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【第三十四話】

「全てを失ってしまえ、か」

 ワンルームマンションに到着してすぐに僕はベッドに転がった。必要最低限のものは用意してあると言っていたがベッドまで用意されていたのは助かった。僕はさっきの写真を取り出してもう一度よく見てみた。そして気がついてしまった。三木谷ちゃんが来ている服は僕と一緒に買いに行った服だ。それに季節は冬。時期を考えたら僕との関係を持った後のことになるし最近のものだ。それに気が付いてしまって動悸が高まる。三木谷ちゃんが?本当に?青山先輩に何か用事があって撮影された可能性は?そもそもこの写真は誰が撮影したものだ?

 写真は明らかに盗撮されたものだった。恐らくは撮影した人物と投函してきた人物は同一人物だろう。僕は腹を括って青山先輩に連絡を入れた。

 

「どうしたんだい?急に話があるなんて」

 僕は敢えていつもの珈琲店に、そして三木谷ちゃんがバイトのシフトに入ってる時間を指定して青山先輩を呼び出した。

「いえ。ちょっとお聞きしたいことがありまして」

「洋介先輩の注文はいつものカフェオレですよね。青山先輩はどうします?」

 僕が青山先輩に話しかけると同時に三木谷ちゃんが注文をとりに来た。これは偶然なのか狙ったものなのか。分からないが話は三木谷ちゃんが立ち去った後に続けた。

「実は、なんですけど、凛が見つかりまして」

「へ、へぇ。それは良かった。それで会って話をしたの?」

「いえ、それはまだなんですけども」

「けども?」

 僕が含みを持たせたのでそれに反応してきた。

「三木谷ちゃんのことをどうしようかと思ってまして」

 これは一種のカマかけである。三木谷ちゃんのことを捨てて凛の元に駆け付けることが成功したら手紙の投函者の思惑は失敗することを意味する。

「どうするってどういうこと?まさか三木谷ちゃんを捨てて会いに行くつもりかい?正気かい?」

 僕はこの手紙を入れた人物は青山先輩その人だと予想している。なぜなら青山先輩にはメリットがあるからだ。例の写真を僕が突きつければ三木谷ちゃんは自分のものになる。そして僕は一人になる。そして桜井さんと繋がりのある青山先輩は凛が僕に会いたがっていないことを知っているのだろう。それで僕が一人になることを望んでいる。そもそも、あの日、高校時代に三木谷ちゃんを振ったのは僕に対する当てつけの可能性すらあった。高校時代に僕と三木谷ちゃんは仲が良かった。その相手がこっ酷く振られるのだ。僕に何らかの気持ちを持っていたのならそれは最高に気分が良いものだろう。

「青山先輩って僕のことあまりよく思ってませんよね?」

「え、急に何を言ってるんだよ。なんで僕がそんなことを考えて……」

「高校時代に僕、小百合さんから告白されてます」

「小百合が?本当に?」

「はい。本当です。でも僕は断りました」

「そうか。一応聞こうか。何でだい?」

「三木谷ちゃんがいたからですね。三木谷ちゃんを放って誰かと付き合うのは考えられませんでした」

 そうだ。やはりこれだ。小百合さんの話を出した途端に顔つきが変わった。

「そうかい。それじゃ、今の状態は最高の気分、かな?」

「そうですね。それでコレなんですが……」

 僕は例の写真を青山先輩に差し出した。そして青山先輩の口角が少し動いたのを見逃さなかった。

「こんな写真、誰が撮影したんだい?」

 差し出した写真を裏返しにして指で僕に差し戻してきた。多分、三木谷ちゃんが注文した品を持って来るのが見えたのだろう。三木谷ちゃんは「なにかあったんです?」と青山先輩に声を掛けて来たが、青山先輩は「なにもないよ」と返事をして三木谷ちゃんを追い返した。

「それで。この写真があったら何か不都合なことでもあるのかい?」

「不都合なこと、ですか。青山先輩は三木谷ちゃんのことをどうしたいんですか?」

「何か勘違いしてる様だけど、この写真を投函したのは僕じゃないよ」

「投函、ですか。どうしてポストに入っていたって知っているんですか?」

 青山先輩がたじろぐのが分かった。これで確定だ。この写真は、あの手紙の主は青山先輩だ。三木谷ちゃんはそれに巻き込まれたんだ。

「そうか。こういうものは差出人不明でポストに投函が普通かと思っただけなんだがね」

「そうですね。実際にそうされてましたし。それでさっき小百合先輩に電話をしたんですよ。そしたら言われました。青山先輩に告白されたって。でも青山先輩には彼女がいるでしょ、とも言われました。見られてたんですね。この写真、撮影したのは桜井さんですよね?」

