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【第十話】

「指名が入った」

 凛から夜になって連絡が入った。明日の夕方にライブハウスに一緒に行って欲しいという女の子からの注文とのことだ。最初から異性はハードルが高いだろうからという相澤さんからのメッセージ付きだったそうだ。


「と言うわけで行ってきます」

 翌日の授業が終わって家に帰った凛が再び僕の前に現れた姿は、いつぞやのお天気お姉さんだった。

「あれ」

「なに?ああ、この格好?流石にいつもの私で行くわけにはいかないと思って。バレることもないでしょ?所詮はローカル局のお天気お姉さんだし」

 そうなんだけど、なんか嫌な予感がして、それは見事に的中してしまった。

 舞台上のバンドマンが凛もとい本田涼子のファンだったらしく舞台上から声をかけて観客に紹介してしまったというのだ。

「もー。大変だったんだから。一緒に行った女の子に迷惑かけちゃった。今度からはいつもの格好で行くことにする」

「養成所にはどっちの格好で行ってるの?」

「本田涼子で通ってるんだからそっちの格好に決まってるじゃない」

 それもそうか。

「そういえば、バイト先に養成所の先輩が居るって言ってたじゃない?バレるとなんかマズイの?」

「んー。マズイというよりも……バレたら養成所退所させられるんじゃないかしら。彼女、受けてる仕事が沢山あるから。契約上そうなってもおかしくないかなぁ。あ、私はもう事務所からも解雇されてるから問題ないわよ」

 例の未成年飲酒事件で事務所も解雇されていたのか。最初にお酒を飲み始めたのは自分なだけに責任を感じてしまう。それにしても、そんなリスクを犯してまで、今回のバイトをしている理由はなんなのだろうか。

 

「お。今度は僕の番みたいだ」

 晩御飯を食べながら話をしていたら店長さんから指名の連絡が入った。内容はアウトレットパークへの買い物に付き合って欲しい、だった。

「一人ショッピングってそんなにハードル高いか?」

「そんなことはないと思うけど、見立てでもして欲しいんじゃない?」

「ふむ……。そういうのはアリなのかな。何もしないんじゃないのか?」

「会話くらいはするって言ってたから、似合う?って言われたら返事が必要でしょう?」

「なるほど」

「いつ?」

「明日のお昼過ぎからかな。そっちは?」

「んー。養成所は夕方からだから暇かな。しっかりしてきなよ」

 気合いを入れるような仕事じゃないけども、最初は流石に緊張するものだ。午前中に着ていくものを決めたり見立てをして欲しいと言われた時の返事について考えたり。正直なところ女性の買い物相手なんて初めてだ。

「あ。昨日相手が女性って言い忘れてたな」

 と。凛に連絡してみたら、別に気にしないわよ、と返事が返ってきた。そんなに気にならないものだろか。逆の立場だったら少しは気になるけどな。などと少し思ったりもしたけど仕事は仕事。受けたものはキチンとこなさなければ。

 

「あの。新田さん、で合ってますか?」

 駅前で待ち合わせ時間の十分前に到着したら先に待っていた女性に声をかけられた。

「あ、はい。そうです。その……、今日は宜しくお願いします」

「あ、いえ!こちらがお願いしたことなので!宜しくお願いします」

 妙に畏まられてしまったが、お客さんも初めてなのだろうか。聞いてみたかったが、基本的にはこちらからは「何もしない」というポリシーのバイトだから言葉を飲み込んだら向こうから自己紹介と共に求める回答があった。

「私、小野寺と言います。こういうのは初めてなので……、ご迷惑お掛けしてしまったらすみません」

「いえ、大丈夫ですよ。小野寺さんですね。私は新田洋介と申します。今日は宜しくお願いします」

 二回目の挨拶なのにそれに対しても慌てた様子で返事を返してくる小野寺さん。真面目な人なんだな、と一目で分かる感じだ。

「今日はアウトレットパークに一緒に行く、で良いですか?」

「はい。なんだかああいう場所って一人で行くのはなんか気が引けて……」

 そんなものなのだろうか。買い物なんて一人で出来ると思うけど。と思っていたら次の言葉で理由が分かった。

「私、店員さんに声を掛けられるのが苦手でして……。というよりもあまり人と話す事が苦手でして……。だから、今日はご迷惑をおかけするかも知れません」

「大丈夫ですよ。基本的にこちらからアクションすることはありませんので、気になさらないで下さい。あ、でも会話は問題ないですよ」

 人と話すことが苦手。なるほど一人で買い物に行くと店員さんに絡まれるのが辛い、というやつか。少し分かる。あれ、鬱陶しい。欲しいものは自分で決めるし、店員さんを呼ぶのは裾上げとかその辺だけでいい。

