恋する乙女達に異能力があった場合
そこはとある高校の科学研究部。
少女達四人がなんだか座っていた。もちろん、彼女達はそこの部員なのだが、一様にやる気が感じられない。非常に気怠そうだ。部室内には、彼女達の腹の底から流れ出て来るような負のオーラが漂っていた。
「……わたし達を残して、友達と買い物に行くとは良い度胸しているじゃないの、サイトーの奴。後で覚えてなさい」
そう言ったのは天野小夜子という名の女生徒だった。ボブカットがよく似合っていて、少しばかり気の強そうな外見をしている。
「まぁ、部活とはいえ、いつもいつも女友達とばかり放課後に過ごしているのも不健全と言えなくもありません。偶には“男”友達と遊ぶのもよろしいかもしれません…… と、言いたいところですが、サボりはサボり。後でお仕置きをすべきですわね」
次に綾小路穂香という名の女生徒が、男友達の“男”の部分をなんだか妙に強調してそう言った。彼女はお嬢様っぽい外見をしている。ただし、本当にお嬢様なのかどうかは不明である。
「下僕としての立ち位置をまったく分かっていないわよね、サイトー君は」
次にそう呟くように言ったのは森由美という女生徒。一見、大人しそうな外見をしているが、一番過激な事を言っている。
彼女達は普段から件のサイトーという男生徒に対して悪態をついているのだが、今日はいつもにも増してそれが酷かった。
どうやらかなり機嫌が悪いようだ。
「ま、ここにいる女全員、サイトー君の事が好きなんだけどね」
そして最後に、佐伯一美という名の女生徒が淡々とそう言う。
その一言で、皆は黙る。
否定はしない。
「ああ、しかし、むかつくわよね、サイトーは。あいつきっとSよドS。こうしてわたし達を放置して楽しんでいるのよ」
しばらく後で、思い出したように再び天野がサイトーの悪口を言い始めた。
「いえいえ、きっとMだと思いますわ。後でお仕置きされるのが楽しみで、私達を置いて男友達と遊びに行ったのだと思います。とんだ変態ですわね」
そう綾小路が続ける。
「サイトー君はきっとロリだと思うな。女の敵…… ううん、人類の敵よ」
と、言ったのは森。
「ま、ここにいる女全員、サイトー君の事が好きなんだけどね」
そして、最後に佐伯がまたそう言う。
しばらくの間。
その妙な空気を破るように天野が言った。
「さっきから、あんたのそれは何なのよ、佐伯!」
否定はしない。
ゆっくりと天野を見やると佐伯は「別に」と言った。それから何を思ったのか、こう続ける。
「そんなにサイトー君が許せないのなら、ちょっと電話をかけてみようか」
そう言ってスマートフォンを取り出すと、彼女は本当に彼に電話をかけてしまった。一同はそれを静かに注視する。
「あっ サイトー君? 大変、こっちの女の子達、サイトー君が勝手に買い物に行っちゃったから、ご機嫌斜めだよ。
……え? うん。埋め合わせをするの? 今度、一緒に買い物に行く? うん。分かった」
そう言って佐伯は電話を切った。
そして「デートの約束を取り付けたわ」と淡々と言う。
それに「はっ」と天野が言った。
「サイトーと一緒に買い物に行くから、何だって言うのよ!」
綾小路が続ける。
「デートと言っても、どうせ、ここにいる四人一緒の買い物になりますしね」
これが本音。
森が付け足すように言う。
「荷物持ちがいるってくらいしかメリットない」
それらを聞き終えると、その流れを受けて滑らかに「じゃ、皆、棄権って事でいいね? わたし一人で行くから」と佐伯は言った。
「ちょっと、待った!」とそれに他の三人。
「何?」
「棄権するとは一言も言ってない」
それを受けると佐伯はにやりと笑った。そして、“そーくるのは分かっていた”と言わんばかりにおもむろにトランプを取り出す。
「それなら、ここは正々堂々トランプで勝負ってのはどう?」
それを聞くと天野も笑った。
「分かったわ。つまり、負けたら、罰ゲームでサイトーとデートしなくちゃならないって事ね。
他の三人は棄権確定」
「いいですわね」とそれに綾小路。「種目は何にします?」
「ババ抜きがいい」と森が声を発する。
一同はそれに「異存なし」と声を揃えた。
そして、そうして、サイトーキョースケとのデートの権利争奪…… もとい、デートの罰ゲームをかけたババ抜き勝負が始まってしまったのだった。
ここでちょっとばかり、説明しておこう!
