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【第十八話】

 家に帰ってから一人部屋で転がって今日のことを凛に話すべきか考えていたらインターホンが鳴った。そしてモニターには意外な人物が立っていた。

「夜分にすみません。近藤です」

「近藤さん。どうしたんですか?」

 どうしたもこうしたも舞台の主役の座を追われたんだ。その件に決まってるだろうけども、なんで僕のところに来たのか。とにかく、部屋に、と思ったが凛が来たら混乱すると思って、珈琲店に移動した。

「あ、要介先輩こんばんは」

 三木谷ちゃんに、そちらは?と聞かれると思ったので、手でそれを遮って席に案内だけしてもらった。

「すみません。お時間を頂戴してしまいまして」

「いえ。大丈夫です。それでお話とは?」

「はい。ご存知かと思いますが、僕は件の舞台から降板した。いや。させられたんですけど、樋口さんに頼まれませんでしたか?」

「樋口葉さん、の方ですか?」

「あ、すみません。そうです」

「頼まれました。一体どう言うことなんですか?」

「簡単に申し上げると、谷口さんは息子を芸能界に入れたがっていて、樋口さんはそれに反対している。今回僕はそれに巻き込まれたってことですかね。あ、新田さんも巻き込まれてますね。すみません」

「事情は分かったんですけども、これは凛には内緒にしておいた方が良いのですか?」

「そうですね。知らない方が良いと思いますし。これからすることはお世辞にも良いことではないので」

「手段、もう決まってるんですか?」

「はい」

 それは本当に芸能界の闇を見たような内容だった。下手をしたら谷口健吾自身の人生が台無しになる可能性だってある。そこまでして芸能界から足を洗わせたいのか。そんな世界に実の娘が居ても良いのか。この計画は自分が動かなければ何も起きない。裏を返せば芸能界に今回の舞台以外は、なんの接点もない自分に全てを背負わせてる、と言うことになるが。さて……。

 

「いらっしゃいませー。って、なんだ要介先輩ですか」

「なんだとはなんだ。誰か来るのを待ってたのか?」

「そうなんですよ。この前見たお芝居の主人公様が最近このお店に来てくれてるんですよ」

「へぇ。なんだっけ名前」

「諸星さんです!かっこいいですよねー」

「そこでなんで僕の顔を見るんだ」

「別に〜。はーい、一名様ご案内〜」

 僕の知らないところで計画はもう進んでいるようだ。谷口健吾の後釜に据えるのは、その諸星隆。前回の主役を演じていたし反対する人も少ないだろう。僕が今回やることは交際相手を作らせること。なんでも事務所の意向で交際相手を作ることを禁止されているとのことで。そこで言われたのが「あなたの知り合いにその相手をして欲しい」ということだった。ターゲットは小野寺双葉。

 最初、その名前が出てきた時は心底驚いたが、もっと驚いたのが小野寺双葉が僕に好意を寄せていたことまで知っていたことだ。だから僕が指名されたと言うわけだ。正直、今のところこの計画には僕は加担する気はない。なんでそんなことに双葉ちゃんを巻き込まなければならないのか。

 なんにしても双葉ちゃんには計画をぶちまけちゃった方が良いと思って僕は翌日に双葉ちゃんを珈琲店に呼び出したのだが……。

「新田先輩、お久しぶりです。こちらは……」

「谷口さんですよね。よく知ってますよ」

 これは予想外だ。なんで双葉ちゃんと谷口健吾が一緒にいるんだ。僕が混乱していたら双葉ちゃんがこう切り出した。

「実は新田先輩に相談がありまして」

「ん?」

「私、谷口さんとお付き合いすることになったんですけども、谷口さんの事務所、彼女とか作るの禁止なんですよ。それでどうやって隠せばいいのか、と思いまして」

 どうしてこうなった。目論見は既に達成されてるじゃないか。僕がこれを世に出せばミッションコンプリート。隠すのを手伝えば話が拗れる可能性があるけど……。僕が選んだのは後者。でも、これだけは聞いておきたい。なぜ双葉ちゃんと谷口健吾が付き合うようになったのか。なんの接点もない二人がなぜ。今上演中の演劇に谷口健吾は出演していない。

「双葉ちゃんは谷口さんとどこで知り合ったの?」

「それは僕からの回答でいいですか?実は双葉さんが街で困ってるところに遭遇しまして。ナンパです。それを僕が助けた訳でして。その後に少し話をしてみたら意気投合してしまいまして」

 なんというベタな。そんなことって有り得るのか。谷口さんがナンパを仕掛けた可能性まで勘繰ってしまった。

「でもいいの?ただでさえ禁止されてるのに高校生だよ?バレたら事務所契約の解約だけじゃ済まないかも知れないよ?」

「覚悟の上です」

 何が谷口健吾をそうさせているのか謎だったけども、次の双葉ちゃんの言葉で納得せざるを得なかった。

「私、谷口さんの子供が……」

「え?ってことは随分前から付き合って?」

「いや……それが……」

 ここで凛の言葉が頭をよぎる。谷口のやつは出演者にちょっかいを出して云々。これは息子もそうなのか。僕は大きく息を吐いてから双葉ちゃんに念の為の確認をした。

「一応の確認だけども産むの?」

「はい。多分高校は退学することになると思いますけども……」

「このこと若葉ちゃんは知ってるの?」

「まだ知りません。知っているのは、ここにいる三人だけです」

 またとんでもないことに巻き込まれたな。隠し通さなければ谷口健吾は路頭に迷う。ましてや女子高生を妊娠させたとなったら警察沙汰になりかねない。

「参ったな……。実はさ……」

 僕は今回の樋口葉、凛の母親から託されたミッションについて説明した。それを聞いた谷口健吾は元からそうするつもりだった、と返答してきた。その上での相談とのことだ。これで谷口健吾から諸星くんへの主役交代は成功するけども、このことを凛が知ったら……。そう思うと胃が痛くなった。

