【第十二話】
「ってな訳で、どこに行きたい?」
正直、言い出しっぺだし自分が行きたいところに連れて行くべき何だろうけども、ここは本人達の意見を尊重したい。
「私、遊園地に行きたいです」
最初に口を開いたのは小野寺さん。ここから遊園地って都心ど真ん中のあそこしかない。
「異論あるヒトいる?」
と、凛を見てみたら、もうスマホでその遊園地のサイトを開いていたので賛成、で良いみたいだ。
「神谷君もそれでいい?」
「えっと。これってやっぱり一緒に行くべきなんですよね?」
ちょっと神谷君?キミが主役だよ?君が来ないと事の収拾がつかないよ?
「そうです。一緒に来て下さい」
小野寺さんがそう言うと、頭を軽く掻きながら三木谷ちゃんも承諾したようで、僕の方を見てきた。
「それじゃ、行きますか」
と。電車に乗って目的地に向かう途中も神谷君の隣は譲れないとばかりに小野寺さんは神谷君の隣に陣取っていた。それを見て三木谷ちゃんはやれやれと言った顔をしている。
「ねぇ。三木谷ちゃんは今回の件、どう思ってるの?」
三木谷ちゃんの耳元で小さな声で聞いてみた。正直答えに困るかなと思ったんだけども案外あっさりと答えは返ってきた。
「悪くはないですよ?だって私の事を好きって言ってくれるヒトがいるってことでしょ?」
まだ好きとか直接言ってきてないけどな。でもまぁ、神谷君の一連の行動を見れば明らかか。
その会話に聞き耳を立てていた凛は喜々としてこう言った。
「なんかステキよねー。青春って感じ。でも神谷君も優柔不断よねー」
いや、かき混ぜた本人がなにを言ってるんだ。ってか、この短い時間で選ぶもなにも無いだろうに。僕は思わず大きなため息をついてしまった。
「あの。新田さんは今回の件、どう思いますか?」
あえてみんなに聞こえる声で神谷君は僕に聞いてきた。正直、僕も巻き込まれた側の人間だから君と同じような感想だよ?と思いながらも質問の回答をした。
「いきなり言われても困るよねぇ。でも二人の女の子から好意を寄せられるのは悪い気はしないでしょ?」
ここで否定されたらどうしようかと思ったけども、「そうですか」となんとも曖昧な反応ではあるけども「迷惑している」という回答でなくて一安心と言うところか。
「ここの遊園地って入場料とか要らないのがいい!」
凛は一人で盛り上がっている。そして初手ゲーセン。遊園地関係ないじゃん……。そして選んだゲームがクレーンゲーム。ますます持って遊園地関係ないし、神谷君もどうすれば良いのか困ってるじゃん。
「神谷君もやってみれば?何か欲しいものある?」
と聞いてみたら、小さなぬいぐるみにチェーンが付いたものが山ほど積まれたものを選んでプレイし始めた。三回勝負。で、二個獲得。なかなかの戦績ではないか。しかし、そんなものを取ってどうするのかと思いきや、神谷君は三木谷ちゃんと小野寺さんにそれぞれ、それを手渡した。えー、神谷君、それはどういうことなの……。二人共に気になるとかそういうやつなの。その傍らで凛がお菓子のタワーを崩そうと躍起になっている。もう三回目だし、素直にその金額でお菓子を買った方が安いのでは?と思ったけども、ゲームだから楽しいのかな、と思って手伝いに行った。
「そ。そこをもうちょっと奥に。そうそう。その辺!」
このままだといつまで経ってもクレーンゲームに張り付きそうな凛をサポートしてなんとか戦利品を得ることで次のゲームというかアトラクションというか。どっちでも良いんだけども兎に角クレーンゲームから引き離すことには成功した。
「新田さんはなんで樋口さんと付き合う事になったんですか?」
またややこしい事を聞くな。
「あー。そうねぇ。あ、小学校の時に同じ塾に通っててさ。成人式の日に再開して、それから諸々あって付き合う事になった感じかな。だから僕は誰かを選ぶとかそういう経験はないかな」
「そうですか。なんかすみません。こんなことに巻き込んでしまって」
仕方がない。僕の彼女が悪い。
「神谷君は今のところ、どっちが良いとかあるの?」
面倒なので、結論を急いでみた。しかし、帰ってきた答えは、決めかねてると同時にどちらかを選ぶ必要があるのかという大人の回答だった。ここで選ばないという選択肢まで考えているとはね。僕にしたら勿体ないと思うけども。三木谷ちゃんも小野寺さんもそれなりに可愛いし。