 小野寺さんは目的地に向かう途中、僕に何か話しかけようとしてはやめて、を繰り返していたので、耐えかねてこちらから話しかけることにした。

「何かお話しましょうか」

「え?あ、はい。あの、一つお伺いしたいことがありまして……。新田さんって彼女さんとかいるんですか?」

「え?あ、はい。いますよ」

「こういうの、反対されなかったですか?」

「最初、僕もそう思って女性とのお仕事って断りを入れたら問題ないって返ってきて、ちょっと寂しい感じですね」

「そ、そうなんですか。彼氏ってどうやって作れば良いんでしょうか?やっぱり沢山お話しないといけないものでしょうか?」

「うーん。確かに相手を知るには、お話をするのは大事だと思うけど、態度だけでもなんとなくどんな人か分かると思いますよ。誰か気になる人とか居るんですか?」

「えと……。はい。高校の同級生なんですけども……」

 え。ちょっと待って小野寺さん高校生だったの。てっきり大人っぽいから僕と同い年かへたしたら歳上かもとか思ってたのに。僕は思わず声に出してしまった。

「高校生なんです⁉︎ちょっとびっくりしました」

「よくそう言われます。やっぱり変ですよね。私みたいな人が同級生を好きになるなんて」

「そういうのに変も何も無いと思いますよ。むしろ大人びていて相手の好みって事もあり得るかと思いますよ」

 小野寺さんは平均的には可愛い、の部類だと思う。内向きな性格が全面に押し出されたファッションにヘアスタイルで損をしているような気がする。普段の凛のように。そう考えたら小野寺さんのことを身近に感じるようになってきた。

「その人、どんな人なんです?同じクラスとか?」

「はい。あ、でも二年生の頃は同じクラスだったんですけど、今度の三年生になったら分からないですけど……」

 二度目のびっくり。高校二年生だったのか。この人は歳を取っても容姿が変わらない部類の人だろうな。学生時代は大人びている。歳を取ったら童顔に見られる。そんな感じだろう。

「バレンタインとかどうしてたの?」

「え!そんなの!絶対に無理です!あ、でも、三石君は何人かに声を掛けられていたみたいで……」

 モテモテの男の子なのか。これは少し難しいかも知れないな。競争率が高いようだし。

「で?彼女ができた様子はないの?」

「それはないみたいなんですけど……」

「気になることがあるの?」

「行きつけの珈琲店があるみたいで、放課後になるといつもそのお店に行って読書をしているんです。あ!跡をつけたとかそういうのじゃ……」

「気になるんでしょ?変なことじゃないよ」

 正直、ストーカーじみた行為だけども、ここで否定するのは可哀想というかなんというか。しかし、あの辺で珈琲店って三木谷ちゃんがバイトしているところくらいなんだよな。で、聞いてみたら案の定というわけで。

