタッフさんとか、この前の演劇の共演者にスタッフさんくらいかな。でも局でもこの姿を気にとめてる人は少ないから、すれ違っても分からないかも」

 そういうことか。だから今日はこの姿で。ありのままを僕に見せて、それでも僕が好きになってくれるのか、ってことか。

「僕は好きですよ」

「なにが?」

「こういう樋口さんが」

 そう言うと樋口さんはうつむいて何かブツブツ言っていた。

「よく面と向かってそう言う恥ずかしい言葉いえるね」

「え?女優さんの方が、そういうのは得意だと思ってましたけど」

「役とプライベートは全く違うでしょ。それに……」

 と、また下を向いてなにかブツブツ言っている。

「さっきからなんて言ってるんです?」

「秘密の言葉」

「秘密の?」

「そ。だから言ったらいけないの!」

 そう言って僕の前にトトッと駆け出してこっちを向いて言ってきた。正直可愛い。こんな人が僕の彼女なのか、と噛みしめていたら、戻ってきた樋口さんが僕をしたから見上げてきた。だー。こういうのが可愛い。いちいち行動が可愛く見える。これが彼女効果なのか。いや、違うな。この人は元々可愛いのだ。みんなそれに気が付いてないだけなのだ。

 僕達は小江戸を楽しんだ後に電車で帰路についた。

「ねぇ洋介くん」

「なんです?」

「一緒に住まない?」

「ぶほっ!」

 むせた。思いっきり。

「ちょ、ちょっとからかわないで下さいよ。びっくりしたじゃないですか」

「からかってないってば。私、仕事無くなっちゃったじゃない?家賃も厳しいのよ。それで、相談なんだけど洋介くんの家に転がり込むのはアリ?」

 うちは確かに親戚の持ち物で激安物件だけども、勝手に一緒に住むのは流石に怒られそうだ。しかも、まだ学生同士だ。

「あ。親の許可とか考えてるでしょ?」

「そりゃ考えますって。まだ学生ですし」

「可愛い彼女が路頭に迷ってもいいの?」

 そう言ってヨヨヨと泣き真似をしていた。この人はどこまで本気でどこまでが冗談なのか分からないところがあるな。

「そう言われると……。あ、そうだ。僕の住んでるアパート、まだ空き部屋があるか聞いてみますよ。あれば格安で借りれる可能性がありますよ」

「ホント!助かる‼︎」

「まだ空いてるって訳じゃないですけどね」

 と言うことで、駅に降りたらすぐに母親に電話。そうしたら直接聞いて欲しいと大屋さんである親戚の連絡先を教えてくれた。


「はい、はい。そうなんです。僕の友人で……」

 僕が電話を切るとまだかまだかという感じで樋口さんは身体を左右に揺らしていた。

「空いてるって。家賃も僕と同じく三万円でいいって」

「ホント⁉︎三万円って本当なの?もしかして事故物件とか?」

「こらこら。せっかく格安で貸してくれるのにそんなこと言わないの」

 樋口さんは「ごめんごめん」と言いながら、少し離れてどこかに電話をし始めた。何を話してるのか気になったけども、わざわざ離れて話してるところを見ると聞かれたくない内容なのだろう。

「電話、終わった?」

「うん。ちょっと色々あって。こっちも問題ないから今月末には引越ししちゃいたい。じゃないと来月分の家賃がかかっちゃう」

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