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【第三十三話】

 翌日、珈琲店で三木谷ちゃんと待ち合わせて、市内の総合病院に向かう。受付を済ませて谷口さんの病室に向かった。

「あの。お久し振りです」

「おー。久しいな。元気にしてたかね」

「今はちょっと元気が無いですね」

 それを聞いた谷口さんは、小さなため息を吐いてから話し始めた。

「凛のことか」

「はい」

「口止めされてるんだけどな。本当は」

「いいんですか?」

「聞きたいんだろ?」

「はい。是非」

「凛はもうこの街には居ないよ」

「え……」

「ちょいと遠くの街に引っ越した。葉にはまだ伝えてないから言っておいてくれないか。僕が言うと口論になりそうだ」

「保証人の件ですか?」

「まぁ、そんなところだ」

 

 そこまでして僕との距離を置きたかったのだろうか。凛は何を考えているのだろうか。葉さんに谷口さんから聞いた内容を伝えたら案の定、なんで勝手なことを!って怒ってたけど、葉さんが谷口さんに聞いても多分、居場所は教えて貰えないだろう。

 

「新田君、本当にごめんなさいね」

「葉さんが謝ることじゃ無いですよ。僕があんなことを言わなければ良かったんです」

「違うのよ。あの子、不器用だから。多分。本当は新田君のことが好きなんだと思うわよ」

「じゃあ、何で……」

「距離を取って本当に好きなのか確認したいんじゃないかしら。そのくらいに本気なんだと思うわ」

 本気。だったら尚更にこの行動は理解できない。離れている間に僕が他の誰かと一緒になったら……。

「もしかして……」

 

「三木谷ちゃん、凛に三木谷ちゃんが僕に告白したことって伝えた?」

 いつものカフェオレを持ってきた三木谷ちゃんに尋ねる。

「はい。あのあと電話で。勝負です、って宣戦布告しました」

 これだ。凛が僕から距離をとった理由は多分これだ。僕は試されている。凛のいない世界で三木谷ちゃんがモーションをかけて来て崩れるようなら僕の意思はそこまでだ、と見切りを付けるために。

「その時の電話番号って今どうなってる?」

「え?あのあと話してませんから……。後で電話確認してみますね。あ、いらっちゃいませー」

 凛は僕の気持ちを試している。そうに違いない。と自分の中でなにか理由を付けないと気持ちが壊れそうだった。凛のいない世界がこんなにも寂しいものだったなんて。ぽっかりと胸に穴が開いたようだ。

 

「新田君、凛と連絡、取れた?」

「ダメですね。友人にも確認したんですけど、やっぱり電話も解約したみたいでして」

 三木谷ちゃんからも電話して貰ったけども、流れてきたのは機械音のみで僕と同じ状況だった。本当にどこに行ったのだろう。

「葉さん、谷口さんは行き先知ってるみたいなんですけど、聞き出す方法ってないですかね?」

「ん。無理ね。頑固だから。それにここまで徹底してるんだから、しばらくは様子見するしかないかも知れないわよ。辛いと思うけども」

 家に帰っても電気が付いてるわけでも、晩御飯を誰かと食べるでもなく静かな部屋。いつもは騒がしいやつが居たのに。

 

 ピンポーン

 

 夕飯を終えてつまらないバラエティ番組を流し見してる時にチャイムが鳴った。一瞬、凛が帰って来たのかと思ったけど、凛ならチャイムなんて鳴らさずにドアを叩くような気がする。

「はい。どなたですか?」

「先輩!洋介先輩!」

「ん?三木谷ちゃんか。どうしたのこんな時間に」

 僕は玄関ドアを開けて三木谷ちゃんに問いかける。

「ちょ!え?なに?」

 三木谷ちゃんが僕に抱きついてきた。一瞬のことで両手が宙に浮く。

「どうしたの急に。なんか怖いことでもあった?」

「良かった……。洋介先輩、居なくなってなかった……」

「なになに?本当にどうしたの。ってか、ちょっと離れようか」

「あ、すみません」

 少し名残惜しそうに三木谷ちゃんは僕の身体から腕を離した。そして顔を伏せて話し出した。

「笑わないで下さいね?さっきまで寝てたんですけど、洋介先輩もどこかに行ってしまう夢を見て……。居ても立っても居られずに走って来ちゃいました」

「僕が凛を追いかけて行ってしまうと思った?」

「はい。行かないですよね?どこにも行かないですよね?」

「それは……。どうだろうな。凛が居るところには行くかも知れない」

「でも今はどこに居るのか分からないですし、その間は居なくならないですよね?」

「まぁ、それは」

 ここまで必死な三木谷ちゃんは初めて見るかもしれない。そんなに心配になったのかな。と思うと同時に、本当に三木谷ちゃんは僕のことが好きなんだなと思ってしまった。それなのに僕は。凛のことばかり考えている。それを三木谷ちゃんはどう思っているのだろうか。

