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【第四話】

 今日は講義のある日だ。電車を乗り継いで大学に向かう。一人暮らしなんだからもっと近くに住みたかったけども。ここの家賃を考えたら仕方がない。今日はちょっと注意深く観察してみようと思う。見つけたからと言って声をかけようとかそういうのではないけども。本当に居るのか確認したかった。

「居るとしたらこの講義だけど……」

 僕は一番前の席に陣取って入ってくる学生を振り向きながら観察する。が、講義の開始時間になっても樋口さんらしき人は入って来なかった。本当にこの大学なのかな。この講義落としたら留年だぞ。と、人の事を心配する前に自分の事を考えないと。この講義、結構難しいんだよね。後期試験も近いしちゃんとノート取らないと。と、一生懸命になってノートを取って講義が終わってもまとめていたら声を掛けられた。

「あの」

「はい?なにか……」

「ノート、しっかりと取っていらっしゃるなと思いまして」

「あ、コピーですか?」

 この手の話はたまに受ける。大概は断るんだけど、今回は濡れた猫みたいな雰囲気が可哀想だと思ったのか「いいですよ」と言ってしまった。

 コピー機にお金を入れてスタートボタンを押すと次々に吸い込まれるルーズリーフ。僕が何時間か掛けたそれは一瞬で複製されてゆく。少しくらいはお駄賃貰っても良いと思う瞬間だ。

「あの。お礼、なんですけど……」

「いいよいいよ。でもあくまで僕の解釈で書いたノートだから間違えてても文句は無しね?それじゃ、僕はこの後の講義もあるから」

 そう言ってその場を去ろうとしたのだが、コートの裾を摘まれて足を止めた。

「なに?他の教科も?」

 メガネのしたの表情は伏せていて良く見えなかったけども、小さく頷いているのでそういう事なのだろう。

「必修科目だけでいいの?他にはなんの講義取ってるの?」

 僕は聞き出した講義で受講している分なら、と言ってコピー代を貰ってその場を後にした。次の講義の時間が迫ってたし、全部の講義分を今日持っている訳でもない。なので、後日食堂で受け渡す約束をした。

「うーん。なんか調子狂うな……」

 次の講義も必修なんだが……。彼女の姿はない。本当に僕のノート頼みなのか、僕が上手く担がれたのか。なんか考えるのが面倒くさくなってきて適当に考えることにした。

 翌朝も早起きして例のお天気お姉さんをみた訳だけど。やっぱり樋口さんだ。それにしてもこんな美人が大学で目立たないハズがないんだが。見たことがない。もしかして今日待ち合わせのあのメガネの子が樋口さんだったりしてな。などと考えながら大学のコピー機でルーズリーフを次々にコピー機に放り込む。

 お礼はいらないって言ったけども、この量の献上品だ。なにか貰っても良いかも知れない。が、女の子から何を貰うんだ。デートでもして貰うのか?まぁいいや。と。

「おかしいな。十三時にここで合ってるよな?」

 時計をスマホで確認すると、約束の十三時から五分ほど過ぎている。

 あ。待ち人、来ないでしょう。ふとあの凶おみくじを思い出した。くっそ本当に当たるのかよあのおみくじ。ってことは病気にもなるのか?

 結局、そのあと十五分ほど待ったけども彼女は現れることはなかった。からかわれたのかな。いや、それはないか。僕はコピーしたノートを鞄に仕舞って昼食を取ってから家路についた。

「うーん。連絡先、聞いておくべきだったか。それともあの講義でまた会うのを待つか?って、なんで僕がそんなことをしなくちゃいけないんだ」

 買ってきた晩御飯をつつきながらバラエティ番組を見ていたら見切れる端っこの方に樋口さんが居たような気がした。

「ん?今のは?」

 再びその方向にカメラがパンされて見間違いではないのが分かった。

「やっぱり樋口さんだ。お天気お姉さんだけじゃなくて、女優でもやってるのかな」

 それなら昨日のやりとりみたいにファンがいてもおかしくない。ますます持って成人式の日に行動に移さなかった自分を呪う。現金なものだが、芸能人と付き合うなんて考えただけで心踊るじゃないか。