「ねね、何の話?神谷君、もうどっちか決めたとか?」
凛がすかさず会話に参加してきた。ほんとコイツは……。
「いや、神谷君は大人だなぁ、って話してたところ。ってか凛が余計な事するから拗れてるんだぞ。反省しなさい」
てへ。じゃないわ、まったく。
結局、いくつかの乗り物を乗ったんだけど、神谷君の隣の席には小野寺さんが陣取って終始何かを話しかけていた。あのアウトレットパークでの小野寺さんとはまるで別人だ。
「別人……。まさかなぁ」
「なになに。なにか思いついたの?」
独り言を凛がすかさずキャッチして来た。
「いやさ。小野寺さんの変貌っぷりはあの日の本人とは思えないんだよね。もしかしたら双子とかそういう可能性もあるのかなって思ってさ」
そう言うなり凛は神谷君に小野寺さんが双子なのかどうかと耳打ちした。
「そうですね。学校では結構有名な感じです。全く見分けがつかないとかで」
まじかー。そういうことなのかー。でもなんでそれなら買い物に今日とは別の小野寺さんが来たのだろうか。謎だ。それと。
「神谷君はその双子の見分けはつくの?」
「いえ。正直全くつかないです。髪型がちょっと違ったりしてるんで、その日は分かっても翌日になるとどっちがどっちだか、という感じです。なので、今日の小野寺さんがどっちなのか全く」
「なるほどね」
これは本人に聞くのが一番手っ取り早いな。ついでに買い物の理由も聞いてみよう。
「そうですね。あの日、買い物に付き合って貰ったのは双葉のほうです。私は若葉です」
「なんで入れ替わったの?」
「双葉は男の子慣れしてないので、それの練習も兼ねて、と思いまして」
「それじゃあ、双葉さんの方は神谷君のことをなにも思ってないってことでいい?」
「うーん……。どうでしょう。双子と言ってもその辺の話はあまりしないので」
なんにしてもここで双子が登場したら神谷君は困るどころか大混乱だろうな。なんて思ってた時代の僕がいました。
「どうしてこうなった」
あの遊園地から帰ってきて翌週。行きつけの珈琲店には双子の小野寺さん、双葉さんと若葉さんが揃って来店。凛は目を白黒させて僕と小野寺さんを交互に見てきた。
「なになに⁉どういうこと?分身でもしたの?」
「んなわけあるか。双子だよ。で、遊園地に来たのは……」
「来たのは?」
「うーん。どっちか分からんが若葉ちゃんってほう。アウトレットパークに買い物に来たのが双葉ちゃんって方なんだけども……。今日はどっちがどっちなのか分からんな」
しかし、今日は何の用事でここに来ているのか。神谷君が来るのを待っているのか。ってか、あんなことがあっても神谷君はこの珈琲店に来るのだろうか。いや、来るんだろうなぁ。なんたって三木谷ちゃんがいるんだもんな。
僕は凜の恋愛物語を片耳で聞きながら、小野寺姉妹の話しにも耳を傾けた。
「ねぇ若葉、本当に何も言ってなかったの?」
「言ってない。でも今になって考えたら言っておいた方が良かったかなぁ」
良かったかなぁ、じゃないわ全く。こちらは振り回されっぱなしだ。でも今の会話でどっちが若葉ちゃんなのか分かったぞ。髪留めをしている方が若葉ちゃん。遊園地に一緒に来た方。もとい、神谷君の事が大好きな方。双葉ちゃんだっけな。もう一人の方は神谷君のことをどう思ってるのかな。恋愛の話はあまりしないって言ってたから、そういう話をするのか聞き耳を立てていると凛が僕の頬をつねってきた。
「男子が女子の話に聞き耳立てないの」
「だって気にならない?」
「超気になるから、さっきから私も聞き耳立ててる」
「なんだよ。お互い様じゃん。で、どう思う?双葉ちゃんも神谷君のこと、好きとかになったら」
「大混乱よねぇ。双葉ちゃんに若葉ちゃん、そして三木谷ちゃんの三人でバトルロワイヤル。燃えてくるわよね」
やっぱりコイツは……。
「あ。神谷君来た」
マジか。この状況で来店するとかこっちもどんだけ三木谷ちゃんのことが好きなんだ。入り口の窓から小野寺姉妹が見えたはずなんだが。三木谷ちゃんが席に案内した後に僕達の方を見て「助けて」という視線を送ってくる。しかし、すまんな。僕達にはどうすることも出来ないんだ。ってか、なに。そもそも何を助ければいいの。なんて思っていたら僕達の席に神谷君がやって来た。
