【第二十二話】
「あー、やっとつかまった。新田君、新規の仕事なんだけど時間ある?」
バイト先の店長からの電話。正直、そんな事をしている気分でも無かったが、何かしてないと落ち着かないので用件を聞く事にした。内容は彼氏の代わりになって欲しい、という要望。凛に相談したいところだけど、今は近くにいない。一度電話を切って相談してから返答にしようとしたのだけれど、クライアントが急いでいるとの事で僕は今回の内容を了承した。後で何て言われるか分からないけど。ちょっと懐が寂しかったのもある。今回の報酬は結構良い。しかし、この時の安請け合いがあんな事になるなんてこの時は思っても見なかった。
十三時に駅前で待っていて欲しい。それだけ言われて服装の特徴だけを伝えた訳だけども……。
「あの」
「え?」
「すみません。こうなる可能性が分かってて依頼しました」
待ち合わせ場所にやって来たのは双葉ちゃん。なんで双葉ちゃんが彼氏役を探しているのか。健吾君はどうしたのか。
「なんでまた。一応、依頼の内容は聞くけども、僕はこれからどこに連れて行かれるのかな?」
この仕事は基本的には何もしない。この前のショッピングの時は受け答えはしたけども、今回の彼氏役というのはどういう事なのか。
「樋口葉さんのところに行きたいんです」
「はい?ちょっと待って。葉さんは僕が凛と付き合ってるって知ってるよ?浮気役ってこと?」
「ちょっと違います。本当は彼氏役をやってくれる人を期待していたんですけど、新田先輩がいらっしゃったので予定を変更です。依頼内容が少々変わってしまいますけど良いですか?追加料金は支払います」
「いや、別に構わないんだけども。本当、僕は葉さんのところに連れて行かれるの?」
「はい。新田先輩が居てくれるの方が良いと思いまして。何かあったらよろしくお願います」
「何かって……」
ここで依頼を断っても良いんだけど、双葉ちゃんのことが気になってそのまま依頼を受ける事にした。凛にも連絡したほうが良いと思って連絡を取ろうとしてるのだが、相変わらず電話には出ない。
「新田先輩は樋口さんの連絡先、ご存知ですよね?基本的には何もしない約束の仕事だと思いますけど、ご連絡だけつけて頂けませんか?」
「それは健吾君が居なくてもいい事なの?」
「はい」
僕は小さく息を吐いてからスマホを取り出して葉さんに連絡をする。連絡をつけて欲しいと言うことは、会う場所をセッティングして欲しいと言う事だろう。僕は舞台のことで相談があると言って、葉さんをいつもの珈琲店に来てくれるように連絡をつけた。
「何を話すつもりなの?」
水を運んできた三木谷ちゃんは僕と双葉ちゃんのセットに興味を示しつつも従業員の仕事に徹して話しかけて来たりはしなかった。
「あ、ここです」
入り口に葉さんの姿を見つけて、立ち上がって手を振った。
「あら、そちらのお嬢さんは?」
「ええ、今日は舞台の件でと申し上げましたが、本題はこちらの女の子が葉さんにどうしても会いたいということでして」
「ふぅん。高校生?」
そう言いながら葉さんは席について三木谷ちゃんにホットコーヒーを注文した。
「私は小野寺双葉と言います。仰る通りの高校生です」
「その高校生ちゃんが私になにか?舞台に出たいとかそう言うやつかしら?それならオーディションを……」
「いえ、違います。とても大事な話があって新田先輩に取り次いで貰いました。実は……」
「ちょっ、ちょっと」
「なに洋介君。この子の話を聞くんじゃ無かったの?」
「あ、いや、そうなんですけど、ちょっと待ってもらっていいですか」
僕は双葉ちゃんに「例の件を話すのか?」と耳打ちしたら小く頷いたので、少々頭を抱えてしまった。健吾君は墓まで持っていくって言ってたのに。
「話はついた?それで?双葉ちゃんは私に何の用事かしら?」
双葉ちゃんは大きく息を吸ってから息を整えた。そして結論から先に話し始めた。
「あの。谷口健吾さんと結婚させてください」
「結婚?」
「はい」
コーヒーに口を付けた手を止めて葉さんは反応した。
