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【第十五話】

「すまないね。急に声を掛けたりして」

「いえ。それより私に用事ってなんですか?」

「君に私の舞台に出て貰いたくてね。声をかけさせて頂いた」

「舞台ですか?」

 最近はなんだか舞台に人気だな。それにしても素人の僕にこんな事を言ってくるこの人は一体何者なんだ。

「ああ、申し訳ない。私はこう言うものでして……」

 手渡された名刺には谷口瞬と書かれている。肩書きは舞台演出家とも。僕は思わず息を飲んだ。例の谷口なのか。これは確認しなければならない。

「あの、もしかして『未来から来た君を愛した僕は』の演出をされた方ですか?」

「おお。あなたも舞台がお好きなのですか?それは私が演出をさせて頂いた舞台です。ご覧に?」

「あ、いや。その……友人がですね……」

「いや、でも知っていてもらえて嬉しいですよ。あの作品は思い入れがありましてね」

「失礼ですが、伺っても?」

 興味があった。ただそれだけだった。

「実は娘が出ることになっていたんだがね……」

「え?」

 まさか。いや、そんなわけは。

「いや、家庭の事情ですまない。娘が舞台直前になって出たくないと言い始めましてね……。脚本の修正と代役を急遽探すのに大変だったんだよ」

「そう、なんですね」

 凛は演出家であるこの谷口に降板させられた、と言っていた。しかし、谷口は凛が自分で降板したいと言ってきたと言っている。どちらが真実なのか。凛に聞けば分かるかも知れないけど、目の前の男が父親って知ってるってなんて伝えれば良いんだ。スカウトされたから?しかし、この娘って言うのが凛という確証はない。ここで、本田涼子の名前を出すのは簡単だ。しかし、舞台を見に行っていない僕が知っていると話すには少々無理がある。どんな関係なのか聞かれる可能性が高い。その時、僕はなんて答えればいい?

「それで、舞台に出てみる気はないかな?」

「あ、それです。なんで私なんですか?完全な素人ですよ?経験といえば小学校のお遊戯会しかないですよ?」

「それが良いのです。舞台初心者の役柄ですから。通常パートもあるにはありますが、それは少々の練習で、あとは私に任せて頂ければ」

 正直、興味はあった。凛のいた世界。そこはどんな世界なのか。

「少し、考えさせて貰っても良いですか?いつまでに回答すればよろしいでしょうか?」

「急な話で申し訳ないけれど、来週中には」

「わかりました」

 わかりましたって言ったもののどうすっかなぁ。凛になんて言えば良いのかなぁ。谷口演出の舞台に出ないかって言われた。素直に伝えるか?でもなんで断らなかったの!って怒られそうな気がする。

 

「洋介、何か隠し事してるでしょ」

 家に帰って凛と夕食をとってるときに急に言われて、ついびっくりしてしまった。

「ほらやっぱり。何を隠してるのかな?」

「なんで隠し事してるって分かったの?」

「私の顔をチラチラ見てきてたから。洋介、自分が思ってるよりも解りやすいタイプよ?」

「そうなのか」

 凛には隠し事できないな。怖い怖い。でもこうなったら言うしかないか。

「今日、例の谷口に舞台に出ないかって言われた」

「はい?なんで?」

「それは僕が聞きたいことなんだけどさ。なんか素人の役柄をやって欲しいって」

「なにそれ。それって一番難しい役柄なんじゃないの?」

「僕もそう思ったんだけどね。なんかすごい出て欲しいみたいな感じで言われた」

 僕はそう言って今日貰った名刺を差し出した。

「どうやらホンモノのようね。ついにあいつは狂ったのか……」

 あいつ。谷口の話が本当で、凛の父親だとしたら。なんであいつ呼ばわりなのか。家庭の事情に首を突っ込むのはどうかと思うけど、気になって仕方がない。

「凛のお父さんってどんな人なの?」

「なに?急に」

「いや、お母さんは凛を女優にしたくて養成所にも通わせてるとか言ってたじゃない?」

「そう言ってた割に養成所の月謝は私が払ってるけどね。と、父親の話だっけ?聞きたい?」

「ん?まぁ。どんな人なのかなって。お母さんと同じく凛を女優にしたがってたのかなって」

「あいつはなぁ……」

 ここでもあいつ呼ばわりか。やっぱり谷口って言うのは父親なのだろうか。

「言いたくなければいいよ?」

「いや、聞いて。ってか喋る。ほんっと最低でさ。手当たり次第に手を出すようなやつでさ。お母さんが私を孕っても関心を示さずで。結婚もしないで手切れ金だけで済ませたようなやつ。信じられなくない?」

