【第二十一話】
「なんで諸星君もいるの?」
珈琲店に行くと、諸星君が先に来ていて、三木谷ちゃんはその席に僕と凛を案内したのだ。
「後輩のしでかした事について場合によっては僕も居た方が良いと思ってね」
「事務所を移転したばかりなのに、後輩思いなんですね」
僕は違和感を感じたのだ。確かに今の諸星君は健吾君の先輩にになるけども、このタイミングで現れるのには違和感を感じる。
「洋介」
「あ、ああ。分かってる」
僕がはこの一件に、この諸星君も関わっているような気がしてならないのだ。それも話の核になるような事で。そうでないとこんなところに来ないと思ったのだ。
「いらっしゃいませー」
三木谷ちゃんの声がしたので、一斉に出入り口を見たら件の一団が来店したところだった。三木谷ちゃんは何かを察したのか、観葉植物を隔てた話の聞こえる席に健吾君たちを案内した。
「何かあったんですか?」
僕の注文をとりに来た時に小さな声で三木谷ちゃんに聞かれたけども、流石に聞かれてはまずいので、後で、と返事をして健吾君たちの話に耳を傾けた。
「それで。話というのは?うちの双葉と付き合うとかそういうのかね?そのくらいわざわざこんな席を設ける必要は……」
「違います。もっと大事な話なので、わざわざこの様な場所をご用意しました。双葉ちゃん、いい?」
健吾君はそう言って一拍置いてから結論から切り出した。
「僕の子供が双葉さんのお腹にいます」
「は?」
双葉ちゃんのお父さんが少々間抜けな声を出してしまったのが聞こえた。
「何を言ってるんだね?冗談なら……」
「冗談ではありません。なので、これからのことをご相談させて頂きたく」
「双葉、本当なのかい?」
双葉ちゃんが頷いたのだろう。大きなため息が聞こえてきた。
「産むのかね?君、仕事は?」
「そのつもりです。仕事は役者をやってます。ちゃんとしたプロダクションに所属した役者です。現在のところは継続的に仕事をもらえてる状態です」
「役者か。いいかね?子供を育てるというのは半端なことでは出来ないよ?君にその覚悟はある?」
「あります」
一瞬時間が開いたのは、双葉ちゃんのお父さんが発したドスの効いた声のせいだろう。
「母さんはどうかね。意見をきかせてもらえるか?」
さっきから一言も発していない双葉ちゃんのお母さん。賛成するのか反対するのか。
「あなた、樋口葉さんの息子さんよね?」
「え?」
思わず自分が声を出してしまった。なんでそんなことを知っているのか。
「谷口健吾さん、あなたのご両親はは舞台演出家の谷口瞬さんに樋口葉さん、であってるかしら?」
「よくご存知でらっしゃるのですね」
「葉は私の同級生ですから。離婚するときも相談を受けたわ」
だから葉さんはあんなに淡白だったのか。知る事になるって分かってたから。そして双葉ちゃんのお母さんは話を続けた。
「双葉との赤ちゃん、何不自由なく育てられると思う?」
「正直なところ、分かりません。ご存知の様なので正直にお話しいたしますが、僕の身をおく業界は水の様なものですので。今は仕事を切らしたことはありませんが、将来に渡ってそのような状況になるのかと言われたら確証は持てません」
「でしょうね。ご両親と同じく演出家になる気はないの?」
順当な線だろう。そのほうがコネとか使える可能性が高い。
「ありません。僕は自分を表現したいと思います」
健吾くんは芯のある声でそう答えた。
「そう。分かったわ。私は双葉の意志を尊重するわ」
「そうか。私は……」
双葉ちゃんのお父さんはしばらく考えた後に言葉を出そうとした、とその時だった。
「はいはいはーい。ちょっとすみませんね」
さっきまで隣に居たはずの諸星君が向こうの席に行っていた。
「君は?」
「はい、僕は諸星隆って言います。そこの健吾君の先輩やってます。ちょっとお伝えした方が良いと思いまして」
なんでこのタイミングなのか。凛の方を見たけども、顔を横に振られた。凛にも分からないようだ。若葉ちゃんも分からないという顔をしている。諸星君は何を話に行ったのか。
「お話とは?」
双葉ちゃんのお父さんが冷静に返事をする。それに対して少々軽い口調で諸星君はこう言い放った。
「双葉さんの子供、僕の子供かも知れないんですよねー。一応、今の段階で言っておいた方が良いと思いまして」
「双葉?」
健吾君が双葉ちゃんを呼ぶ。双葉ちゃんからの返事はない。つまりはことの次第を認めたということか。僕は双葉ちゃんの言葉を待ったけども、次に口を開いたのは双葉ちゃんのお母さんだった。
「双葉」
「……」
双葉ちゃんは黙ったままだ。
「諸星……。なんでこのタイミングで出て来たんだ」
諸星。事務所の先輩に当たるのに呼び捨てにした健吾君。二人の関係が少し見えた気がした。
「だって。ことの真相はしっかり話した方がいいでしょ。僕から話す?」
「いや。僕から話す」
なんだことの真相って。どういうことなんだ?
