【第二十六話】
「溝口さんはどう思いますか?」
こういう相談は女性にした方がよい。しかし、女性の知り合いは凛の他に三木谷ちゃん、凛の母親、そして溝口さんくらいしかいない。三木谷ちゃんには今回の話を持ち掛けるのはなんか恥ずかしいというかなんというか。凛の母親、葉さんに聞くのは論外として、消去法で舞台で共演したことのある溝口さんに声を掛けたのだ。
「そうねえ。毎日家に来て料理を作ってくれるんでしょ?それって彼女じゃないの?」
「普通はそう思いますよね……。でも凛にとってはそういうのでもなさそうでして」
「樋口さんの事は正直よく分からないから客観的にしか言えないけども、毎日来てくれるってことは論外、ではないわけでしょ?その青山先輩っていう人のことをどう思ってるのかは気になるところだけども、本気で落とそうと思ってるなら来なくなると思うのよね」
「でも仲立ちに協力して欲しいとは言われたんですよね」
「高校の先輩だからその辺はできると思ったんだじゃないかな。もしかしたら本当に友達になりたいだけなのかも知れないわよ。でももし違ったら、新田君が頑張って樋口さんを振り向かせるしかないと思うわよ」
ごもっとも。今の僕に凛を振り向かせる事は出来るのだろうか。頭には蝶のように舞うお天気お姉さんの姿が浮かぶ。
「自分には不釣り合い、って思ったら負けよ。好きなんだったら釣り合って見せないと。相手が自分に合わせてくれるなんて考えはだめ、だと思うわ」
僕の心を見透かしたような言葉。相手が自分に合わせてくれる。いつもの凛の姿は自分に釣り合ってると錯覚していたのか?違うだろう。どっちの凛も凛である事には変わりはない。
「なんにしても、樋口さんを振り向かせる努力は必要だと思う。そう言えばちゃんとデートに誘ったりしたことってあるの?」
「ない……ですね」
確かにない。そもそもデートと呼べるようなものに出掛けたことがない。
「じゃあ、まずはそこからなんじゃないかな」
溝口さんにお礼を告げて僕はいつもの珈琲店に向かった。なんでいつもこの店なんだろうな。なんて思うけども落ち着くんだよな。
「いらっしゃいませー」
あれ?今日は三木谷ちゃん居ないのか。というような顔をしていたのだろうか。ウェイトレスの女性に、今日は非番ですよ、とか言われてしまった。この店では僕と三木谷ちゃんはどんな関係だと思われているのだろうか。そんなことを考えながらもスマホでデートコースについて調べてみる。
「六本木ねぇ。これ、楽しいのか?」
スマホの中には都会のど真ん中にあるスケートリンクを楽しそうに滑るカップルの写真が踊っていた。そして現想的なライトアップ。凛に当てはめて考えてみたけども、寒いところで寒いことはしたくない。ライトアップとかあまり興味がない、とか言われそうな気がして別のページを見る。初デートプランランキング。
「映画館に動物園、水族館に遊園地、ねぇ。なんか高校生の初デートみたいだな」
「デートでもするんですか?」
「わっ!ビックリした。今日は非番じゃなかったの?」
「ここは私にとっても憩いの場なので。それで洋介先輩はなんでデートスポットなんて探してるんです?」
「ちょっと成り行きでな」
「樋口先輩を誘うんですか?」
「まあな。そういうの、したことがないなって思ってさ」
「そうですか。洋介先輩もようやく認めたんですか」
「悔しながらな。で?女の子から見てこの辺の初デートプランってどう見えるんだ?」
そう言ってスマホの画面をスクロールした。
「うーん。先輩たちって初デートには向いていないところは全てコンプリートしてますね。静かすぎるお店ってここですし、お互いの家っていうのもクリアしてるんですよね?だったら初デート、にこだわる必要はないんじゃないですか?樋口先輩ってなにか好きなことないんですか?ショッピングとか」
「ショッピングかぁ」
お天気お姉さんのスタイルの時に着る服はもう結構持ってるみたいだしな。僕の家に来る時は大概がジャージだし。でも普段着というかそういうのはバリエーションが少ない気はする。
「ショッピングに誘ったら、僕が奢るとかにならないかな」
「え。洋介先輩、そんなケチなこと考えてるんですか……」
「いや、そうじゃなくてさ。普段の格好がみすぼらしいから買いに行くとかそういう風に捉えられたら困るなって」
「そういうことですか。そんなのなんでも良いと思いますよ。大型ショッピングモールとか見てるだけでも楽しいですし。なんか似合いそうなものがあれば買ってあげる、で良いと思いますよ」
確かに双葉ちゃんとアウトレットモールに行った時は少し楽しかったな。凛もそういうのは嫌いじゃないのかな。
「そうだな。誘ってみるよ。さんきゅ」
・・・。
「で、なんか用事あるの?」
三木谷ちゃんが席を立たないので聞いてみる。
「あのですねぇ。こんなことを今のタイミングで聞くのはどうかと思ったんですけど、他に相談する人もいないですし聞きますね」
「なんだ」
「青山先輩に話しかけるのってどう思います?」
「どうって。別に構わないんじゃないのか?」
「出来ると思います?昔、こっ酷く振られたんですよ?今更なんだ、ってなりませんかね?気まずくなったりしませんかね?」
それは否めない。昔振った相手が再び自分の前に現れたら、どう思うか。でもあの青山先輩なら受け答えしてくれると思うんだよな。
「大丈夫じゃないか?」
「なんか他人事みたいじゃないですかー。それじゃ、一緒に声をかけに行ってもらえますか?」
「え?僕が?」
凛のこともあるし、青山先輩とは話したほうが良いともうけども、三木谷ちゃんと一緒に話しかけるのは少しばかり具合が悪い。あの日、三木谷ちゃんが振られた後、僕と三木谷ちゃんは付き合い始めた事になっていたからだ。なんだそんな事になったかというと、あの日の公園での出来事をクラスメイトに見られてしまったからだ。最初はなんでもない、と突っぱねていたのだが、外堀を埋められるような格好でそのような事になってしまった。三木谷ちゃんはそれでも構わないという事だったので、成り行きで付き合ってる事になってしまった。まぁ、今の関係と変わらないんだけども。
「付き合ってないです、っていうのと、樋口先輩のこともあるじゃないですか。洋介先輩も青山先輩に話をしておいた方が良いと思うんですよね」
「にしても、何を話すのさ」
「それを相談したいんですって」
そんな無理に話しかけなくても、と言いそうになったけども、もう一度、と思っている可能性を考えて、その言葉を飲み込んだ。
「オーソドックスにお久しぶりです、で良いんじゃないのか?そのあとは青山先輩は社交的だからなんか話題を出してくれるんじゃないのか?」
「ううう……。そうなんですけどぉ。こう、踏ん切りが付かないというか……。だから洋介先輩も一緒に行って欲しんですってー」
「分かったから。良いよ。一緒に行くから。その代わりに凛についてそれとなく聞いてくれると助かる」
「聞く余裕があればですけど」




