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【第二十話】

「溝口先輩。台本は読んできました?」

「バッチリ。でもなんで私がこの舞台に出演する事になったの?知ってる?」

「よく分からないけども母さんの考えがあってのことって聞いてます」

「あ、やっぱり樋口葉さんって凛のお母さんだったんだ」

「あれ?言ってませんでしたっけ?」

「一応初耳かな」

 溝口さんには事務所から連絡が行ったらしくて、その事を凛に連絡して来たらしい。例の大御所が来ると言うのも知っていて、気合十分といった雰囲気だ。「凛、それにしてもその大御所ってどんな人なの?」

「大きな事務所の部長さん。主にヘッドハンティングをしてるのよ。母さん、健吾の演技を評価してるから万が一ヘッドハンティングされたら断れなくなるでしょ?だから健吾を降板させたがってるんだと思う」

 なるほど。大御所の誘いを断れば色々と面倒な事になりそうだ。

 

 そして、いよいよ舞台の初演が始まった。僕は自分の役が上手くできたのか分からなかったけども、舞台袖に下がった時に先輩役者に何も言われなかったところを見ると及第点、といったところかも知れない。なんにしても、この後の登場回も上手くやらないと。

「なあ、凛、その部長さんってどこにいる人?」

「中段の席に茶色い着物着てる人いるでしょ?あの人」

 大御所は着物を着ている。そのままの雰囲気で心の中で少し笑ってしまった。

 舞台が終わり、皆が楽屋に戻って行くと途中で、その大御所に声をかけられた。最初自分の事か分からなくてスルーしそうになったけども凛に叩かれて振り向いた。

「はい。どのような御用件でしょうか?」

「主役を演じていた谷口健吾くん、呼んできてくれるかな?」

 よし、計画通り!と思ったのだが、健吾君と一緒に溝口さんも呼んできてくれるか?と追加で言われて嫌な予感がしたんだよね。結果、その予感の通りになってしまったのだけれど。

「おめでとう!溝口さん!」

 大御所のお眼鏡に適ったのは溝口さん。健吾君は引き続き頑張ってほしいと声を掛けただけだった。

「葉さん、溝口さんが事務所を離れるのは構わないんですか?と言うよりも、なんで最初から出演させなかったんですか?」

 正直なところ、理由はなんとなく分かる。今日、大御所に声を掛けられるくらいの演技が出来ていた、と言うことは溝口さんが居なければヘッドハントされていたのは健吾君だった可能性が高い。自分の中で芸能界を引退させたい気持ちと、スターダムに登らせたい気持ちとが葛藤していたんだろう。

「溝口さんはね。最初から今の事務所に居るような役者じゃ無かったのよ。だから正面切ってオーディションで勝ち取って欲しかったの。それに……」

「健吾さんが指名される可能性も考えてしまった。ですか?」

「よく分かるのね。だから私は健吾を降板させたかった。でも声がけされてしまって、今すぐに役者を辞めると事務所の印象が悪くなるからそれも出来なくなってしまったけど」

「健吾さんには役者を続けて貰うんですか?」

「そうするしかないでしょう?事務所の他の役者に影響が出たらそれこそ一大事だし」

 予想通りの展開になってくれたようだ。諸星君も無事に事務所を移ることが出来たようだし。三木谷ちゃんとはどうなったのかな。今度聞いみよう。と、ここまでは良いけども、一番大事な双葉ちゃんと健吾君の子供の問題だ。このタイミングで葉さんに話すのが良いのか?僕は健吾君の父親、谷口さんに意見を求めるべく病院に向かったのだけれど、先約がいた。

