【第二十四話】
「洋介先輩、今日は一人なんですか?」
行きつけの珈琲店に入ると三木谷ちゃんが出迎えてくれた。そういえば最近は一人って事がなかったかも知れない。常に誰かが居て不穏な空気を放っていた。
「今日は一人だよ。ところで三木谷ちゃんは例の男子高校生の神谷君、どうしてるのか知ってる?」
「え?若葉ちゃんとお友達からって事になってるんじゃないんですか?」
今回の一件があってからなにか進展が無かったのか情報のアップデートをしたかったんだが……。三木谷ちゃんは何も知らないってことは、あの二人でこの店に来てる事はなさそうだ。
「そういえば以前、一緒に舞台を見に行った時に……何でしたっけ?バイトで自分の芝居を見てほしいって依頼してきたっていう……」
「溝口さん?」
「あ、そうですそうです。その人がお店にたまに来るんですよ」
へぇ。溝口さんもこの近くに住んでるのかな。あの大河内っていう人の興味をさらった訳だし、なにか役作りのために来てたり?
「ところで洋介先輩、この前からなんか不穏な感じで話してましたけども、アレって解決したんですか?最近はそういうのがないみたいですけど」
解決したというのだろうか。あの結末は。非常に違和感を感じるものがあったけども、一旦の区切りがついた、という程度な気がする。
「一応、なのかな。でも僕とか凛が首を突っ込むべき話じゃ無かったと思うよ。正直、僕も話に首を突っ込んで後悔してる」
「なんだか分かりませんけども大変だったんですねぇ」
「なんだ。他人事みたいだな」
「だって他人事ですもの」
そうだ。こういうやりとりが好きなんだ僕は。ここ最近はこんな軽口も叩けなくて鬱憤が溜まってしまった。こういう時には……。
「あの相澤さん。なにかバイトの仕事ないですか?」
「君から電話してくるなんて珍しいね。急に資金でも必要になったのかい?」
「そういう訳じゃないんですが、後腐れのない付き合いが欲しいというか、そういうのです」
「ふむ。それじゃ……おお、あったあった。今回は話し相手になって欲しい、という依頼なんてどうかな?単純に話を聞くだけ、だと思う」
なんか含みを持たせるな……、と思って蓋を開けてみれば。
「なんでこうなるのかな」
やってきたのは凛だった。相澤さんも分かっててやってるなこれは。だって一緒に面接に行ったじゃないか。どういう関係なのか分かってる筈なのに。
「それは私のセリフ。相澤さん、分かっててこうしたんだわね。まぁいいわ。話す手間が省けるし。んーっと。場所はいつもの珈琲店で良いかしら?」
「いらっしゃいませー。あ、今日はお二人なんですね」
三木谷ちゃんは少し安心したような口調でそう言った。しばらくは不穏な雰囲気を漂わせていたからなぁ。
「三木谷ちゃん。今日は違うの。この人と私は今日初めて出会った。そういう関係なの」
「?。洋介先輩、なにか新手のプレイですか?」
「話すとややこしいけど、そういう事になってる。断じてプレイではない」
「なんだかよく分かりませんけど、空いてるお席にどうぞ〜」
そう言われる前に凛はもう席に座っていて僕を手招きしている。
「初めまして」
「初めまして」
お互いに挨拶をしてお辞儀をする。なんだかこそばゆいけどもそういう設定だ。
「今日はお話をお聞きするというオーダーですけどもそれでよろしいですか?」
「はい。そうです。では早速ですがよろしいですか?」
「どうぞ」
「実は私、一人の男性を愛してしまいまして」
おっと。そういう話なのか。
「そうですか。お知り合いですか?」
ここで知らない人です、って言われたらどうしよう。なんて思っていたら、凛ははっきりとこう言った。
「いえ、知らない人なんです」
「え?いや、あっと。そうなんですか」
心の動揺が口に出てしまった。凛が他に好きな人を作ったという事なのか?でも僕のことを友達以上、恋人未満なんて言ってたから、大丈夫なんて思っていたのは僕の傲慢なのか?
「ふふ」
いたずらをする子供のような視線だ。この話、本当の話なのか?