「いや、それはないな。ってか、お母さんも女優だったの?」

「ただの舞台観客よ。観客にも手を出すって最低じゃない?あーもう!話してて腹が立ってきた!洋介!手を出して!」

「ほい。何すんの……って!痛い痛い!」

 凛が両手で僕の右手を思いっきり握ってきた。殴られるよりもマシだけども痛いものは痛い。

「はー、スッキリした」

「僕の手は……」

「いいじゃない。そのくらい。私がその話を聞いた時の心の傷に比べたら軽いものよ」

 しかし、あの谷口はそんなことをする様な人には思えなかった。でも話の流れ的にそうなるんだよなぁ。

「凛はさ。まだ女優になりたいって思ってるの?」

「それねー。ちょっと考え中。仮に有名になっても過去の降板事件が表に出て来て、みたいな?」

「お天気お姉さんのこと?」

「そそ。スクープ!未成年泥酔!お天気キャスター降板!みたいな」

「随分な有名人だな」

「どうせやるならそのくらいの意気込みがないとね。で?洋介はやるの?素人役」

「どうしようかなぁ」

 例の谷口が気になる。やってみて全然話にならなければそれはそれで良いのかなぁ。

「そうだ。凛も一緒に出てみるとかどうよ。僕もその方が安心できるんだけども」

「谷口の舞台?いやいや勘弁してよ。絶対に嫌」

「そんなに嫌なのか。ってか、あの舞台も谷口の演出だったんでしょ?なんで出演することになってたの?そんなに嫌ってるんならオーディションとかも受けないでしょ」

「最初は違ったの。でも途中から演出家の交代とかで谷口が出て来てさ。最悪の形で……」

 あ、口を滑らしたな。降板させられたって言ってたけども、やっぱり自分から降板したのか。

「凛はなんでそんなに谷口のことが嫌いなの?」

「簡単な話。お母さんの結婚相手、私のこと連れ子でも良いって結婚したのに、仕事一筋で家のことをなにもしない人でさ。その事でお母さんとよく喧嘩してたの。私はお母さんの味方だから、そういうのが許せなくて」

「自分から降板した」

「はぁー。口滑らせちゃったなぁ。でもそう。そういうこと。あの時の私の演技、なかなかだったでしょ?」

 確かに騙された。完膚なきにまで騙された。でも……。

「泥酔してお天気お姉さんも降板させられたのは計算外?そのお母さんの悲願だったんでしょ?」

 これ。今の話を聞いて気になったこと。お母さんの味方ならお天気お姉さんの降板はさぞかし痛い事だったのだろうと思うけど、本人はそんな素振りを示さなかったし。

「それはねー……。言わなきゃダメ?」

「いや、言いたくないなら言わなくても良いけども」

「そこは聞きたいって言うところでしょ」

 なんだ。聞いて貰いたいのか。と言うわけで「やっぱり聞きたい」と答えた。

「私のお母さんが学校を休ませてまで養成所やらオーディションやらを受けさせてたのは知ってるわよね?私も最初は学校サボれるし、あの時は女優になる夢ってステキだなぁって思ってたから。自分の意思でそうしてたの。でも大学生になってからはなんか違うなぁって思ってさ。なんていうの?やらされてる感っていうの?いつまで経っても私はお母さんの手のひらで転がされてるような気がしてきてね。正直、お天気お姉さんを降板してスッキリしてるの」

「養成所はどうするの?」

「お金も勿体ないから来月から退所しようかと思ってる。普通の大学生。って、今でも普通の大学生か」

 凛はそう言ってるけど、気丈に喋っているのが伝わってくる。本当は悔しいのかな。

「兎に角。谷口の舞台には出るつもりはないから、洋介は一人で頑張りなさい。あ、練習相手くらいにはなってあげても良いわよ」

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