「あの、相席いいですか?」
僕がどうすんのこれ、と凛を見たら満面の笑みで「どうぞ」って言ってるし。神谷君もそれに従って僕の隣に座るし。会話に困るな。
「と、とりあえず注文したら?」
小野寺姉妹の視線が痛い。具体的にいうと目線が合っている若葉ちゃんの。双葉ちゃんは僕の席からは顔が見えないからどんな表情をしているのか分からない。神谷君はメニュー表を見ながら呼び出しベルを押して三木谷ちゃんを呼び出す。この時間は大概が三木谷ちゃんが注文を取りに来る。それを分かっててこの時間に来ている可能性が高い。弱ストーカーの気配。
「ご注文はお決まりでしょうか」
三木谷ちゃんが注文をとりに来た。至って平静を装っているが、目線がちらほら僕の方に飛んでくる。「助けてください」とでも言っているようだ。そうしているうちもメニューから注文を選んで三木谷ちゃんにそれを伝える。それと。今日も用意していたのか手紙を手渡そうとしている。いや、流石に受け取らんだろうと僕がため息を吐いたら「呆れた受け取れ」とでも受け取ったのか、三木谷ちゃんはそれを受け取ってポケットに仕舞った。マジか。
「なんて書いてあったの?」
「リベンジですかね。今度はちゃんと時間も書きました」
デートの申し込みってことか。僕はその様子を見ていたであろう若葉ちゃんに目線を向けたら、無言で立ち上がってこちらにやって来た。
「あの、相席良いですか?」
ウッソでしょ。
「ええ、こちらにどうぞ」
って凛!
「ありがとうございます」
そうしてまたややこしいことに。凛は一体どうしたいのか。今度徹底的に問い詰めてやろう。が、ここはとりあえず若葉ちゃんの用件を聞くことにしよう。
「えっと、若葉ちゃん、で良いんだよね?」
「え?よく分かりましたね。みんな見分けがつかないって言ってるのに」
会話を盗み聞きしてましたとは言えずに答えに窮していたら、凛があっさりさっきの話をきいてた、と白状してしまった。
「ってことは私が神谷君にどちらの小野寺なのか認識されていないのもご承知、と言うことでしょうか」
あ、そうだ。そう言うことになる。肝心の神谷君の方を見たら、案の定どうしたら良いのかって僕に助けを求めて来ている。知らんよ全く。ってか、本当に分からん。原因を作った凛に言ってくれ。
「で。神谷君は若葉ちゃんと三木谷ちゃんのどちらがお好みなので?」
凛がまた困る質問をしている。しかも、神谷君の注文の品を三木谷ちゃんが持って来たタイミングで。三木谷ちゃんは「これは聞いてた方がいいんですか?」って表情を僕に向けてるけども。神谷君次第だから僕は分からん。
「僕は三木谷ちゃんのことが気になってます」
ほう。
「私は!神谷君の事が気になってます!」
若葉ちゃんも負けじと主張している。それを満足そうに見つめる凛。トレンディードラマじゃないんだぞ。こんな展開、身近で起きたら面倒に決まってる。
「よし。こうしよう。今週末まで神谷君には考えてもらう。それで土曜日に駅前に三木谷ちゃん、ここに若葉ちゃんに居てもらうから気になる方のもとに来てくれ」
だって、これは神谷君が決めないと話が進まないでしょ。拗らせる前にハッキリさせるべきだと思うし。
「分かりました」
お。素直だ。もう心に決めてるから決断が早かったのかな?なんにしても、この場での混乱は避けられた。神谷君、もうお帰り。その方が事が荒立たずに済むから。と思ったのに一向に帰る気配がない。小野寺さんは姉妹揃ってトイレに行ってしまったし。
「凛、あまりかき混ぜるのはやめない?」
「別にかき混ぜてないわよ。実際、ことがスムーズに運んだわけじゃない?」
それをやったのは僕だけどね!と、視線の片隅に小野寺姉妹が帰って来たのが見えた。
「ん?髪留めは?」
「え?なになに?」
「あ、いや。さっき若葉ちゃんが髪留め着けてたんだけど、外しちゃったみたいでどっちがどっちだか分からなくなった」
「ふむ。神谷君は引っ込み思案な小野寺さんと積極的な小野寺さん。この二人から選んでって言われたらどっち?」
だー、もう。なんでそんなにややこしい事を言い始めるんだ凛は!