「こんなところで立ち話もアレだし、上がっていく?」

 何を言ってるのだろうか。僕は凛のことを愛しているのに。

「え?いいんですか?それじゃ……」

 三木谷ちゃんが僕の家に上がる。こうしてるうちに凛がもし帰ってきたら。誤解されてしまったら。取り返しつかないのが分かってるのに。

「お茶でいい?」

「はい」

 頭では凛のことを考えているのに、行動は真逆のことをしている。

「はぁ……」

「落ち着いた?」

「はい。すみませんでした。こんな夜遅くに。なんだか昔を思い出しますね。酔っ払った樋口先輩を部屋まで送って行ったんでしたっけ」

「そんなこともあったな」

 そう。そんなこともあったのだ。そんなに時間は経ってないのに、遥か昔のように感じる。

「あの。今日はもう遅いので……」

「ああ、そうだな。家まで送っていくよ」

「それが……」

「ん?」

 三木谷ちゃんが指差した時計の時刻は日付が変わって四十分が経過していた。

「終電、もうないです。だからその……」

 まずい。それだけはまずい。でもどうしたら。駅前の漫画喫茶に放り投げるのか?いやいやそんなことは出来ない。

「洋介先輩。私、何もしませんから泊めて貰えませんか?」

 普通は男の方が言うセリフだろう。何もしないから。そう言う時、本当に何もしないことはあるのだろうか。いや、酔い潰れた凛を自宅まで運んで夜を明かした時、僕は何もしなかった。大丈夫だ。

「わかったよ。僕はその辺の床に寝るからベッドは使っていいよ」

「風邪、引きますよ?」

 確かに今はまだ春には程遠い。夏がけ布団を出してもまだ寒いだろう。

「だから……その……一緒に寝てくれませんか?その……不安で……」

 思わず生唾を飲み込んでしまった。いくら見知った三木谷ちゃんとはいえ、十九歳の女の子だ。そんなのが隣で寝てるなんて考えたら。いやいや。そんな考えは。

「だめ……ですか?」

「いや、その……それは流石に」

「じゃあ。こうしちゃいます!」

 そう言って三木谷ちゃんは僕を勢いよくベッドに押し倒して来た。そして僕に覆い被さった三木谷ちゃんは上半身を起こして僕の両肩に手をついてきた。

「先輩が悪いんですからね。私がこんな風に考えちゃうのは先輩のせいなんですからね。ほら。先輩のここも……」

「あ、や!それは!やめっ……」

 三木谷ちゃんの腰が僕のそれを圧迫する。否が応でも反応してしまう。

「我慢、しなくてもいいんですよ?これは私と洋介先輩だけの秘密です。だから……。ん……」

 身動きが取れなくなった僕を見て三木谷ちゃんはゆっくりと顔を下げてきてキスをしてきた。いくらでも逃げれるのに僕は、それを拒否出来なかった。

 それから後のことはあまり覚えていない。というより思い出してはいけないのだ。朝になって僕の横ですやすやと寝息を立てる三木谷ちゃん。僕は三木谷ちゃんを起こさないようにゆっくりとベッドから出て洗面所に向かった。

「何をしてるんだ僕は……」

 思い出してはいけないのに、昨晩のことが脳裏から離れない。三木谷ちゃんの温もり、そしてその気持ち、さらには……。

 顔を洗ってベランダに出た。まだ明け方は冷たい風が吹いている。まだ湿気の残る顔はその冷風にあたって目が覚ます。

「本当に何をしてるんだ僕は……。凛になんて言えばいいんだ……」

「なにも言わなくていいと思いますよ」

 振り向くとそこには三木谷ちゃんが立っていた。

「ちょ、三木谷ちゃん、服!」

「いいじゃないですか。それくらい」

「よくないからっ」

 僕は三木谷ちゃんを回れ右をさせて肩を持ってベッドに押して行った。

「早く服を着て!」

「むぅ……」

「そんな顔をしてもダメ」

「分かりました」

 大人しく服を着始めてくれて良かった。あのままだと精神的によろしくない。

「それで、洋介先輩。今、一階の部屋って空いてるんですよね?」

「ん?凛の住んでた部屋か?」

「そです。そこ、私が借りてもいいですか?」

「ええ!」

「だめ、ですか?」

 それは流石に。凛が帰って来たらなんて言えばいいのか。でも、今の僕は凛に会う資格はあるのか。いっそのことこのまま三木谷ちゃんと……。

「どうせもう引き払おうと手続きしてるんだろ?」

 三木谷ちゃんのことだ。今住んでる場所の解約手続きを始めてるに違いない。そう思って聞いてみたら、案の定で退路は塞がれた。

「ちょっと確認してみるから」

「ありがとうございます!」

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