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【第二十五話】

 翌日の朝は凛から僕の部屋にやって来ることが無かったので、先に大学に出かけたのだろうと思ったけど、一応確認していこうと呼び鈴を鳴らすと、中から凛が出て来た。

「あれ、まだ居たの」

「準備に時間かかっちゃって。どう?変じゃない?」

 その日の凛は在りし日のお天気お姉さんそのものだった。今から収録と言われても不自然じゃないくらいに仕上がっていた。

「いや、全然変じゃないけども」

「けども?」

「いつもの姿の方が見慣れてるなぁって思って」

「こっちの方が良いって言ったのは洋介じゃない」

「まぁ、そうだけどさ。ってか、話してたのは僕じゃ無かったんじゃないの?」

「あ、そういう設定だった」

 やっぱり昨日のは設定があったのか。などと思いながらも、自分の中でどんどん不安が高まっていくのが分かった。どんな男なのか。凛のことを覚えているのか。どんな対応をするのか。昨日一緒に行くことを頑なに断って来たから見られるのは嫌、という事だろう。気になるけども、そこは本人の意思を尊重しようと思う。

 

「洋介先輩、どうしたんですか?ソワソワして。ってか今日は樋口先輩一緒じゃないんですか?」

 いつもの珈琲店で冷めたコーヒーを飲んでいたら、仕事上がりの三木谷ちゃんが座ってきた。

「ん?いやな、実は……」

 僕は今日起きているであろう事柄について簡単に三木谷ちゃんに話した。

「え?良いんですかそれ。なんか洋介先輩ピンチじゃないですか?大丈夫なんですか?」

「だからなんか変な感じなんだよね」

「はぁ。しかし、そういうのを聞くと本当に洋介先輩はひぐちせんぱいのことが好きなんですね」

「なんで三木谷ちゃんがため息つくのさ。もしかして……」

「ない。ないです。断じてないです」

 物凄く否定された。最近の三木谷ちゃんは憧れだった舞台の主役、諸星君の話を聞いて男性関係についてはナーバスになっているようだし、この話はここでお仕舞いにしよう。と思ったら三木谷ちゃんの方から話を続けてきた。

「洋介先輩はあの時なんで私を慰めてくれたんですか?ほら、高校生の時に……」

 言われなくても分かってる。三木谷ちゃんが大好きな先輩に振られて傘もささずに雨の中泣いていたあの時だ。あんな姿を見たら放っておくことは出来なかった、と思うのは簡単だったのだが、あの時は違う感情があったような気がして。

「あの時か。懐かしいな。青山先輩は今どうしてるんだろうな」

「あ!名前出した!デリカシーない!」

「あ、すまん。ついな。でも本当にあの人何してるんだろうな」

「誰からも人気ありましたし、大学生になって幸せに彼女付き生活を送ってるんじゃないですか」

 幾分、素っ気ない返事。しかし、それは一部事実だったようで。

 

「凛、今日は例の人にお礼言えたのか?」

 僕が珈琲店から帰って家でゴロゴロしていたらいつもの様に凛が晩御飯を食べに僕の部屋にやってきた。台所で夕飯を作っている凛にそう聞くと凛は手を止めずに返事をしてきた。

「そうねー。なんかビックリしてた」

「そりゃそうだろ。そんな格好して行ったんだから。やっぱりインパクトあっただろ?」

「かなり。最初は誰だか分からないって感じだったけども、痴漢のこと話したたら指さされて、あー!あー!って。一緒にいた女の子もそれに驚いてた」

「それで?結果は?」

「んー。たくさんお話ししたよー。色々」

「色々。話せる程度の関係にはなれたってこと?」

「どうだろ。お礼をしたら当然のことをしたまでだよーって言われてぇ、ちょっとお時間貰えますかって聞いたら次の講義の後ならって言われてぇ」

 料理の手を止めて指折りしながら話し始めた。

「それで?」

「んで、カフェテリアで話した」

 しばしの時間が流れた。

「ん?」

「ん?なに?」

「なにって。カフェテリアで何を話したのさ」

「人のプライベートに土足で踏み込むのはよろしくないぞ」

「そっちが話し始めたんだろうに。でもお話しはできたんだな。良かったじゃない」

「うん」

 なんか可愛い反応でくやしみがあったけども、何かを頑張った証のような気がして、それ以上の追求はする気がしなかった。

 