「それでその方となにかあったのですか?」
「相槌、打つだけじゃ無かったの?」
「そうですね」
「気になる?」
「そうですね」
「なんか形式ばっててつまらないなー。もっとこう、ないの?驚いたー!とか誰だー!とか」
「いや、今回のオーダーは話を聞く、ですから」
「ふーん。まぁ、良いけど。で、その人なんだけど大学の……何年生なんだろうなぁ。結構なイケメンでいつも誰か連れてるの」
「そうなんですか」
完全に自分のことじゃないな。なんて思いながら相槌を打つけども、動揺が隠せない。それを凛は楽しんでいる様に思える。
「その人を落とす方法を考えててねー。で。どっちの私の方がいいと思う?」
さっきから初対面の人に対しての言葉遣いじゃないだろ、と突っ込みを入れたくなるが、目の前の写真の方が気になって目線を凛の顔から移した。そこにはいつもの凛と、本田涼子の凛が居た。後者のほうは宣材写真だろうか。煌びやかな写りだ。もう一方の写真は立て鏡に立つ自分をスマホで撮影した様なもの。普通に考えたら後者の方なんだろうけども。個人的には前者の方が僕は好みだ。ここは好みの答えで良いのか、主観的に答えれば良いのか。
「そうですね……。どちらの方が自信があるんですか?」
「そうきたか」
「自信がある方がしっかりと話せるかと思いますよ」
「でもこっちの私、人と話せるような雰囲気ある?」
正直全くない。でも中身の凛はとても社交的だし、話すきっかけさえ掴めばいけるような気がしないではない。
「きっかけさえあれば大丈夫じゃないでしょうか。現にこうしてしっかりお話してますし」
「ふむ……。それじゃ、明日にでも声を掛けてみようかな。っと。ところで私には今、友達以上、恋人未満な友人が居るんだけど、その人はどうすれば良いと思う?」
それを僕に聞くか。
「えっと。それは恋人、ではないんですか?」
「聞きたい?」
完全にからかってるな。でも、ここははっきりと聞く良い機会かも知れない。
「はい。興味があります」
「ほーん。興味あるんだ。じゃ、聞かせてあげる」
そう言って凛は今までの悪戯めいた顔から真剣な顔に変わった。その表情に思わず息を飲んだ。
「その人は私にとって……」
少しの間をおいて凛は続けた。
「心の支えかな。だから、今回の件で心が折れたら支えてもらうんだ♪」
ニカっと笑って凛は僕の顔を見てきた。心の支え、かぁ。それは本当に良い友達、ですね。本当に。
「それでね、その人ってさっきも言ったけどいつも誰か連れてるの。同じ人じゃないから恋人とかじゃないと思うんだけど……。男の人って知らない女の子からいきなり声を掛けられたらどう思うの?」
「端的に言ったらびっくりしますかね。で、どこかで出会ったことがあるか必死で記憶を探しますかね」
少なくとも僕と凛が再会した時、僕はそうした。
「そうかー。覚えてるのかなー。私のことなんて」
「お知り合いではなかったのでは?」
「そうか。痴漢から助けてくれた、って話して無かった。で、そういう人なの」
「そこまでインパクトのある出会いなら覚えていらっしゃるのではないかと思いますが」
「そうかなぁ。覚えていてくれるかなぁ」
白馬の王子様って話ですかね。僕とはただの子供の頃の塾の同級生ってだけだもんな。
「それならこちらのスタイルで行った方がインパクトあるんじゃないでしょうか」
本田涼子、以前のお天気キャスターのスタイル。今の姿が蝶になったような。きっとその御仁もびっくりすると思いますよ。逆パターンで僕はビックリしたし。
「んー。やっぱりこっちかー。でもいいの?」
「何がですか?」
「ふぅん。あくまでもお仕事、貫き通すんだ」
「私情は挟まないのがルールかと思いまして」
「じゃあ、聞き方変えるわね。洋介君は私がその人に声を掛けても良いのかな?」
完全にからかいに来てるなこれは。でも、これは真面目に答えるべきか、仕事として対処するか。
「んー?」
凛が僕の顔を覗き込んできた。悩む。非常に悩む。気になるけども、仕事上はそういうのはルール違反って事になってる。
「その……。結果は気になりますかね」
「結果ねぇ。じゃあ、声を掛けるのは問題ないんだ」
「痴漢から助けてもらったお礼とかそういうのがですね……」
随分と歯切れの悪い返事になってしまった。正直なところ、いつも誰かと一緒にいるというのが女性の場合、そういう男なのかと勘繰ってしまって凛がそいつと一緒にいるのを想像したら非常にモヤモヤする。出来る事なら関係を持って欲しくない。しかし、痴漢から助けてもらったとなると、やはりお礼くらいはしたほうが良いと思うし……。
「よし。じゃあ、その人にはお礼をして来るね。これにてこの話は終了。予約した時間までまだあるからこれからは普通におしゃべりしましょ?」
そして契約時間終了まで本当にさっきの話は一切なしで取り留めのない話をして駅前で別れた。
「ねー。それでねー。って洋介聞いてる?」
家に帰るとすぐにチャイムが鳴って凛がやって来た。さっき別れたばかりじゃないのか。と思ったら、例の男についてまた話し始めたのだ。
「いや、聞いてるけど。それってさっき……」
「さっき?私はお金を支払って聞いて貰ってただけなんだけどなー。洋介は聞きたくないの?」
あくまであの時の僕と、今の僕は別人、という設定らしい。ここで根掘り葉掘り聞いても良いんだけども、なんだか少し恥ずかしい気がして。凛は僕の中でどういう存在なんだ。以前、心の壁がどうのこうの話してたけども、凛の心の壁はどこまで高いのか分からない。多分、僕はまだ凛の心の中に入れていない。
「聞きたいけど。そもそも、その男の人とどういう関係になりたいわけ?」
聞きたいのはそこだ。恋人関係になりたいのか、友人になりたいのか。はたまた単純にお礼が言いたいのか。凛のことだから僕が恋人関係になりたいのか?って聞いたら絶対に「そう思う?」って逆に聞いて来るに違いない。
「関係?そうねぇ……。話せる程度にはなりたいかなぁ」
社交的に思える凛がいう言葉とは思えなかった。話せる程度。いつも接している凛ならそんなの容易いことの様に思えるのに。
「そうか。それなら一緒に行こうか?」
「それはダメ。絶対にダメ」
激しく拒否られた。何がダメなのかは分からないけど、ここで聞き返しても押し問答になるだけだし、あとはなるようになれ、と思うしかなさそうだ。
「いつ声を掛けるの?」
「いつまで経っても一人でいることを見た事がないから、今度見かけた時にでも。と言っても同じ講義があるから明日必ず会うんだけれども」
同じ講義と聞いて同学年なのかと思ったけども、その講義は全学年受講可能な単位科目で参考にはならなかった。




