【第七話】
結局、僕は樋口さんの家にそのまま居る事にした。床に散らばった下着はバスルームのカゴの中に放り込んだ。触っても良いものか悩んだけども、下着が散乱する部屋にそのまま居座る方が変態だろうし。
「で?お天気お姉さんは出て来るのかな」
僕はテレビをつけて朝のニュース番組を見始めた。そして五時。天気予報の時間だ。
そこにはさっきまで暴れ回ってた樋口さんとは思えない清楚な女性が今日の天気を伝えていた。凄いギャップだなまったく。ってか、何時に帰って来るんだ。と思いながら床に座ってベッドにもたれ掛かっていたら、僕はいつの間にか眠ってしまったらしい。
ピンポーン!ピンポンピンポンピンポーン‼︎
呼び鈴が激しく鳴る音で起きた僕は寝ぼけまなこで玄関に向かって鍵を開けた。
「あ!やっぱり!」
「なにがやっぱりなんですか」
僕は頭を掻きながら受け答えをする。
「私の家にいると思ったのよね。鍵、起きっぱなしにしたみたいだから。洋介くんならそうかなって思った」
「それより大丈夫だったんですか?二日酔いとか」
「それ!あったま痛いし怠いし。洋介くんは大丈夫なの?」
「僕も同じ様なものですよ。早く帰って寝たいですね。あと、昨日は本当になにもしてないですからね」
「うん。信用してる」
素直に言われて逆に違和感を感じたけども濡れ衣を着せられなくて良かったというかなんというか。
「それじゃ、僕は家に帰るから。これ、鍵」
「あ、ちょっと待って。もし良かったら朝ごはん、食べて行かない?」
正直、すぐにでも眠りたかったけども、誘いを断るのはなんか気が引けたので食べてから帰る事にした。
「朝ごはんって言っても大したものは作れないけどいい?」
なんて言いながらキッチンに立って何かを作っている。匂い的にベーコンと卵。トースターが動いているから食パンかな。
「はい」
ワンルームに置かれた丸いテーブルに置かれたのは予想通りのものだった。座ったと思ったらすぐに立ち上がって何かと思ったらマーガリンとハチミツを持ってきてくれた。
「悪いな」
「なに言ってるの。私の方が助けられちゃって。本当にごめんね」
いや、本当に困ったんだからこの好意は素直に受け取っておこう。
「で、その……」
「ん?」
「重たくなかった?」
「なにが?」
って。自分の体重が、だろうに。聞いてすぐに気が付いて返答した。
「脱力した人間は軽くても重い。大丈夫だよ。樋口さんは心配するような体重じゃないと思うよ。僕でも持ち上げられた位だし」
「そ、そう。それと……」
周りを見回している。おそらくは散乱した着替えに下着のことだろう。
「あ。その辺は申し訳ないけどバスルームのバスケットに入れさせてもらった。触ったのは不可抗力だからその……」
「あ、うん。わかってる。そうじゃなくてテレビ、見てくれてた?」
「あ、天気予報?見てたよ」
「私、変じゃなかった?」
「大丈夫だよ。いつもの本田涼子してたよ」
「そう。良かった。でも知ってる人に芸名で呼ばれるの変な感じ」
「呼んでるこっちも変な感じだ。でも大丈夫なの?卵とはいえ女優が男を家に連れ込んでも」
「不可抗力でしょ。それにもう手遅れだし」
そう言って見せられたのは酔っ払った樋口さんを抱えて歩く僕の姿が写った写真だった。
「私、一応有名人だったのねー。ソーシャルメディアデビューだわ」
「そんなこと言ってる場合ですか」
「だってもう仕方ないじゃない。出回ったものは取り消せないし」
「家にいることがバレたらそれこそ取り返しがつかないじゃないですか」
「そんなパパラッチみたいなのが見張ってるほど有名人じゃないわよ。普通に出て行っても大丈夫だと思うわよ」
なんて言われたけども、自分の責任で女優の道が閉ざされた、とかになったら大変なので、三木谷ちゃんに来てもらった。
「二人とも反省してるんですかぁ?」
「してるしてる。ってか、大変だったから、あんなのはもう勘弁願いたいね」
「樋口先輩もですよ」
「ごめんなさい」
素直に謝っている。なんか言うと思ったのに。
「ところで樋口先輩と洋介先輩って結局のところ付き合う事になったんですか?」
「なんで?」
「だって偶然再会したじゃないですか。私が捕まえたにしても。同じ大学で同じ講義受けてて。しかも一晩を二人で明かして。これはもう偶然と言わずになんというか。で?どうなんです?」
どうと言われても。なんか決めるのは僕じゃなくて樋口さんのような気がする。で、聞く。
「どうなの?」
「うーん。洋介くんが嫌じゃなければ?」
「どうなんです?洋介先輩」
「うーん。僕は別に構わないんだけどさ。さっきも言ったけど彼氏つきの女優っていいの?」
「えー、そういうのあるんですか芸能界ってやっぱり」
「あー……、うん。あるかなー、ちょっとは」
絶対にちょっとじゃないでしょこれ。
「そう言う事ならもう少し様子見ってことで」
「だよね!焦らなくても良いわよね!うん」
慌ててそう返事をされた。本当に僕に気があったのだろうか。気になるけども、ここで「僕のこと好きなの?」とか聞けないし。
で。なんだかんだあったけども三木谷ちゃんと僕は樋口さんの家を後にして駅まで歩く。
「あー。疲れた。眠い」
「ご苦労様です。で?本当に何もなかったんですか?」
「昨日の夜か?何もなかったというよりあり過ぎて大変だったよ。ゲロまみれの服を脱がせたり、ベッドまで運んだり。脱ぎ散らかされた服を回収したりとか」
「え?服?」
「え?」
「服、脱がせたんですか⁉︎」
口に両手を当てて驚かれた。
「ちゃんと下着の上にティーシャツ着てたさ。だからセーフ」
「ベッドに運ぶときに変なところ触ってないでしょうね?」
「そんな甲斐性ないし、そもそも脱力した人間は重たいんだ。そんな余裕はない」
「うっわ。女性に対して重たいとか」
「実際に重たいんだから仕方ないだろ」
「まぁ……そうですよね。先輩ですもんね。何もしないですよね。あの時だって……。って、何もなかったのならそれで良いんです!」
「ん?なんか言ったか?」
「大丈夫です!洋介先輩には意気地がないって言っただけです!」
本当は聞こえていた。あの時。あれは高校二年の夏頃だったか。雨にグチャグチャに濡れた三木谷ちゃんを公園で見つけたのは。何があったのか察しがついたから励まそうと傘を差し出したら胸元に飛び込んできて大泣きされたんだよな。その後に……。
「あ、そう言えば、さっき付き合うのは保留って言ってたけどもこれは見た?」
そう言って三木谷ちゃんが見せてきたのは例の写真。僕と三木谷ちゃんで樋口さんを抱えている写真。でも、その写真にはもう一枚追加されてて、三木谷ちゃんがコンビニに水を買いに出たときに、僕の首にぶら下がる樋口さんと僕の写真だった。なにも知らない人がこの写真を見たら「彼氏です」と言われても違和感はないかも知れない。実際にキャプションには「本田良子の彼氏発見!」とか書かれてるし。
「これは不味いのでは……」
「一応このポストに被せる格好で酔っ払いの介護は大変でしたーって書いたけども、どこまで効果があるのか分からない。お天気お姉さんって一応人気商売じゃない?彼氏付きってなると厳しいんじゃないかなって。だから……」
「降板もあり得る、って訳か……」