「洋介先輩!」

「なに。勤務中じゃないの」

「あっと、そうでした。あの、青山先輩、見かけたんですよ。駅前のカフェで。それで……あ、いらっしゃいませー」

 それでなに。気になるじゃん。続きを聞こうと思った途端にお客さんが途切れなくて、なかなか話しかけられない。バイト終了まで待つか、後日にするか。でもなぜか無性に気になったのでバイト終了まで待つ事にした。

「はー。疲れました。なんで今日に限ってあんなにお客さんが来たんだろう。で、青山先輩の話、ですよね?ビックリしないでくださいよ?なんと!青山先輩、樋口先輩と一緒に楽しそうにお話ししてたんですよ」

 誰に聞かれても困らない話なのに身を乗り出してナイショ話をするかのごとく放たれたその言葉。心拍が上がったのが自分でも分かった。

「へ、へぇ。なんかお話しできる程度には仲良くなったって事なのかな」

「良いんですか?」

「凛の友人関係をどうこうできる立場じゃないしな」

「友達以上、恋人未満、でしたっけ」

「そう。それ」

「いつも思ってたんですけど、洋介先輩って樋口先輩のこと好きなんですか?」

 そういえばそういう話、三木谷ちゃんとしたことが無かったな。これはなんと答えるべきか。そもそも僕は凛のことが好きなのか?でも今のこの気持ちを勘案するに好き、なんだんろう。

「そうだな。三木谷ちゃんにはどう見える?」

「もう大好き、って感じに見えます」

「マジ?」

「マジです。だっていつも目で追ってますし。話してる時の顔とか見ると、ねぇ。ひゅーひゅーって感じです」

 そんな風に見えていたのか。自覚がなかった。

「そうなのか。まぁ、さっきの話を聞いた時の自分の感情を勘案するに、非常に気になる存在というのは分かった」

 素直に好きと言えば良いのに、なんか恥ずかしくて。それを三木谷ちゃんは勘づいたようでからかわれてしまった。

 

 その日の夜も何事もなかったかのように凛は僕の部屋にやって来て夕飯を作っている。姿出立ちがいつもの凛じゃなかったので、また例の男と会っていたのかと思ったけども、それを聞いたらなぜか今の関係が壊れるような気がして聞けなかった。