「うーん。偶然かぁ。局で出待ちでもしてたら会えるのかな。でもそれって偶然じゃないよな」


 翌朝も早朝に起きて樋口さんを確認した後に珈琲店にモーニングを求めて自転車を漕いだ。

「あ。洋介先輩。私に会いに来たんですか?」

「ちげーよ。モーニング。今週からキャンペーンだろ?」

「あ、そうですね。お代わり一杯無料ですね」

「とそうだ。本田涼子って知ってるか?」

「いえ。なんか有名人なんですか?」

「俺の中ではな」

「なんですかそれ」

「ほら地方局の朝の天気予報のお天気お姉さんなんだけどさ」

「んー。朝テレビ見ないんで分からないんですよね」

「そうか。その本田涼子ってのが、あの樋口さんでさ」

「は?」

「そうそう。は?だろ?あの性格が嘘みたいに清楚な感じでさ」

「へぇ。人は見かけによらないんですね。あ、呼ばれたんで。適当な席に座って下さい」

 そう言って三木谷ちゃんはバックヤードに入って行った。

 僕がモーニングを食べながら後期試験の勉強をしていたら三木谷ちゃんがやってきて「お代わりいかがですか?」と聞いてきたので頼んで再びノートに目を落とす。

「ん?遅いな」

 ノートから顔を上げようとしたら向かいの席に誰か座ってきた。

「相席失礼しまーす。はい、お代わりのカフェオレ」

「なんだ?バイト終わりか?」

「はい。今日は十時までです。ってか、先輩何時まで居座ってるつもりですか?もう三時間くらい居ますよ?」

「え、もうそんなにか。そろそろ出るかな。午後は講義があるしな」

「大学生してますねー」

「三木谷ちゃんも大学生だろ?」

「だって私、そんなに勉強しませんもん」

 そう言って指さしたのはコピー用紙の束。

「ん?ああ、これか。ノートのコピーを頼まれてな」

「うわー。先輩利用されちゃってるんですか。可哀想……」

「そんなこと言うなよ。普段はこう言うことしないんだけどさ」

「可愛い子にでも頼まれたんですか?」

「雨に濡れた子猫?」

「なんですかそれ」

「ああ、いや。あの時はなんとなくな。でも受け渡しの時間になっても待ち合わせ場所に来なくてさ。一応、今日も持ってきたんだけど会えるか分からん」

「うわ。本当に待ち人来ず、なんですね。おみくじ怖いですねー」

「みなまで言うな」

「じゃあ、約束通り先輩が病気になったら看病してあげますね。と言うわけで連絡先、交換しましょう。ってか、なんでこの前に交換しようって言わなかったんですか」

「三木谷ちゃんにか?」

「それもありますけど、樋口先輩に」

「だって、偶然出会わないといけない人に連絡先聞いたら意味ないじゃん」

「それなんですけど、本当に偶然再会したらお付き合い、始めるんですか?」 それ。本当にそれ。偶然出会ったら付き合ってくれるのか。仮にも芸能人な訳じゃん?本田涼子なんて芸名も持っててさ。そんなの僕に釣り合うのか。振ったっていう男も芸能界の人間なんじゃないのか。

「どうだろうな。振られてヤケになって面白半分な事を言っただけかも知れないしな」

「ふーん。てっきりそんな人だったら受けるのかと思ってた」

「まぁ、なんにしても向こう次第だろうな」

 三木谷ちゃんは両手で頬杖をつきながらストローで飲み物を飲みながら話を続けた。

「それよりも私、その濡れた猫?みたいなメガネな女の子の方が気になります。多分、大事な用事があって来られなかったのかも知れないじゃないですか。というよりもそっちの方が現実的なんじゃないですか?」