「健吾と結婚?なにかの冗談かしら?」
「いえ。冗談ではこんなことは言いません。実は私、健吾君の……」
や、そっちの話で行くのか。健吾君はこの事を知っているのか?含みを持たせたその口調に葉さんはカップを置いて刺すような眼差しに変わった。
「私の健吾が?本気?新田君は何か知ってるの?」
「あ、や、僕は……」
「知っているようね。でも今回は双葉ちゃんから話を聞いた方が良いみたいね。それで?健吾の何?」
「健吾さんの……子供を……」
葉さんの視線が鋭い。何か全てを見透かす様な視線だ。何も隠せない。そんな雰囲気すらある。
「私を欺いて何かあるのかしら」
「私はそんな!」
「健吾はね。嘘がつくのが下手くそなの。今回の一件も何となくは分かってるつもり。貴女は自分のした事が分かってて結婚の許可を求めてるのかしら?」
健吾君は葉さんに何か話したのか。ことの内容を知っていると言うことはそういうことだろう。もしくはブラフか。
「そうです。私は……健吾さんと一緒に罪を背負って行きたいんです」
「罪、ねぇ。貴女が罪を背負うのは分かるけども、なんで健吾まで背負う必要があるの?」
「健吾さんがそう言ってくれたからです」
確かにそう言ったけども、やっぱりこの場に健吾君が居ないのは間違っている。そもそもなんで僕が同席するのか。二人を引き合わせたら席を立ってもよかっただろう。もう手遅れだけれども。
「新田君は今回の話を聞いてどう思ってるの?」
「その前に確認させて下さい。葉さんは今回のこと、どこまでご存知なんですか?」
「洗いざらい全部、かしら?先日ね。双葉ちゃんのお父様から連絡が入ったの。それで色々と聞いたわ。にわかには信じられない事だったけども、実際に双葉ちゃんに会って確信したわ。あなた、健吾に諸星君、それだけじゃないでしょう?」
どういうことだ?それだけじゃない?いや、いくらなんでも……。そう思って双葉ちゃんを見ると蛇に睨まれた蛙の様な状態になっていた。
「やっぱり。プロダクション内で話題になってたのよ。でもその女の子っていうのが双葉ちゃんだったなんてね。健吾はこのこと知ってるの?」
双葉ちゃんは推し黙ったままだ。恐らく健吾君は知らない。知っていたらきっと今回のような話にはならない。
「んー。その様子だと健吾は知らないようね。今から私が健吾に話を通しても良いかしら?それとも自分で話す?」
「双葉ちゃん、本当なの?」
僕が確認すると双葉ちゃんは下唇を噛みながら小さく頷いた。なんて事だ。諸星君はあんなことを言っていたけども、これは……。
「自分で話します」
「そう。それじゃ、今日の話はこれでお終いかしら?新田君はなんだか巻き込まれた感じになってるけどもごめんなさいね」
「あ、いえ、僕はそんな」
「良いのよ。別に。それじゃ、これコーヒーのお代ね。それじゃ、今週中には話しておいてね」
そう言って葉さんは店を後にした。
「双葉ちゃん。さっきの話なんだけども……」
「私、どうしたら……」
双葉ちゃんが下を向いて涙を流している。自業自得といえばそれまでだけども、今までの双葉ちゃんからは想像もつかない内容で僕は今でも信じられなかった。
結局そのあとは深く詮索できるわけでもなく。事実だけが僕の前に横たわっている。
「その。時間ですね。それでは今日はありがとうございました」
仕事としての約束の時間になったので双葉ちゃんは珈琲店を出て行った。僕はことの事態が未だに飲み込めないといった思考に囚われている。
「洋介先輩。一体何の話をしてたんです?」
「うーん……」
「あ、やっぱり聞いちゃマズイ話ですよね。すみません」
三木谷ちゃんは、まだこの一連の話を知らない。健吾君と双葉ちゃんが付き合い始めた、程度だろう。この手の話は女の子にすべきなのか、男にすべきなのか。しかし、残念ながら相談できるような男の友人は居ないので、凛に相談するしかなさそうだ。でも何て言えば良いんだ……。
「洋介、何か隠してるでしょ」
「ん。まぁな。隠してるというよりも、どういう風に伝えたら……いや、違うな相談したら良いのか決めあぐねてるところ」