「なにかあった?」

「ん?いや、別に」

「そんなに目が泳いでるのに?」

「なにが?」

「目がクロールしてる。ほら。お姉さんに話してごらん?楽になれるぞ」

 確かに本人に聞くのだから真実が聞けて楽になれるだろう。でも今の関係は壊したくない。

「今日はなんでその格好なの?」

「ん?なんとなく?女の子がおめかしして何かおかしい?」

「いや、別に」

「ふーん」

 僕が何を聞きたいのか分かったかのような見透かした目。そして凛から話し始めた。

「今日ね、駅前のカフェで……」

「え?」

「なに?まだ何も言ってないじゃない」

 駅前のカフェといえば、さっき三木谷ちゃんに言われた言葉が否が応でも頭に浮かんだ。そして、咄嗟に名前が出てしまった。

「青山……」

「青山?なに?スーツでも買いに行くの?でね?駅前のカフェで三木谷ちゃんを見かけてね?なんか私を見てビックリしてた」

 これは確定だろう。凛を痴漢から救ったのは、あの青山先輩。それにしてもなんで今「青山」と言ったのに人物としての反応をしなかったのだろうか。

「なあ、凛。青山さんって知ってるか」

 もうここまで来たのだ。悶々としているよりも直接聞いてしまった方が手っ取り早い。

「ん?知ってるわよ?」

「今日会ってたのが、その青山さんであってる?」

「そうねー。聞きたい?」

「聞きたいっていうか答え合わせみたいな感じだな。三木谷ちゃんが駅前のカフェで二人がいるところを目撃してる」

「そこでなんで三木谷ちゃんの名前が出て来るのよ。あ、しまった、みたいな顔した」

「ちょっと三木谷ちゃんのプライベートに関わる部分があるんだよ。まあその青山さんは僕も三木谷ちゃんも知ってる人でさ」

「ふーん。そうなんだ」

「否定しないんだな」

「だってそこまで知ってるなら隠しても仕方ないでしょ?」

「なんで隠す必要があったんだよ」

「んーっとね。洋介の高校時代の話を聞いてたから?ほら、なんでそんなの知ってるんだー、みたいな感じにしようと思ってたのに」

 相変わらずの性格だ。しかし、どこまで聞いているのだろうか。三木谷ちゃんの話はまだ聞いていない様だったが。

「でもビックリしたよ。同じ大学にいるとは思わなかった。青山さんってさ、知ってるみたいだけど、僕と三木谷ちゃんの先輩でさ。色々とお世話になったんだよ。だから痴漢から助けてもらったっていうのもわかる気がした」

「そうねぇ。人望も厚いみたいだしねぇ。洋介とは別人だわ」

 そりゃそうだろう。青山先輩は上級生の中でも人気者だったし、学祭実行委員長とかやってたし。

「凛はどっちが好みなんだ?」

「お。気になる?」

「なんとなくな」

 言って後悔したが素直な答えが返ってくることを期待しよう。などと思っていたら予想外の返事。どっちでしょう、とか言ってくると思ったのに。

「青山さん、かな」

 その言葉を聞いた時に僕の心臓は跳ね上がった。

「そ、そうなのか。青山先輩人気者だからなー」

「そうなのよ。人気者だから倍率高くて。協力してくれる人いないかなー。チラッチラッ」

「チラッチラッ、じゃないよ。僕が協力すると思うわけ?」

「えー。してくれないの?」

「なんで協力すると思ってるんだよ。僕は……」

「僕は?」

 分かってるんだろう?、と言いたかったが実際に口にしたらどうなるんだろう。私はそんな風に思ってなかった、とか言われてしまうのだろうか。

「やっぱりそうなのかぁ。洋介は私のことが好きなのかぁ」

「なんでそうな……」

「違うの?」

「うぐ……まぁ、なんだ。その……違わないけどさ」

「あ。認めた」

「誘導尋問だ」

「でも好きなんでしょ?ほれほれ」

 そんな事を言いながらも食事の用意を進める凛。今こうして僕と一緒にいる事はどう思っているのだろうか。今日でこんな時間も終わりを告げるのだろうか。暗いイメージが頭を覆う。

 凛が夕飯をテーブルに並び終えて、何にもなかったかの様に先に食べ始めた。僕はこれが最後の晩餐となるのか、とか考えてしまって手を付けられずにいた。「冷めるぞー。早よ食べー」

「あ、うん……」

 僕のその反応を察してか、軽く息を吐いてから凛はこう言った。

「別にこれが最後の晩御飯にはならないわよ。明日も明後日も作りに来るから」

「でもそんなことしてたら青山先輩に……」

「気にしすぎ。好みと好きは違うから」

「じゃ、じゃあ」

「それはナイショ」

 振り回されっぱなしだ。さっきの言葉をそのまま信じれば青山先輩は好みではあるけど恋愛対象ではない、と受け取れる。しかし、その恋愛感情が僕に向けられているのかは分からない。どうしたら良いのかな……。

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