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【第一話】

 成人式。それは僕にとってあまり良い思い出にはならないと思っていた。なにせ中学から私立校に進学したものだから地元の友人達とは疎遠になっていたからだ。顔はなんとなく見たことがあっても、元々影の薄かった自分には向こうが気が付かない。それなのに。

「洋介君、来てたんだ」

「えっと……」

 いきなり声を掛けられて挙動不審な人間になってしまった。この子は誰だったか。思い出せない。僕の名前を知ってるってことは知人であることは間違いない。

「忘れちゃった?」

 やっぱり向こうは僕の事をよく覚えているようだ。僕は頭をフル回転させて記憶を辿る。

「あっ!」

「やっと思い出してくれた?」

「同じ塾の……」

 と、ここまでは思い出したけども名前が出てこない。確かに子のことは塾の帰りに同じバスだったから一緒に何度か帰ったことはあったはずだ。でも名前で呼び合うほどの仲の良さではなかったような気がする。

「流石に覚えていないかな。私は樋口凛。思い出せない?」

 樋口……樋口……。うーん。顔は出て来たけども名前までハッキリと思い出せない。

「すまん。顔は思い出した。塾で一緒だった……」

「そう‼その樋口で合ってる!」

 樋口さんは振り袖をヒラヒラさせながら両手を合わせて嬉しそうにしている。

「ね、この中で洋介君の知り合いって居るの?私は居るには居るんだけれど、中学から私立でしょ?話しかけるような近しい友人が居なくって。そこで洋介君を見つけたから声かけちゃった」

 週に何回か、それも帰り道でたまに一緒になる程度の頻度だった僕の方が近しい友人ではないような気もしたけど、この広い成人式会場で自分の事を知ってくれている人が居たことは少し嬉しい。

「そうか。正直僕は樋口さんのこと、ハッキリと覚えてなくて悪いけども、なんか共通の人が見つかって良かったよ」

「それより、ね、この着物どうかな?」

 そう言って樋口さんは身体を半身左右に振りながら振り袖を右に左にと振って見せた。

「似合ってる、と思う」

 と、僕は素直な感想を述べたけども、それだけでは不満だったようで頬を少し膨らましていた。

「綺麗とか可愛い、とかないの?」

 樋口さんは平均からしたら可愛い方だし、実際に自分もそう思うんだけど、数年ぶりに会って「可愛いね」とか言う勇気は僕には無かった。

「ま、良いんだけどね」

 樋口さんは一応納得したようで、それ以上の追求はしてこなかった。そして身体をくるりと回して会場の方へ歩き始めてしまった。僕はやはり彼女の通過点の一つに過ぎない存在だったようだ。

「成人式、来ない方が良かったかなぁ」

 軽く天を仰いで小さな声でそう呟いていたら樋口さんが足を止めて再び僕の方を見てきた。まだ何か用事があるのだろうか。

「なにしてるの?一緒に行こうよ」

「ん?ああ」

 どうやら僕の事を待っていたようだ。何にしても、たった一人の成人式にならなそうで良かったと思うと同時に、樋口さんは何故僕に声を掛けてきたのか気になる瞬間だった。

 

「はー……。成人式ってもっとぱぁッとしてて楽しいものかと思ってたのに。学校の朝礼みたいだった。がっかり」

 成人式は地元出身の政治家やらのお偉いさんの話があって、軽い余興があった程度で確かにつまらなかった。しかもこの市のロゴが入った電卓なんて貰ってなにに使えば良いのか分からない。

「ま、でも一応の区切りというか思い出にはなったじゃないか」

 何にもないと思っていた僕には樋口さんと出会ったという時点で何か特別な感じがしたので素直にそう言った。

「なに?私との再会がそんなに嬉しかった?ん?正直に言ってみ?」

「ん……。ま、まぁ、そんなとこ」

 僕たちは成人式の後にボリューミーで有名な珈琲店に入って昼食を摂っていた。振り袖をまくり上げてカツサンドにかじり付く樋口さんの様子がおかしくて思わず笑みがこぼれた。

