【第三話】
「おー。かき氷、思ったよりも凄いな」
「でしょでしょ!ここ夏は大行列になるから。暖房の効いた部屋で食べるのも悪くないでしょ?」
悪くない。かき氷って天然氷にシロップかかってるだけかと思ったら結構豪快な感じでフルーツとか乗っててびっくりした。
「しかし、こんなの振袖にこぼしたら大変じゃないのか?」
樋口さんは振袖を捲ってかき氷を頬張っている。見てるこっちが気持ちよくなる食べっぷりだ。
「大丈夫だから。こんなに上品に食べてるんだから」
「上品、ねぇ」
ここも彼氏と一緒に来る予定の場所だったのかな。半ばやけ食いに見えるのはそのせいだろうか。
「なぁ、その樋口さんの元カレってどんな感じの人だったの?」
「それ聞く?今?」
樋口さんは軽くため息をついた後に話し始めた。
「全然優しくなかったかな。結構適当で。約束とかすぐに破るし。って、なんでこんな人と付き合ってたんだろうね。なんか話したらせいせいした」
「そうか」
僕は優しいのか?まめまのか?約束を守るのか?なんて考えていたら三木谷ちゃんが僕のことを「そんな人じゃないですよ」と勝手にフォローしてくれた。三木谷ちゃんは僕と樋口さんが付き合うことについて何も思わないのかな。なんて考えるのはおこがましいか。
「はい!今日はここまで!ありがとうね。付き合ってくれて。今日一人だったら流石に泣いちゃうところだった」
そんな玉に見えないけども。でもまぁ、一緒に来るはずだった彼氏は別の女の子を連れてるのを目撃しちゃったら僕でも泣きたくなるに違いない。
「洋介先輩は、私のバイト先知ってるんですから会いたくなったら会いに来てもいいですよ?お店のルール的にサービスは出来ないですけど」
「そうだな。いつでも会えるな。樋口さんはどの辺に住んでるの?」
「私?んーっと。内緒。それも含めて偶然会ったらってことで」
そんなの万分の一の確率なんじゃないのか。今日だって偶然すぎるくらいだし。そもそも今日の化粧と普段の化粧、髪型も違うだろうし。まぁ、なんだかんだ言ってもこれっきりになるだろう。
「そっか。偶然ね。偶然」
「そそ。偶然偶然」
「洋介先輩は樋口先輩と偶然再会したら本当にお付き合い始めるんですか?」
三木谷ちゃんが聞いてくる。どうだろうな。でもそこまでの運命があったのなら付き合うかも知れないななんて思って「そのつもり」と答えたら「ふーん」となんだか面白くなさそうな返事が短く返ってきた。
「あー。今日は濃い一日だったなー」
僕は家に帰ってベッドに腰掛けてから上半身を投げ出した。そして右手に持ったスマホを見て思い出した。
「連絡先、交換しなかったな。それも含めて偶然なのかな。そんなの出会うハズはないに等しいだろうに。三木谷ちゃんとは今度お店に行った時に連絡先を交換してもいいかも知れないなぁ」
今日の最後の反応、まだ気があるのかな、とか都合の良い解釈をしてもいいのか、とか思いながら目を閉じていたらいつの間にか眠ってしまったらしい。
「は⁉︎ここは?って、自分の部屋か」
そこはいつもの見慣れた天井で。なぜか違う場所にいるんじゃないのかって思ったのは昨日の出来事のせいだろう。僕はやっぱり彼女は欲しいのかなぁ、と思ってテレビをつけたらそこには見慣れた顔があった。
「あれ?樋口さんだ。ウッソだろ?」
いつもは見ない早朝の番組。地元のローカルテレビ局ではあるけど、お天気お姉さんが、まさに昨日見た樋口さんその人だった。
「偶然会ったけども。テレビ越しに。こちらからの一方通行だからノーカンだな」
なんで呟きながら画面に映る樋口さんを見る。そして少し勿体なかったかな、なんて思ったりもした。テレビに出るような人と付き合う。なんだか鼻が高い様な気分になれたのだろうか。偶然出会うにはどうしたら良いのかなんて考えている自分がいて自分で自分を笑ってしまった。
「なんて都合の良い人間だ」
今日は大学の講義はない。こういう日は家でぐだぐだするのが日課だ。出掛けると言っても何をするわけでもないし。こういう時、友人がいたら良いのにな、とか思うこともあるけれど、交友関係というのは面倒だしお金もかかる。こうしてソーシャルアプリでネットの向こう側にいる誰とも分からない人と交流する程度で満足している。
『今朝のお天気お姉さん、見た人いるか?』
何気なくポストすると一人だけ反応した。
『ファンなんですか?私もあの人、いいなぁって思ってます』
あれ、この人は女性のアカウントだと思ってたのに。男性だったのかな。でもまぁ女性でも同性のファンってのもあるか。
『ファンってほどでもないんだけど、この前にこの人と会ってさ』
『ええ⁉︎本当ですか!羨ましいなあ。どんな方でしたか?』
どんな。結構適当で豪快な人?でもあれは傷心の上であんな感じになっていたのかも知れないし。女の人の気持ちはよく分からん。
『いやさ、昨日の成人式でばったり』
『ええ⁉︎ヨーさん二十歳だったんですか⁉︎もっと若いかと思ってました』
そこかよ。確かに年齢関連は公開していなかったからな。そんなに若い人だと思われてたのか。ってことはこの画面の向こう側のアカウント主も若いのだろうか。
『私の先輩も昨日成人式って言ってて。もしかしてその先輩っていうのがヨーさんだったりして』
流石にそれはないだろう。このネットの海でそんなことがあるとしたら流したボトルメッセージが目的の相手に届くくらいの奇跡だろう。なんにしてもこの子も樋口さんのファンってことは分かった。お天気お姉さん以外の活動もしてるのかな。なんて軽い感じで聞いてみたら意外な答えが帰ってきた
『本業は大学生みたいですよ。確か……。あ、そうだ慶大です!凄いですよねー。あんな大学にあの顔で。天は二物を与えないとか嘘ですよね』
慶大。なんてこった同じ大学だ。これはバッタリなんて本当にあるかも知れない。というよりも同じ年齢なのに今まで会わなかったのが不思議なくらいだ。受けてる講義が全部違うのか?いやいや必修講義は出てるでしょ。
『なんか凄い人なんだな。お天気お姉さん』
『ほんと、人生の少しは分けてもらいたいですよねー』
というポストをふぁぼって会話を終了させた。順風満帆な人生、なのか?まぁ、慶大生であの風体でお天気お姉さん。成功してるよなぁ。それでいておみくじ運も良いとか。そんな子を振る男ってどんなのだ。そんなに目移りするような相手だったのかな。それはそれで羨ましい。じゃなくて。同じ大学ってことを知って樋口さんが僕の彼女になるかも知れない事を想像して一人想像を膨らましてしまった。