「かもなー。でも待ち人来ず、なんだよね」

「同じ講義受けてるんですよね?会えますよきっと」

「と思って今日持ってきたんだよね」

「ね。洋介先輩の大学ってモグリ、イケます?」

「モグリ?」

「違う大学の人間が潜り込む事ですよ。その濡れた猫先輩見てみたいです」

「多分大丈夫だと思うけど、来る?」

 と言うわけで後輩同伴で大学に。と言ってもさしたる友人もいないので冷やかされることもなく。

「へぇ。すごいところじゃないですか。都心のど真ん中じゃないですか。ってか、ここって入試難しいですよね。先輩って頭よかったんですか?」

「なんか失礼な事を言われたような気がするけど、分不相応な雰囲気なのは認める。午後の講義までまだ時間あるし食堂で昼飯でも食って行くか。昔ながらの食堂と近代的なカフェテリアとどっちが良い?カレーが食いたければ食堂を勧める」

 そう。この大学のカレーは有名なのだ。外部からわざわざ食べに来る人もいるくらいだ。個人的にはコッチなんだけども、以前に待ち合わせをしたのはカフェテリアの入り口なんだよね。もしかしたらがあればそっちなんだが……。

「カフェテリアで!メニューが多いんですよね?」

「ん?ああ。そうだな。自分で選んで組み立てるような感じだ」

 カレー敗退。

「例の女の子とはここで待ち合わせだったんですか?」

「そう。ここに十一時って約束だったんだけどもね」

 と三木谷ちゃんと話をしていた時に横から消え入るような声で呼ばれた気がした。呼ばれたというよりも「あの……」って聞こえただけなんだけども。一応自分のことかと思って振り向くと、件の女の子が立っていた。

「あ」

「あ?洋介先輩どうしたんですか?」

「ん?ああ。この子。例の」

 そう言って右手を差し出して紹介すると、軽く会釈してくれた。

「そうそう。例のノート、もしかしたらって今日も持ってきたよ。はいこれ」

 そう言ってノートのコピーを差し出すと、おずおずと受け取ってから深々と頭を下げて風のように立ち去ってしまった。

「あれ」

「洋介先輩、なんです?あれ。失礼じゃないですか。名前も名乗らずになんて」

「うーん。まぁそうだな。でもなんかこの野郎!とか思わなかったな。こうなんていうんだ。歩いてたら軽く肩がぶつかったくらいの感じ?」

 実際そんな感じだった。なんで僕との接触を極力嫌うのか分からなかったけども、極度の人見知りという可能性もある。今回はそういうことにしておくことにした。

「洋介先輩がそれでいいなら、私は良いんですけどね。でも濡れた猫っていうの、分かりました。そんな感じでしたね」

「わかるだろ?」

 僕達はお昼を食べながらそんな会話をしていた。そんな時に僕の知らない男の人が僕に声を掛けてきた。

「あの。さっき何かを渡してた女の子、知り合いなんですか?」

「ん?知り合いと言うほどでもないかな。同じ講義を受けてる子、くらいの付き合いしかない。いや、付き合い?ってほどもないな……。それでなにか?」

「ええ。あの子ちょっと良くない噂があって。それを伝えようとおもいまして。もしかしてですけど、さっき手渡したのってノートのコピーとかですか?」

「そうだけども。それがなにかあるの?」

「あ。やっぱりそうなんですね。僕の友人も同じような感じで手渡した途端に消えてしまって連絡先も分からない始末だったようで。何かと人を利用するような子なのかな、と」

 そんな風には見えなかったけども、他にも同じ様な事をしているのか。ちょっと感じ方が変わってきたぞ。

「そうなんですか。渡してしまったものは帰って来ないし、歩いてる時になにか当たったと思うことにするよ。ありがとう」

 僕がお礼を言うとその人は去っていった。

「ほら。やっぱり洋介先輩利用されてたんですよ。人は見た目によらないですからね。私だって見た目を裏切る甲斐甲斐しさがありますよ?」

「はいはい。僕が病気になったら甲斐甲斐しく看病を頼むよ」

 それにしても、あの子は一体なんなのだろう。後期テストには必ず受けに来ると思うから、その時に捕まえてみるか。などと興味が湧いてきた。

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