【第五話】
今日は後期テスト実施日。例の子も受験するはずだ。早めに教室に入って周囲を伺う。それっぽい感じの子はまだ居ない。来ていないのかな。なんて思っていたら意外な人物を見つけてしまった。
「あれ?樋口さんだ」
これは偶然なのか必然なのか。同じ大学だなんて聞いてないし、今まで会ったこともない。受験開始までに時間がまだある。これは話しかけ……。とここまで考えて席を立とうとした時に「偶然出会ったら付き合う」というワードが頭を過って日和ってしまった。僕は教室の後ろに向けた目線を黒板側に向き直して、どう声を掛けようか逡巡してしまった。そして再び後ろに目をやると樋口さんは消えてしまっていた。
「あれ……見間違いかな」
そう呟いて目線を再び黒板の方を向けたら一列空けた隣に件の女の子が座ってきた。
「あ」
僕の声に気が付いたのか、こちらを見て会釈してきたので、僕も会釈し返してまた正面を向いた。来たぞ。ちょっと話しかけてみよう。と、横を向いたら、その子も消えてしまった。
「ううん??」
周りを見回したけども、それらしき人物は教室にゾロゾロと入ってくる生徒が邪魔で見つけることが出来なかった。
「マジでなんなんだ」
そう呟きながらも、手渡したノートはこの講義分だけじゃない。他のテスト会場でも捕まえる事が出来るかも知れない。
テストが終わって速攻で周囲を見回したけどもそれらしき人物が見当たらない。忍者か。
結局、他のテストでも見つけることは出来ずでモヤモヤが高まる。僕は一体誰にノートを手渡したのか。気になって仕方がない。その事を三木谷ちゃんに連絡して話すと、自分も気になってきたので探すのを手伝いたいと言い始めた。探す人数が多いに越したことはない。大学では頼れる友人も居ないしな。
「と言うわけで参上しました」
「おう。よく来てくれた。ってか、三木谷ちゃんも後期試験あるんじゃないの?」
「こっちの大学はもう終わってるので春休み突入です」
「そうなのか。それじゃ、次のテストが手渡したノート最後の講義テストだ。ただ、階段教室の大教室だから見つけるのは難しいかも知れない」
「それじゃ、先輩が教室の中の人たち、私が教室の外の人たちを観察します。流石にテストの日に教室の中に入るわけにはいかないと思いますので」
「よろしく頼んだ」
と作戦は始まった。僕は教室の中を注意深く観察する。今の所、目的の人物は見つかっていない。と、教室の外にいた三木谷ちゃんからメッセージが飛んできた。
「洋介先輩!例の女の子、捕まえました!」
捕まえた?そのメッセージを見て教室の出入り口を見ると三木谷ちゃんが確かに件の子の腕を掴んでいる。僕は席を立ってそちらに向かう。
「そんなに逃げなくても良いのに。ちょっと君のことが気になっただけだから。」
僕はそう言って彼女に目線を向けるとメガネを掛け直しながら下を向いてしまった。もっさりとした髪の毛の奥に潜む素顔。僕は頭を横に傾けて覗き込んだ。
「あれ?」
「あー!もう‼︎」
「樋口さん⁉︎」
「そう!なんでこうなるかな。詳しい話はテストの後でいい?」
「また逃げない?」
「もう逃げないわよ。バレちゃったし」
なるほどそういう。昨日見た樋口さんは見間違いじゃなかった様だ。しかし、一瞬の変わり身だったな。
テストが終わってテストから解放された僕達はカフェテリアの席に座っていた。
「で、樋口先輩はなんでそんな格好してるんですか?」
髪の毛はもっさりしてるし、メガネかけてるし、服装もお世辞にも可愛いとは言いづらい。
「洋介くんは私が何をしているのか知ってる?」
「ああ。知ってる。ローカル局のお天気お姉さん。バラエティ番組にも出てたのをチラッと見た」
「そ。駆け出しの女優ってやつやってる。一応、大学ではこの格好なんだけどね」
「もっと売れてからでも良いんじゃないですかね」
「なにそれ、嫌味?」
「そう言うわけじゃないですけど、余計に目立ちませんか?」
キラキラ系の多い大学だから余計に目立つのは間違いない。実際に目立つ。でも成人式の時とは全くの別人でそれはそれで女優の素質があるのでは、とも思う。
「今度ね、こう言う感じの雲がかかったような役柄を貰ったから、それの練習してた。で。養成所に通ったりバイトしたりで授業に出れなかったから……」
「僕のノートを借りた、と。でもその時にバレたらとか考えなかったんですか?」
「そこも切り抜けるのが役柄作りっていうの?見事にやり過ごしたでしょ?」
「そうですけど。最後にはこうして捕まりましたけどね」
「まさか三木谷ちゃんが居るとは思わなかったんだもん。反則よ反則。それはそうとして、これは偶然出会ったのかしら?」
そうだ。その話がある。次に偶然出会ったら付き合う。そう約束したんだった。でもこれは偶然なのか?偶然って探し求めるというよりも、駅で偶然ばったり会ったみたいなものを想像していたから。
「うーん。僕が探しちゃってたから偶然、じゃないかなぁ。と、そうなると……」
「付き合うのは無しってことかしら?そもそも洋介くんは私とお付き合い、したかった?」
正直なところ、やぶさかではない、って感じだった。樋口さん美人だし。僕が普通にチャレンジしても敗れる自信はある程度の。
「そうですね……。それじゃこうしましょう。樋口さんが次のその曇った女子の役が成功したらってことで。なんかこの出会いは僕が探しちゃってたし、偶然とはちょっと違うような気がしますし」
「そうね。確かに捕まえたって感じだし偶然じゃないわね」
「ってか、この大学にいたななら、なんでそのことを言わないんですか」
「だって聞かれてないし、そもそも私も洋介くんがこの大学だなんてノートを仮に行った時に初めて知ったし。あ、そうなると偶然なのかなぁ?」
「なんですか?樋口さんは僕と付き合いたいんですか?」
「そうねぇ……。やぶさかではない、かな」
そんな会話を隣で聞いていた三木谷ちゃんは僕と樋口さんを交互に見て話の展開を見守っていた。というよりもワイドショーを見る目だろそれ。見せ物じゃないぞ。
「やぶさかではない。良いってこと?」
「私が役に成功したら、なんでしょ?という事で、はいこれ」
目の前に出されたのは二枚のチケット。
「舞台なんですか?」
「そ。そ。で、その舞台のチケットも売らなきゃいけないのよ。というわけで二枚売上確保!」
僕は三木谷ちゃんと顔を見合わせながら、仕方ないといった感じで財布を取り出した。
「まいど!それじゃ、私はこの後もレッスンあるから失礼するわね」
と言って席を立ってそそくさと去っていった。
「あ、連絡先……」
またもや聞き忘れた。でもまぁ同じ大学で存在も認識し合ったし、舞台に行けば会えるし。連絡先交換はその時でも問題ないでしょ。