本当に、本当に唐突だが、実は彼女達にはなんと異能力がある。
まずは、天野小夜子。
彼女はファイヤースターターである。自由自在に着火が可能。
――もっとも、ババ抜き勝負にも恋にもあまり役に立ちそうにはない。
次に綾小路穂香。
彼女は時間を止められる。と言っても、それは本当に時間を止めている訳ではなく、感覚の処理速度を極限にまで高速化し、まるで時間を止めているかのような感覚で観測できるというものだ。名づけるのなら、“時間停止感覚”となるのだろうか。
森由美。
彼女は聴覚が非常に敏感で、集中すればわずかな心臓の鼓動の変化すら聞き逃さない。ババ抜きの際に少しでも緊張すれば、彼女はそれを察する事ができるだろう。もちろん、ババ抜きには超有利である。だからこそ、彼女はババ抜き勝負を提案したのだ。
最後に佐伯一美。
彼女の能力は……
「“地の文”が読めるのよ」
と、そこで彼女は言った。
……ある意味最も凄い能力かもしれない。
「何、いきなりよく分からない独り言を言ってるのよ」
と、それを聞いて天野。
「佐伯って時々、独り言を言うのよねー」
何にせよ、そうしてそれぞれの異能力を用いたババ抜き勝負が始まったのだった。
トランプが配られ、ババ抜きが始まると、まずは探り合いが行われた。
一応断っておくと、彼女達の目的は“負けてサイトーとデートしなくてはらない罰ゲームを受ける事”だから、通常のババ抜きとは逆でジョーカーを手に入れなくてはならない。その為、誰がジョーカーを持っているのか、より見定める必要があるのだ。
そんな彼女達の中で最も早く表情が険しくなったのは綾小路穂香だった。
汗を大量にかき始め、明らかに疲労している。
彼女は心の中でこう呟く。
“おかしいですわね…… ジョーカーがない”
実は彼女はジョーカーだと分かるようにカードにほんの少しの印を付けておいたのだ。注意深く観察しなければ、見つける事はできないだろうが、彼女には“時間停止感覚”がある。それを使えば、容易にジョーカーを識別できるだろう。
が、彼女はジョーカーを見つけられなかったのだった。
彼女の異能を知っている天野と森はそれを不可解に思った。
綾小路が異能を使って来る事は予想通りだったのだが、それは序盤ではなく、終盤に入ってからだろうと考えていたからだ。
“時間停止感覚”は相当に疲労する。序盤で使うのは明らかに不利なのである。最後まで持たない。
やがて、その予想通り、綾小路はすっかりとバテてしまったようだった。「ぜぇぜぇ」と呼吸を乱している。
“ふふ……”と、それを見て森は笑う。
“ラッキーね。なんだか知らないけど、綾小路さんが自滅してくれた。天野ちゃんの能力はババ抜きでは役に立たない。これは勝ったも同然!”
時間が経つとどんどんとカードは減っていった。疲れ切った綾小路はジョーカーを探り当てる事ができず、そのまま一番で上がってしまう。
「くっ…… こんなはずでわ」
と、思わず呟いた。
「あら? 一抜け。羨ましーい」と、それを受けて天野。
「本当」と森が続ける。
佐伯は何も言わなかった。
「………」
冷静に場を見つめている。
最も手強いと思われた綾小路が早々に上がり、自分にとって都合の良い展開になったと喜んだ森だが、実は彼女は少しずつ焦り始めていた。
“どうして、二人とも緊張をしないの?”
カードが多いうちは、ジョーカーを持っていたとしてもまだ余裕があるので緊張をしないのだと彼女は思っていた。
が、既にゲームは終盤。そろそろジョーカーを持っているだろう二人のうちのどちらかが緊張をし始めなくてはおかしいはずなのだ。
ジョーカーを持っているのは、佐伯か天野か。動じそうにないのは佐伯だが、森は佐伯からカードを取る時、常に心理的な揺さぶりをかけ続けていた。一度も反応がないとは考え難かった。
やがて、森のカードは一枚、また一枚と消えていく。そうして遂にはなくなってしまった。
「なんで……?」
上がりである。
「良かったじゃない。二位でも中々のもんなんじゃないの? 罰ゲームを受けなくて済んだわね」
と、それを受けて天野は言った。
ただし、そう言いながらも“何か変だわ”と警戒をし始めていた。
自分は一度もジョーカーを引いてはいない。と言う事は、ゲームの始めから今までずっと佐伯がジョーカーをを持ち続けている事になる。しかし、森の異能力をかいくぐって、ジョーカーを持ち続ける事など果たして可能なのだろうか?