 話をしていて自分の中で絡み合った紐が解けてゆくのが分かった。青山先輩は小百合先輩にフラれた腹いせに僕に嫌がらせをしようとしたんだ。そのために三木谷ちゃんを利用して。そして桜井さんは三木谷ちゃんとの関係を凛に伝えていたのだろう。自分に振り向いてもらうように。

「それが分かってどうするつもりだい?三木谷ちゃんと別れるのかい?」

「それは三木谷ちゃんに決めてもらいます」

「なら丁度いい。このまま彼女がバイトを上るまで待つとしようじゃないか」

「否定しないんですね」

「する必要がなくなったからな。君は三木谷ちゃんと別れる。そして凛には三木谷ちゃんとの関係はもう伝わっている。きみは全てを失うんだよ」

「そうですか」

 三木谷ちゃんとの関係は確かに壊れるかも知れない。そして凛との関係も壊れるかも知れない。いや、もう壊れているのかも知れない。でもこの真実を僕は受け入れなければならない。全て事実だからだ。自分の引き起こした事実だからだ。

 

「お待たせしました!って、どうしたんです?」

 三木谷ちゃんは僕の隣に座ってきて、僕と青山先輩の顔を交互に見つめている。

「三木谷ちゃん、この写真見てくれる?」

「!」

 この反応。ビンゴだろう。僕の想像した通りなのかも知れない。でも本人の口から聞かなければならない。

「三木谷ちゃんはこの時、青山先輩と何をしてたの?」

「盗撮なんて酷いです!それに濡れ衣です!それは洋介先輩にクリスマスプレゼントを買いに一緒に言ってもらった時の写真です!」

「買い物で腕を絡ませるのかい?」

「それは……」

 三木谷ちゃんが青山先輩を見て助けを求め始めた。それは見たくない光景だったが、それが真実なら僕は受け入れなければならない。僕は凛に同じ様なことをしているのだ。

「三木谷ちゃん。隠すのはもう無理だよ」

「……」

 三木谷ちゃんは観念したかのように僕にこう言ってきた。

「すみません!洋介先輩のことは大好きなんですけども、やっぱり私、青山先輩のことが忘れられなくて……」

 心のどこかで僕はこうなる事を望んでいたのかも知れない。だからなのか、不思議と気持ちが乱れることはなかった。

「そうかい」

「怒らないんですか?」

「僕が言えた義理じゃないからね。それで、青山先輩はこれから三木谷ちゃんをどうするつもりなんですか?」

「どうする、か。三木谷ちゃんはどうしたい?僕について来たいかい?」

「私は……」

 ここで僕は何と言えばいいのだろうか。ことばが見つからない。

「僕は三木谷ちゃんの気持ちを尊重するよ」

 これは逃げだ。自分で判断をしない逃げの言葉だ。僕は青山先輩の言葉を待つことにした。

「三木谷ちゃん。僕の心の中には小百合という人間の存在が消えない。それでも良いなら」

「私は……」

 青山先輩は受け入れると宣言した。あとは三木谷ちゃんの判断次第。でも仮に僕に戻ってきたいと言われたら、僕はどうすべきだろうか。気持ちに正直になるなら僕は受け入れることは出来ないだろう。でもそれはわがままと言うものだ。自分の行いを棚に上げようとしているだけだ。

「私は……洋介先輩から卒業します。本当にすみません!」

 三木谷ちゃんは僕の方を向いて深々と頭を下げた。

「だそうだよ。新田君。これで君は全てを失ったね」

 これで青山先輩の思い通りにことが運んだってわけだ。僕はまんまと罠にハマったってってわけか。凛の居場所もわからないままだし、三木谷ちゃんとの関係を凛は知っているのだろう。仮に会って話したとしても、それを受け入れてくれるかどうかなんて分からない。本当に僕は全てを失ったのだ。

 

「自業自得、だな」

 ワンルームマンションに戻ってベッドに転がってそう呟く。

「そうだ。葉さんにここを引き払う連絡をしないと」

 起き上がって葉さんに連絡を入れて、今回のことの経緯を簡単に伝えた。

「そう言うことだったの。へんな輩からのものじゃなくて良かった、なのかしら?」

「そうとも言うかも知れません。でも僕は青山先輩の目論見通り、何もかも失ってしまいました」

「そうね。でも人生って得てしてそんなものよ。掴みたいものは霞のように消えてしまうの。だから新田君もあまり塞ぎ込まないで」

「そうすることにします。それでは」

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