「洋介自身のこと?」
「僕のことじゃないかな。でもなぁ。これは話しても良いものなのかなぁ」
他人の色恋沙汰を本人の居ないところでペラペラと喋るのはよろしくない。そうと知ってか凛は例え話で誰のことか伏せて話せば良いんじゃないの?と言ってきた。が、この話はバレバレになるよな。僕が更に悩んでいたら凛が電話をかけ始めた。
「もしもし?ママ、今大丈夫?ちょっと聞きたいことがあるんだけども。うん。そう。そう。ママはどこまで知ってるの?え?洋介?いるけども」
そう言って電話を僕に渡してきた。
「あ、洋介です」
「例の件、凛に話たの?」
「いえ、話してません。本人の居ないところで勝手に話すのはどうかと思いまして」
「そう。それで洋介君はどうするの?今の所、知ってるのは私と洋介君だけだから。隠し通すもよし。健吾に話すもよし。母親としては私から話すのは微妙でしょ?出来れば洋介君に判断してもらいたいわ。それじゃ凛に代わってもらえる?」
僕は凛に電話を渡して考え込んでしまった。その間に凛は葉さんと何やら話し込んでいたようだが……。
「はい。お待たせ。洋介から話を聞きたいなー。えーっと、当ててみましょうか。双葉ちゃんの事だ」
相変わらず感の鋭いやつだ。僕が反応に困っていたら凛の方から話し始めた。
「これはママから聞いたわけでも何でもないんだけど、あ、ママからは健吾のこれからの仕事について聞いてただけだから。でさ、双葉ちゃん、なんか訳ありなんでしょ?ほれほれ。言ってみ?」
悩む。吐き出してしまえば自分は楽になるだろう。しかし……。勝手に話しても良いものか……。
「よし!私が当てたら洗いざらい話すこと。いい?」
「そうだな。そういう方が踏ん切りがつくかもしれない。頼む」
「ズバリ!双葉ちゃんが浮気してた!」
ドキリとしたが、これは諸星君との一件を指しているのだろう。しかし、僕の動揺を凛は見逃さなかった。
「え?本当に⁇いや。でも……まじ?」
「約束だからな。話すよ。ます結論から。真っ黒だ」
「えー……」
思いっきり引いてる。そんな事になるなら聞いてくるなよ……。
「ステイステイ。ちょっと話を整理するわよ。双葉ちゃんと健吾君は付き合ってる。でも喧嘩した時に諸星君と関係を持った。ここまではいい?」
「ああ」
「そこから先なんだけども、真っ黒ってことは他にも居た、という事よね?」
「はっきり聞いたわけじゃないけど、状況できにそう判断した」
「まじかー。双葉ちゃんまじかー。そんな子には見えないのにななぁ。ってことは諸星君の……いやいやそんな、ねぇ」
と凛は僕を見てきたけども、否定はできない。今日の双葉ちゃんの反応ではそのように捉えられても仕方がない。なんの否定もしなかったわけだし。僕は意を決して凛に相談する事にした。
「どうしたら良いと思う?一週間以内に健吾君に話すように葉さんからは言われてる」
「一週間かぁ。でも引き伸ばしても仕方がないからなぁ。洋介はどう思う?健吾は愛想尽かすと思う?」
「個人的にはだけど、自分の立場だったら流石に厳しいかなぁ」
複数人との浮気。流石に自分にその立場を当てはめてみたら如何ともし難い。
「んーっとね。女の私からみても流石に今回の件は救いがないかなぁって。洋介は庇う?」
「そうだなぁ。出来ればそういう立場にはなりたくないかなぁ。でも健吾君には絶対に相談を受けそうなんだよなぁ。凛は双葉ちゃんから相談を受けたらどうする?」
「私?私は簡素な女だから洗いざらい話してダメなら諦めなさいって言うかな。洋介は?」
「個人の判断する事だからやめておけとも言い難いけど、今回の件は流石にね。イエスかノーで聞かれたらノーって答えちゃうかもしれない」
「よし。こうしよう。私たち二人で双葉ちゃんと健吾に会いましょう。それで……」
「それでどうするんだ?やめておけってアドバイスでもするのか?」
「そ。双葉ちゃんには悪いけど、一応健吾は私の弟になるから」
そうすれば、今回の一件は終わるはずだった。本当にそう思っていたんだ。