「あのお店に好きな人がいたらどうしよう、と思ったら不安で」

「ふむ……。もしかしてだけど、今日はその辺を考えてイメチェンするためにアウトレットパークに?」

「え⁉︎なんで分かったんですか⁉︎」

 なんとなくだけど。言ってみたら正解だったようで。まぁ、今日の目的が分かったのは良いことだ。

「で、美人系と可愛い系のどちらにするの?小野寺さんならどちらでも似合うような気がしますよ」

「そんな!美人とか可愛いなんて……」

「そんな事ないですよ。本心で言ってますよ。初対面で嘘をつくのはアレですし」

「そう、ですか。新田さんはどちらが良いと思いますか?」

 高校生のお小遣いを考えたら両方というのは厳しそうだ。選ぶ。どちらだろうなぁ。顔的には可愛い系だけども大人っぽいから美人系のファッションも捨てがたい。

「正直難しい。両方とも似合いそうだから。これはお店に行ってから決めようか」

 と、ここまで話をして打ち解けたかと思ったら、これ以上の話は膨らまず。電車に揺られて最寄駅まで到着。ここからは巡回バスに乗ってアウトレットパークに。

「うわ。ここ大きいね。お店が沢山ありすぎて迷うやつだ」

「そうなんです。だから一人で来るのが不安で……。で、ネットを検索したら新田さんみたいなサービスがあるのを知りまして」

 正直なところ、僕のバイトにお金を投入するなら洋服を多く買ったほうが良いのでは?と思うところもあったが、それが出来ないから頼んでるんだよな。真面目に考えなくては。

「どこか気になるお店ってある?」

 フリフリフリ。顔を振って何もないことをアピールされた。何もしない人はお店選びもしないはずなんだが……。このままだと時間が流れるだけなので、歩きながら適当なお店を選んで入った。ワンブランド店というよりもセレクトショップ系のお店だ。

「えっと」

 お店に入ったのは良いけども、入り口で固まってしまっている小野寺さん。そこからかー。そこからなのかー。これは一人できてお店の人に声を掛けられたら流石に厳しいだろうなー。ちょっと先が思いやられる。

「小野寺さん。ちょっとこっちに。この辺とかどう?」

 白のシャツに分厚目のカーディガン風セーター。それにタータンチェックのロングスカート。肌を極力出さない方向で攻めてみる。暖かいだろうし実用的。値段もそんなに高くない。全部で一万円くらいだ。

「小野寺さん?」

「そういうの、靴はスニーカーとかじゃダメですよね」

 今日の小野寺さんのファッションはジーンズにタートルネックセーター、多分学校指定と思しきピーコート。スニーカーも正直、気合が入っている。

「ダメじゃないと思うけど……そうだな、若干ヒールのついたブーツとかハイカットスニーカーの方が似合うかも知れない。あ、でもそのコート、学校指定のやつ?」

「はい。そうです」

 うーん。これは予算が必要な気がするぞ。コートにブーツまで考えると全部で三万円はみないと厳しい。先に予算を聞いておいた方がいいかな、と考えていたら小野寺さんから予算は四万円と返ってきた。わお、思ったよりも予算がある。なんでももらったお年玉とか使う宛がなくて貯まってしまっていたらしい。

「それだけあればアウトレットパークだし、良い感じのものが揃うかもね」

 最初は見立てくらいの相談を受ける程度のつもりだったのに、すっかり僕がコーディネートを考える役になってしまった。でも、ここまできたら付き合うか、と思って楽しむことにした。基本のセットアップはさっきの組合せで後はコートとブーツか……。

「何か好みの色とかある?」

「好みの色ですか?」

「そう。普段着てる服はどんな色が多いの?」

 なんとなく想像がつくけども一応聞いておく。で。返ってきたのが案の定のダーク系。上着はトレーナーが多いらしい。

「ふむ……トレーナーもオーバーサイズとか着れば可愛く見えたりするから、そういうのも選ぶ?」

「えっと……」

 あ、これは違うんだな。いつもと違う方向性にしたいらしい。なんか小野寺さんは話さなくても反応でなんとなく会話が出来る人らしい。もしかしたら僕が特殊なのかも知れないけれども。

 

「ふいー。疲れたな。ちょっと休憩しようか」

 コクン、と頷く小野寺さん。お昼の時間だし昼食を……。

「あ……」

 そう言って僕の後ろに隠れる小野寺さん。

「え?なになに?どうしたの?」

「珈琲店の店員さん……」

 小野寺さんの目線の先には……。

「あれ。三木谷ちゃんだ」

「お知り合いなんですか⁉︎」

「え?あ、まぁ。高校時代の後輩で。小野寺さんも知ってるの?ってか、珈琲店ってもしかして」

 もしかしてもなにも。三木谷ちゃんを見知っているということはそういうことなのだろう。しかし、恋敵が三木谷ちゃんとは……。一応、三木谷ちゃんも可愛い系だから勝負は出来ると思うけど、性格が真逆だな。オープン系な三木谷ちゃんにクローズ系な小野寺さん。その目的の彼氏はどちらが好みなのか。