 僕は家に帰って今回のことについて、今後どうするか考えた。順当な流れだと、谷口健吾の父親に相談をする。子供が関わることだからお互いの両親には話をすべきだと思うからだ。そうすると凛の母親にも話すことになる訳で。あー、もう!なんでこんなことに!

「洋介、いるー?」

 ドアの向こうから凛の呼ぶ声がした。居留守を決め込みたかったけども、予想外に玄関ドアの鍵が開いて凛が入ってきた。

「なんだ。居るんじゃん。返事してよ」

「ってかなんで鍵持ってるの」

「へへ。作っちゃった」

「作っちゃった、じゃねぇよ。ストーカーか」

「あ、後ろめたいことでもあるんだ?」

「ないけど。こりゃ一緒に住んだほうが家賃安上がりになるんじゃないのか?」

「それはそれで私のプライベートの空間が……どうせ三万円で安いし」

 鍵を作られて僕のプライベート空間の結界は無くなったけどね。

「それはそうとさ。なんか悩んでるでしょ。なにかな〜。私にも分かることかな〜。あ、若葉ちゃんのこととか?また依頼でもされたの?」

「依頼の時に来たのは双葉ちゃんな」

「そっか。そうだった。若葉ちゃんと神谷君ってうまくやってるのかな。何か聞いてる?」

「いや。最近は三木谷ちゃんのところにも来てないみたいだし」

「そりゃ、かつての想い人のところには行かないでしょ。で?悩みってなに?」

 これは話すべきか隠すべきか。必死に考えていたらスマホから着信音が鳴った。僕が着信相手を見るより先に凛がスマホを取って電話に出てしまった。

「はいはーい。健吾君どうしたの?え?いるよ?代わる?」

 代わる?じゃなくてさ。最初から僕宛の電話だし。

「今、凛さんと一緒なんですね。もう話したんですか?」

「話してないけど。ちょっと今その話は……」

「んー?なんの話のことかなー?」

 電話から漏れ聞こえる声に凛が反応してくる。

「凛さんには僕も相談しようと思っていたので大丈夫です」

 いや、一番大丈夫じゃない人でしょ。立場的にも性格的にも。

「なになに?なんの話なの?相談って??」

「谷口君、僕から話してもいいなら説明しておくから、明日いつもの珈琲店でいい?」

「はい。わかりました。よろしくお願いします」

 大きなため息を吐きながら通話終了ボタンをタップした。

「なんかかなり重めの話みたいだけど?私が聞いてもいい感じなの?」

「遅かれ早かれ耳に入りそうだし、元々凛には相談するつもりだったらしいから、話しておくわ。まぁ、絶対にびっくりすることだから大声出すなよ」

「ん。分かった」

 内心、ワクワクしてるんだろうなぁ、と思いつつも僕は結果から先に話し始めた。

「谷口健吾君と小野寺双葉ちゃんに子供が出来た」

「なにそれ、めっちゃ可愛い子が産まれそう!」

 そこに食いつくのかよ。

「いや、そう言う話じゃなくてさ。事務所的にも警察的にもマズイでしょ」

「うーん。事務所は確かに厳しいと思うけど、警察は合意の上であれば大丈夫なんじゃないの?よく分からんけど。で?産むって?」

「そう。だから、これからどうしようって話になってる」

「うーん。理想は仕事クビにならない様にして子供を安定的に産むことかな」

「それが出来れば苦労しないっての……。それともなにか手段でもあるの?」

「あそこの事務所、禁止って言ってる割に緩いから。私が知ってるだけも数人彼氏彼女が居るもん。今回のもなんとかなるって」

「そんな楽観的な。もしクビになったらどうやって育てるのさ」

「それくらいの覚悟ないと、こんなことにならないでしょ。それが二人の答えなら。それよりも谷口と母さんがなんて言うかなぁ。母さんは健吾が芸能界にいることが嫌みたいだし。辞めさせた後になにか仕事でもあるからそんなこと言ってるんじゃないかな」

「なんだよ。それ知ってるのかよ」

「一応、娘だし。聞いてる。でもなんでこんなに回りくどいことしてるんだろ。素直に言って降板させれば良いのに」

「本人が納得しないからじゃないの?よく分からんが」

「うーん。多分だけど、谷口がそれを望んでないからじゃないかな。それでやむにやまれぬ事情を作って降板って考えたんじゃないの?母さんの考えそうな事だし」

 ったく。この親子は……。なんてクダを巻いてても仕方がない。僕の立場からなら芸能界引退後の話を樋口葉、凛の母親から聞けるだろう。

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