「そうですね」
神谷君も答えるのかよ!ここで双葉ちゃんが好みとか言ったら更にややこしい事になるけども!完全に凛は楽しんでるな……。
「正直なところ、見た目は嫌いじゃないです。性格は……そうですね……」
見た目はオーケーなんだー。まぁ、あの容姿だし?一度着飾った小野寺さん見てるし?容姿が原因で断る男子はいないと思うけど。ここまで来たら僕も気になってくるじゃないか。
「正直に答えてもいいんですか?」
ここで嘘を言っても仕方ないじゃないですか。僕が頷くと神谷君は……。
「おとなしい、というよりいつも学校で見ている小野寺さんの方が良いですかね」
なにそれ。若葉ちゃんでも双葉ちゃんでも構わないって答えてになってない?大丈夫?学校では区別がつかないって言われてるんでしょ?
「いつもの私ですか……」
どちらか分からないけど、今の受け答えは「若葉ちゃん」かな?マジでクイズかな?さっさと答えを出してみよう。
「君が若葉ちゃんでオーケー?」
「わ。本当になんでわかるんですか⁉︎」
当たり。今のは話の流れからわかるでしょう。凛を見たらすごい!みたいな顔してるけど。
「正直、あの日は無理してたんですよね。躍起になってたというか。無理してました。三木谷ちゃんに取られちゃうんじゃないかって思いまして」
本当の性格はあの日の若葉じゃないです、と言いたいのだろうか。策士か。そして話を続ける。
「それに双葉は新田さんの事が気になってるって言ってましたし」
「ちょ、ちょっと若葉!」
慌てふためく双葉ちゃん、ちょっと可愛い。でも本当なのそれ。僕にも火の粉が飛んできたわよ?
「さあ、面白い事になって来ました!双葉ちゃんは私から洋介を奪えるのか!」
実況してるんじゃねぇよ。お前が当事者だ。
「で?洋介はどう思ってるの?今度からはハッキリ言ってくれるんでしょ?」
言ったけども。今ここで言うの?恥ずかしい。非常に恥ずかしい。「僕は凛のことが好きです」ってここで言うのか?ってか、それはつまり双葉ちゃんを振ることになるけども。そんなあっさり終わる恋って良いのか?
「ねえ、どうなの?」
凛が催促をしてくる。まぁ、仕方がない。
「双葉ちゃん。物凄く申し訳ないんだけど、僕には凛がいるから、その……」
「その?」
凛が僕の顔を真面目に見てくる。ここまで来たら腹を括るか。
「僕は凛が好きなんだ。だから双葉ちゃんの気持ちには応えられないかな」
「へぇー。洋介は私のことが好きなんだ。ふーん」
にやにやしている。そんなに嬉しいのか。よし、今度からちゃんと言う事にしよう。そんな風に思ってしまったけども、目の前の双葉ちゃんには悪いことをしたな。
「大丈夫です。知ってましたし。問題ないです」
気丈に話してるのが丸わかりで心がチクチクする。そんなところを神谷君は見ていて口を開いた。
「やっぱりちゃんと応えた方が良いですよね。分かりました。土曜日にハッキリさせます」
そう言って、神谷君は自分の分のお代を置いて先に珈琲店を後にした。
「はぁー……疲れた……。若葉ちゃんもこれで良かった?」
「はい」
なんか不満そうな顔をしているけども、選ぶのは神谷君だしね。仕方がないね。