「声、かける?」

 フリフリフリ!全力で断られた。まぁ、僕も仕事中だしマズイか。どうも仕事というよりも友人の買い物に付き合ってるみたいな感覚になってしまう。僕達は三木谷ちゃんが通り過ぎるのを確認してからパスタ店に入って昼食をとった。それにしても三木谷ちゃんは一人で来たのかな。なんか誰かを探してるような感じだったけども。

「あ、あの……」

「ん?」

「さっきの人のこと、聞いてもいいですか?」

「良いけども。なに?」

「あの人、彼氏さんとかいるんですか?」

 いやにストレートだな。こういう時はもっと遠回しに言ってくるかと思ってたのに。しかし、どうだろうな。この前まで凛と付き合う前は僕が押せば落ちるような感じだったけども。

「正確には分からないけど、多分いないんじゃないかな。そういうのをみたことがないし」

「そうなんですね!」

 分かり易い。完全にライバル視してる感じか。ここまで性格が違うと選ぶ方も簡単に決めてしまいそうな気もするけど……。話の流れ的にその彼氏くんは三木谷ちゃんが目当てで珈琲店に行ってる可能性が高い。その事を伝えるかどうかと思っていたら、彼氏がいないという情報がよっぽど嬉しかったのか、伝えることが出来なかった。

 結局、アウトレットパークでは僕の見立てたコーディネートをそのまま購入して集合場所の駅で別れたわけだけど。

「洋介、おかえり。どうだった?」

 小野寺さんと別れて家に帰ろうと振り向いたら、目の前に凛がいたものだからビックリしてしまった。

「なんだ?やっぱり心配だったのか?」

「相手の女の子がね。ちゃんとサポート出来た?

「出来た、と思う。結局、僕の見立てた服をそのまま買ってたし」

「それはセンスが問われるわね……」

「僕のファッションセンスがそんなに信用できないのかな?」

「うーん……。正直」

 がっくり。そんな風に見えるのか。今日のファッションもおかしいのか?ってか。チノパンにダウンジャケットという出たちでファッションセンスも何もないような気がするけども。その事を凛に聞いてみたら、髪型が、との事で鏡を渡された。

「うーん。これ、変?」

「もうちょっとこう……」

 ワックスで散らした髪の毛をコネコネして髪型を変えられる。

「よしっと。こんな感じ?」

「おー。雰囲気出てる」

「ヘアメイクさん、男性の髪型も触ってるのを見てて。こういうのいいなー、と思って」

 なるほど。プロの目からのことなら間違いがない。今度からこんな感じにしよう。

「と、そうだ。今日の女の子、なんと高校二年生でさ」

「うっそ。あれで?本当に⁉︎」

「ホントホント。んでさ、好きな人いてその人のために服を買いに行きたかったっていうオーダーだったみたい」

「みたい?」

「そ。最初は店員さんに声をかけられるのが苦手って話だったんだけども、途中でそんな話になってさ。なんと驚きだったのが、その彼氏さんがもしかしたら三木谷ちゃんの事が好きな可能性があってだな……」

「言ったの?それ」

「いや。三木谷ちゃんいには彼氏が居ないよって言ったらすごい嬉しそうな顔されてさ。言えなかった。それにまだ分からないじゃん?」

「うーん。なんか見てた感じだと三木谷ちゃんと全然違うタイプのような」

「ん?」

「なに?」

「見てた?もしかして付いてきてたの?」

「あ」

「あ、じゃなくて。そんなに心配なら最初から言ってくれれば断ったのに」

「信用していない訳じゃないんだけど……ちょっと興味があって?」

「まぁ、良いけども。で?僕の見立てたファッションセンスはどうだった?」

「良いんじゃない?彼女の雰囲気に合ってたと思うし。それにしてもその恋路の結果が気になるなぁ」

 確かに気になる。でもクライアントの情報はわからないし。三木谷ちゃんに聞けば何かわかるかな?

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