「ふー……。食べた食べた。で?洋介君はこの後どうするの?」

「ん?ああ。このまま家に帰ろうと思ってた」

「振り袖の可愛い女の子を置いて?」

 自分で可愛いとか言っちゃうその性格、うろ覚えながらもそんな性格だったなと思って再び笑みがこぼれてしまって、樋口さんはすかさずにその表情を逃さなかった。

「ね。このままどこかに出掛けようよ。折角振り袖レンタルしたんだからもっと色々なところで写真とか撮りたい。付き合ってよ」

「別に良いけど……。どこに行きたいの?」

「うーん。まずは神社にお詣りして近所のかき氷屋で真冬のかき氷を食べて……」

「真冬のかき氷ってなに?」

「ん?真夏に行くと大混雑してるから」

「それだけ?」

 僕は行く理由を聞いたのだけれど、樋口さんは行くとろが「それだけ」と捉えたようで、あーでもない、こーでもないとヒトリゴトを言っていた。

「よし!神社に行ってかき氷を食べたら電車で移動だ!それじゃ、ここのお会計は洋介君持ちってことでいい?」

「なんでそうなるの」

「いいじゃない。なにも無くって寂しく終わる成人式が、少しは華やいだでしょ?それにこのレンタル振り袖、結構な値段してさ。お財布がちょっと寂しいんだよね」

 僕は軽くため息をついてから伝票を持ってレジに向かった。

「あれ?」

「ん?」

 レジに立っていたのは中高同じ学校で部活の後輩だった三木谷さんだった。

「なに?洋介先輩。デートですか?」

 会計をしながら小さな声で僕に聞いてくる。

「いや、成人式の会場で偶然な。成り行きでこうなってる」

「あ、そうですよね。それにしても先輩ももう二十歳かぁ。お酒飲めるじゃないですか」

「そうだな。飲み会の予定はないけどな」

「部活とかサークル入ってないんですか?」

「なにも」

 そんな会話をしながら会計を進めて居たら、後ろから樋口さんがヒョコッと顔を出してきた。

「ん?ねぇ。知り合い?彼女?」

「いや。高校時代の後輩」

「そですね。先輩ですね。この後どこかに行くなら私も合流して良いですか?バイト、あと三十分で終わるので」

 断る理由は無いから「いいよ」と言った後に樋口さんが少しつまらなそうな顔をしていて、もしかして僕の事が気になって居るのだろうか、と気持ちを勘ぐってしまった。

 

「ね。さっきのレジの子とはどんな関係だったの?」

 神社の境内でそんなことを聞いてきた。

「中高バドミントン部やっててさ。その後輩。大学は別のところに行ったから、本当に合うのは久しぶりかな」

「でも、あそこでバイトしてるってことは家が近かったの?」

「僕がこの辺に引っ越してきたからかな。実家から出てみたくて」

「あ、洋介君は一人暮らしなんだ」

「一応」

 一人暮らしに一応って何なのかよく分からない返事をしたけども、変な勘ぐりをされてしまった。

「一応ってことは、彼女とか居るの?それだとこうして私とデートしてたら不味かったりする?もしかして予定あった?」

「彼女も居ないし、予定もなかったから別に構わないよ」

 僕は正直にそう答えたけども、なにか疑うような口調で「そう?」と返事が返ってきた。

「本当に居ないし」

「でも好きな人とか居るんでしょ?」

 そう言われて少し考えてみたけども特段の人物が頭に浮かぶことはなく。

「うーん……本当にいないなぁ。大学で部活とかサークル何もやってないから出会いがない」

「バイト先とかは?」

「バイトやってない」

「うっそ。ほんと⁉︎遊ぶお金とか欲しいもの買ったりどうしてるの?まさか親からの仕送りとか?」

「まぁ。豪華な食事とか取らなければ質素な生活なら事足りてる感じ。このスーツも大学の入学式の時に買ってもらったものだし」

 実際そんなものである。仕送りで家賃の他に五万円貰ってるけども、それで事足りてしまう。アパートの家賃は親戚の持ち物ってことで三万円で借りてるし。それがあるから一人暮らしを許してくれたのがある。

「ま、その辺の詮索はこれくらいにしておいてあげよう。で?彼女とかいたことあるの?」

「全然詮索終わってないじゃん……」

「どうなの?」

「さっきの後輩」

「え?元カノ?元カノだったのあの子。気まずーい」

「話は最後まで聞けよ。三木谷ちゃんとは結構仲が良くてさ。周りから付き合ってるんじゃないかー、とか言われてたくらいだ。中身はそれ以上でも以下でもない中の良い友達って感じだったんだけどな」

「んー?男女に友情はないって言わない?」

「そんなこと言ったら樋口さんと今の僕はなんなのさ」

「成人式の帰りにデートするくらいの仲?それともアレ?私と付き合ってみたいとか?」

 樋口さんはいちいち話が飛躍する。話していてちょっと疲れるタイプかも知れないけど、何もないと思っていた成人式に花が添えられたようで、そんなのも悪くないなとか思ってしまった。

「樋口さんはどうなの?彼氏とか」

「私?いたらこんなにのんびりしてないわよ。着物見せびらかしに行くと思うし。だから見せびらかす相手がいて本当に良かったわ」

 樋口さんはそう言って少し遠くに寂しげな視線を飛ばしていた。彼氏に振られたりしたのかな。それで僕を見つけて。

「なんか無理してない?」

「私?なんで?」

「いや。なんとなく」

「うん。本当は無理してる。この着物も一緒に選んだんだけどさ。なんてないことで喧嘩してそれっきり。でもさ、なんで分かったの?私、そんなに寂しいオーラ出してた?」

「だからなんとなくだって。あ、三木谷ちゃんが来たぞ。良いのか?」

「何が?」

「仲直り、しないのか?するなら今日とかチャンスだと思うけど」

「そう思ったんだけどね……。さっきの会場でもう別の女の子と一緒にいたから」

「そうなのか。なんか悪いな」

「別に洋介くんが悪いわけじゃないじゃない。気にしないで」

 なんだかんだ言っても、そんなのを見せつけられたらへこむよな。僕は慰め役。そんなところかな。

「なんですか?この空気」

 三木谷ちゃんがひょこひょこ歩いてきて僕らの顔を不思議そうに見ている。

「あー。そのな……」

「えー。私が彼氏にフラれたって話を洋介くんに聞いてもらってました!」

「え?え?」

 話の展開に三木谷ちゃんはついて行けるはずもなく。僕がかいつまんで説明してあげた。

「ひどい彼氏もいるもんですね。こんな美人をフってすぐに彼女作るとか。私だったらワンパン入れちゃうかもですよ」

「三木谷ちゃんだっけ?強いわねぇ。私もそのくらい出来たらスッキリ出来たのかなぁ。正直なところ未練たらたらなのよね」

「なんなら今からワンパン入れにいきましょうか?」

「いいわよもう。諦める事にしたから。それじゃ!この話はお終い!神社行こ!」

 僕達は萎れた話もそこそこに目的地の神社に向かった

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