そこで天野は気が付いた。
「分かったわ!」
と、そして叫ぶ。
佐伯を指差しながら。
「どうして、綾小路が早々に能力を使って自滅をしたのか。どうして、森がジョーカーを見抜けなかったのか……」
佐伯はそれを受けても表情を崩さなかった。綾小路と森の二人は天野の発言の続きを待っているようだ。
「それは! そもそもジョーカーがなかったからよ! 佐伯! ジョーカーをどっかに隠したわね!
綾小路はジョーカーを見つけようとして思わず能力を使い続けてしまった。それで疲労したんだわ。森も似たようなもん。ないんだから、どれだけ心臓の音を聞いても乱れたりはしない」
それを聞き終えると、どうやら椅子と太ももの間に隠していたらしい恐らくはジョーカーだろうカードを佐伯は取り出した。
「卑怯者!」と、それを見て綾小路と森は声を揃えて言った。
佐伯はそれを気にしない。冷静な口調で淡々と言う。
「やっぱり、能力に頼らない方が視野が広くなるものね。天野さん。どうして気が付いたの?」
「簡単よ。カードの数が一枚少ないじゃない」
得意げに天野は言う。
そして、まるで死刑宣告をするようにこう続けた。
「佐伯。あんたの反則負けよ」
勝ち誇った様子。
ところが、佐伯はそれに首を傾げるのだった。
「反則? どうして?」
「どうしてって、カードを隠すようなイカサマ、反則に決まっているじゃない」
それに佐伯はにやりと笑う。
「カードを隠して私がゲームに勝てるのだったら、確かにそうかもしれないわね。でも、ジョーカーを持ち続けたら、私の負けになっちゃうのよ? 自滅するだけじゃない。それで反則になるのかしら?」
「なっ!」とそれを聞いて天野は言う。
佐伯は更に続ける。
「ま、反則なら反則で私は構わないけどね。そうしたら、私は反則負け。罰ゲームでサイトー君とデートするって事になるから……」
「佐伯…… あんた…」と、それを聞いて天野は言った。
佐伯はジョーカーを自分の他のカードに加えるとシャッフルする。それをしながら言った。
「天野さんが勝って罰ゲームを逃れたいって言うのなら、ジョーカーじゃないカードを渡すけど、どうする?
断っておくけど、この勝負、天野さんは本当の意味では絶対に勝てないわよ」
「冗談じゃないわよ!」
と、それに天野。
「私は、」
手を伸ばす。
「堂々と、」
佐伯が広げるカードの一枚に触れ、
「正面から負けるのよ!」
そう言いながら、カードを引いた。そこにはジョーカーの絵が見えていた……
駅前の待ち合わせスポット。
そこには天野小夜子の姿があった。
気合いを入れたファッションに見せないようにしようとしながら、それでいて確り可愛く見えるよう気合いを入れている。
彼女は、少しばかり頬を赤くし、緊張しながら期待に胸を膨らませていた。
「サイトーと二人きりでデート……」
小さくぽつりと呟き、微笑みを浮かべる。
やがて、「やっほ、天野」と男が彼女に声をかけた。
「サイトー!」
と、それを受けて天野は嬉しそうに振り返る。
が、その瞬間、固まった。
何故なら、そこにはサイトーの他にも三城という男生徒の姿があったからだ。イケメンでフェミニスト。女にモテると評判の男だ。
それからサイトーはこう説明した。
「佐伯さんが、天野が僕とデートじゃ罰ゲームだって言っていたからいい男も誘っておいた方が良いってアドバイスをくれてさ。だから、三城も誘っておいたんだ」
「天野さん、今日はよろしくね」と、それを受けて得意げに三城は言う。
“おのれぇぇぇ 佐伯ぃぃぃ!”
そのサイトーの説明を聞いて、天野は心の中でそう叫んで歯ぎしりをした。
その様子を少し遠くから眺めていた佐伯一美は、
「だから、“本当の意味では絶対に勝てない”って言ったでしょ? 天野さん」
と、呟いてゆっくりと微笑んだ。




