勘違いのように思えるけど本当の話
近くに“フジミ”公園という名前の公園がある。子供の頃、私はその意味を“不死身”公園だと勘違いしていた。それで
「不死身の公園ってどういう意味だろう? 死体を埋めたら生き返るとか?」
などと本気で不思議に思っていた。
幸いにも誰かにそれを言って恥をかく前に自分で気が付いた。“フジミ”が“富士見”と書くことを。
私が子供の頃には既にその公園からは富士山は見えなかったのだが、その昔は富士山が見えていたのじゃないか。恐らくは、それが名前の由来だろう。
まぁ、こんな勘違いなんてきっと誰にでもある事なのだろうと思う。ただ、彼女の場合はそれが酷かった…… 酷かったというか、それが勘違いである事を何故か認めようとしないのだ。
彼女とはつい最近、犬の散歩の途中で知り合ったのだけど、そこがちょうど例の富士見公園の近くだったものだから、私は笑い話として自分の“不死身公園”のエピソードを彼女に語ったのだ。
私としては自虐ネタのつもりで、それによって和やかな雰囲気をつくるのと同時に知り合ったばかりの彼女に、“自分は我が強いタイプではない”と伝える狙いもあった。
「……余計な恥をかかなくて良かったわ」
ところが、私がそう話を締めると、彼女は目を剥いて、
「何を言っているの? “不死身”公園で合っているわよ。この公園は本当はそう書くのよ」
などとのたまって来たのだった。
――いやいやいや
と、私は思う。
不死身公園なんて大胆で尖った名前を付けるほど、この地域の人達はアバンギャルドではないだろう。そもそも看板にだってちゃんと“富士見公園”と書かれてあるのだ。
ただ、そう思いはしたが、知り合ったばかりということもあって、私は特にそれに反対しなかった。そして、その変な空気を変える為に、私は話題を変えようとこう言った。
「勘違いって言ったら、 “月極駐車場”を月極さんって人の駐車場だとずっと思っていた知り合いがいるのよ。その人は大恥をかいたって言っていたわ」
が、それにも彼女はこう返すのだった。
「何を言っているの? それもそれで合っているわよ。月極駐車場は月極さんの駐車場よ。少なくともこの辺りの駐車場はみんなそうよ」
んー
と、それを聞いて私は思う。
冗談を言っている口調ではない。どうにも彼女は反発したがり屋さんのようだ。まぁ、基本的には悪い人ではないのだろうけど、ちょっと変わっている。
それで私は
“自分から話をするのが難しいのなら、相手に話させてそれにこっちから合わせよう”
と、考え、それから
「へぇ、面白いわね。他にも“勘違いのように思えるけど本当の話”ってあったりするの?」
なんて尋ねたのだ。
すると彼女は「あるわよ」と見事にそれに乗ってきた。
「ペンタゴンってあるでしょう?」
「ああ、あのアメリカのやつ?」
確か、アメリカ国防総省の事だったはずだ。
「そう。それ。でも、ペンタゴンって本当は怪獣の名前なのよ。何十年間に一度、蘇ると言われているわ」
――流石にこれは冗談だろう。
それを聞いて私はそう思った。
そしてそれから私は、それで今までの話も全部冗談だろうと考えたのだ。時々、真顔で冗談を言うタイプの人がいるが、きっと彼女もそんな一人なのだろう。
だから
「へぇ、面白いわねぇ」
と、それに返した。こうなったら冗談に付き合ってやれと思って。彼女はそれですっかり気を良くした。お陰でその後は楽しくお喋りができた。できたのだけど……
ある日の事だ。
夜分に富士見公園の前を通りかかった私は異様な気配に気が付いた。見ると、誰かが公園の中で穴を掘っている。
――なんだ?
私が不思議に思っていると、同じ様にそれを見ていたお婆さんがこんな事を言った。
「おや、またあれをやっている人がいるよ。誰を生き返そうっていうのかねぇ? あんまり良くない事なのにねぇ」
――え?
と、私は思う。
「生き返すって?」
そう尋ねるとお婆さんは、
「おや? 知らないのかい? あの公園に死体を埋めると生き返るのさ。だから、この公園は不死身公園って呼ばれているのさ」
「え? でも、看板には富士見公園って」
「ああ、それは後付けだよ。不死身公園じゃあんまりだから、表向きはそうしているのさ。そもそも、この公園から富士山なんて見えないだろう?」
私はそれを聞いて大きく目を見開いた。まさか、あの話が本当だったなんて……
ショックを受けている私の目に月極駐車場が入った。そこから出て来た恐らくは利用者だろう人がこんな独り言を言った。
「やれやれ、また値上げだよ。月極さんもえげつないなぁ」
月極さん?
私はその言葉に反応する。
「あの、月極さんって……」
それでそうその人に話しかけたのだ。すると、その人はこう教えてくれた。
「うん? ああ、この駐車場の持ち主の月極さんだよ。大地主の」
私は愕然となる。
――月極さんも本当だった?
私はワナワナと震える。
なら、まさか、ペンタゴンも……
その時、大きく地響きがした。
先ほどのお婆さんが言う。
「おお、この地響きは、またあいつが蘇ろうとしているのか!」
少し遠くの森の中。土煙がたっているのが夜中でも分かった。そして、その中心にはとても大きな体の生き物にしか思えない物が。
「やはり、怪獣ペンタゴンだ!」
――お婆さんはそう言った。
私にはその自分の視界に映っている存在が信じられず、ただただそこで立ち尽くしていた。