「あの。今更言うのはなんなんですが、双葉さんのお腹の中にいる赤ちゃんは、本当は僕の赤ちゃんではなく、この諸星の赤ちゃんなんです。僕は……」
「ふざけるな!」
双葉ちゃんのお父さんが叫んだ。店中に響き渡る声だったので店内が一瞬音を失ったくらいだ。
「なんだ?うちの双葉を二人で弄んだと言うことか⁉︎どう言うつもりで……」
健吾君はその勢いにも負けずに冷静に話し始めた。
「双葉ちゃん、いいね?」
健吾君は双葉ちゃんに確認を取ったのだろう。返事は聞こえなかったが、話し始めた。
「実は僕と双葉ちゃんは以前からお付き合いしてまして。そして、喧嘩をした時期がありまして。諸星とはその間に。僕との関係はまだありません。しかし、そんなことをするような相手に双葉ちゃんの子供を預けるわけにはいきません。なので今回のようなご報告とさせて頂きました」
ことのつまりは双葉ちゃんが浮気をして作った子供を健吾君は育てると言っていた事になる。
「双葉。本当なのか?」
双葉ちゃんがなんらかの反応をしたのだろう。お母さんの嗚咽が聞こえた。
「一応、僕からは慰謝料と支払うつもりなので。この格好で行かせてくれませんか?」
諸星君は自分で育てる気は無いと公言した様なものだ。父親としての怒りが僕にも伝わってくる。とその時だった。
パンッ!
僕の隣に座っていた凛が席を立って諸星のところに行って頬を叩いたのだ。
「あなた何様のつもりなの?自分が何をしでかしたのか分かってるの?双葉ちゃんの身体のことを心配してないの⁉︎最低」
「いやー。そう言われちゃうとね。最悪だよね。僕。でも僕はこういう選択は出来ないから、健吾君に任せちゃうけどいいかな?」
「あの。すみません。本当のことを伏せて申し訳ございません。本当はこの事は墓まで持っていく覚悟でした。でもそれを承知で赦しをお願いしてもよろしいでしょうか?」
健吾君はしっかりとした声でそう言った。諸星君とは正反対だ。
「少し考えさせてくれ。健吾君、君は本気なんだね?」
「はい」
「後悔はしないんだね?」
「はい」
「諸星君、君はもう双葉の前に現れないという約束はできるかね?」
「それはもちろんです。慰謝料の件がありますので、一度ご自宅にお伺いするとは思いますが」
お父さんの大きなため息が聞こえた。そして席を立つ音がした。
「今日のところはこのくらいで。双葉とはしっかりと話し合う。健吾君のご両親はこのことは?」
「真相はまだ話してません。出来ればここだけの話にして欲しいと思ってます」
「そうか。諸星君はそれは分かってるのかね?」
「はい。健吾君のご両親。とってもアレな人たちなので」
しかし、心底この諸星という男が気に入らない。僕も出て行きたい気もしたけども何もできる事はない。
双葉ちゃんとその両親が帰った後に、僕の席に三木谷ちゃんがやって来た。
「あの。ちょっと話が聞こえちゃってたんですけど、本当なんですか?」
「みたいだな。この後に詳しく聞いてみるよ」
と、僕の席に耳を摘んで諸星君を凛が引っ張ってきた。
「痛い!痛いって‼︎逃げないから!」
「どうだか。健吾もこっちに来て」
と言うわけで双葉ちゃん以外の当事者は集まった訳だけども。どうするんだこれ。一様に皆そう思っているのか誰も口火を切らない。そして最初に口火を切ったのは健吾君だった。
「凛さんは僕の両親にはどう伝えるつもりですか?」
「私?私は特に何も言うつもりはないわ。それが二人の答えなんでしょ?」
「そうですね。特に葉さんには伝わらない方がいいかと思います。ご協力願えませんでしょうか?」
凛は不満そうにしながらも、分かったと口にした。僕はキチンと話をした方が良いと思うのだが……。それよりもこの諸星という男についてだ。葉さんは諸星の演技を買っている。しかし、中身はこう言う男だ。また何かをしでかす可能性だってある。事務所にとってそれはリスクになる可能性もある。葉さんがこの事を聞いたら確実にクビになるだろう。それを分かっていて葉さんには黙ってて欲しいと言っているのだろう。それが分かってしまうから余計に腹が立つ。
「凛、本当に言うつもりはないのか?」
家に帰ってから凛に再び問う。
「私からは言うことはないと思う。でも健吾から話すのなら私はそれを止めることはしない」
「諸星がこのまま事務所に居座ってもいいのか?」
「それは……でもなんて言うの?観客に手を出したって言うの?」
「それはそうなんだけども……。そうだ。凛に手を出そうとしたとかそういう話に出来ないのかな?娘に手を出す様なやつは追放、みたいな」
「母さんがそのくらいで手放すとは思えないけど。でも相談するなら谷口の方だろうね。自分の息子の責任は取ると言うと思うし。でもあの体調でそんなことを聞いたらどうなるのか……。それこそ知らない方がいいかも知れないわね」
僕達は結局、何もする事ができない。そう思っていたんだけども。