「健吾のこと、どうしますか?」

「どうもこうも。役者をやらせるんだろ?」

 先約は葉さん。この場面で一気に話をつけるのが良いのか。思案していたら背中を凛に押されて病室につんのめりながら入ってしまった。

「あら。新田さん。今日はお見舞いに?」

 僕はベッドの上に座る谷口さんに目線でどうするのか意見を求めた。それに対して谷口さんはゆっくりと頷いてきた。

「母さん、ちょっと大事な話があるんだけども、落ち着いて聞いてくれる?」

 口火を切ったのは凛から。

「健吾君に子供ができた」

 葉さんは何があったのか分からないといった感じの顔をしている。そりゃそうだ。いきなり子供が出来たなんて言われてもね。当の本人が来てる訳でもないし。

「誰と?」

 少しの間を置いて葉さんは口を開いた。女子高生と。と答えるのが正解なのか、相手の名前、小野寺双葉とだけいうのが正解なのか。

「母さん、落ち着いて聞いてほしんだけどもいい?」

「何さっきから」

「健吾の相手は高校生なんだよ」

 答えたのは谷口さんだった。

「なに?高校生って。まさか健吾とその高校生の間に子供が出来たって言いたいの?」

「話の通りだよ。凛、名前はなんと言ったかな」

「小野寺双葉さんです」

 葉さんはしばらく目線を泳がせた後にため息をついてからこう言った。

「相手の女子高生はなんて言ってるの?産むの?」

「はい。健吾さんもそのつもりらしいです」

 葉さんは再びため息をついてから電話を取り出して誰かに電話をかけ始めた。

「もしもし。はい。樋口です。例の件ですが。はい。はい。そうです。お受け致しますので、今度健吾を連れてご挨拶に伺います。はい。それでは後日」

 そう言って通話を切り、電話をカバンに仕舞った後に膝の上で手を組んで静かに話し始めた。

「先方の親御さんは?」

「まだです。双子の姉に若葉さんと言う人も居るんですが、そちらにもまだ話してない状況です」

「そう」

 三度目のため息。どうするのか。固唾を飲んで見守っていたら葉さんが口を開いた。

「健吾にテレビ出演の依頼が来てたんだけども受けさせることにしたわ。ただし、自分から状況を先方のプロデューサーに伝えて、それでも採用されるのか確認をしてもらう。健吾が無職にならないと良いわね」

 どこか他人事のような聞こえ方だったけども、舞台は用意してくれたようだ。僕達はその事を健吾君に伝えると、色々とすみません、と謝られた後に、明日、小野寺さんの両親に会いに行くと伝えられた。

「大丈夫なの?」

「いつかは分かる事ですし。それに万が一を考えるとそろそろ限界ですので」

 万が一。考えたくはないけどもそういう事だろう。僕は先に若葉ちゃんに話しておいた方が良いと伝えて電話を切ったけども……。すぐに若葉ちゃんから僕に連絡が入った。

「あの。この後、いつもの珈琲店にいいですか?」

 時刻は午後の十八時。高校生的にはどうなんだろうと思ったが、話の内容が内容だけに会って話をした方が良いと判断して了承した。

「新田先輩はどこまで聞いてるんですか?」

「概ねのことは相手の男から聞いてる。若葉ちゃんはさっき聞いたばかり?」

「はい。詳しくは新田先輩に聞いて欲しいって言われまして……」

 まぁ、賢明な判断だろう。今は双葉ちゃんとどうするのか話し合ってもらう時間があった方が良い。僕は相手の谷口健吾という男について色々と話した。

「手を出したのは双葉だけなんですよね?」

 僕が「観客の」と言ったからだろう。正直、その辺は僕には分からないので、凛に水を向けると、私が話すのか、と言った顔をしたけども話し始めた。

「どうだろう。でも責任を取るって言ってるんだから、その辺の男とは違うのかなって思うけどね」

 それはそうだと思う。相手が女子高生となれば尚更だ。父親になる覚悟をしてるのはなかなかの事だと思う。

「若葉ちゃんはご両親はなんて言うと思う?」

「まずは頭を抱えると思います。それで二人の意見を聞いてから……残念ですけども受け入れてくれないんじゃ無いかと思います」

 そういう親御さんなのか。でも普通に考えて舞台役者、というよりも芸能の世界に身を置く収入の不安定な相手に娘をやるのは避けたいと考えるのも分かる。

「若葉ちゃんはどう思うの?」

「私ですか?難しいですね……。相手の男が逃げてないのは評価しますけども、私たちはまだ高校生ですし……」

「まだ想像出来ないよね。僕と凛は本人たちの決めたことに対して最大限のフォローをするって思ってる。相手の谷口健吾君、次の仕事もきちんと決まってるから」

「私の方もそうするつもりだから。でも安心してなんて言えないから、その辺は二人でどうにかしてもらうしか無いかな」

 無責任に大丈夫とは言えないし、凛の返事が妥当だろう。

「事情はわかりました。明日は私も同席しますので。場所はこの珈琲店にしても良いですか?新田先輩たちにも来てもらいたいんです」

 正直なところ、巻き込まれた感があって微妙な気もしたけど、事実だし乗り掛かった船だし、最後まで面倒を見ることにしよう、と思って承諾した。

 

「あの二人、どうなるとおもう?」

 家に帰って凛が晩御飯を作りながら聞いてくる。この質問の答えは一つしかない。

「本人たち次第かな。僕達はフォローこそ出来るけど、実際の行動は本人たちしか出来ないから」

「そうよねぇ。勘当されたりしないかな」

「娘を勘当する親はなかなかいないんじゃないかな流石に。でも分かんないなぁ。若葉ちゃんの反応だと、厳し目の親御さんみたいだし。なるようにしかならないから僕達はフォローに徹するしかないと思うよ」

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