架空のペット
架空のペットを飼い始めた。ゲームやなんかの電子ペットの事じゃなく、正真正銘の架空のペットだ。
俺はネットでブログを書いているのだが、何もネタがないからほんの遊び心で、架空のペットの日記を付ける事にしたのだ。どうせ存在しないペットなら、犬や猫じゃつまらないだろうと思って正体不明の生き物にした。
そのペットの名前はクロウ。ほんの気分でそう決めた。名前から連想して身体の色は黒にしてみた。黒と言うより闇だろうか。闇なのか毛なのか液体なのか分からない、アニメやなんかでよく見る奇妙な質感のヤツだ。
クロウは小さな頃は可愛かった(という事にした)。小魚や肉片なんかをよく食べた。指で顎の部分を摩ってやると気持ち良さそうに目を細める。クロウは球体に近い形状をしていたが、辛うじて顎のような部分があるのだ。クロウは俺によく懐いた。少しの言葉なら理解できるらしく、トイレのしつけもちゃんと身に付けた。
ただし問題点もあった。クロウは際限なく大きくなったのだ。肉食だから、餌を調達するのも大変だ。出費もかさむ。それにクロウは夜になると元気になり、暴れ出すのにも手を焼いた。そこで、俺はクロウを開かずの間に閉じ込める事にしたのだ。
実は俺の家には開かずの間が一つあるのだ。ま、鍵をかけて、ずっと放っているだけの部屋なのだけど。俺はクロウを閉じ込めているのはその部屋だと想定した。クロウをその部屋に閉じ込めた事にした辺りから、俺はその架空のペット日記に飽き始めた。それで、徐々にその日記を書かなくなっていったのだ。
しかし、その頃から奇妙な事が俺の周囲に起こり始めたのだった。何故か俺のその架空のペットの噂話を皆がしているんだ。
“あんなペットを飼って大変だろうに”
“餌代はどれくらいかかってるの?”
“夜中、君のとこのクロウが騒いで、煩かったよ”
初めは、冗談だと思ってた。ところが、ある日に近所の肉屋から請求が来たんだ。それもかなり高額の肉の代金。俺が身に覚えがないと言うと、
「何言ってるんだい? 自分のペットの餌代も忘れたのか? 随分前から、溜めているじゃないか」
と、怒られた。サインがしてあって、それは確かに俺の字だった。しかも、肉片の断片が家の冷蔵庫からボロボロと出てきた。
俺はまさかと思って開かずの間を開けてみた。もちろん、何にもいない。昼の話だ。俺は自分を笑った。で、そのまま出て行った。でも、その一日が終わって、ベッドで横になった辺りで、自分で適当に決めたクロウの性質を思い出したんだ。
クロウは日の光が苦手だから、昼の内は隠れている。奴はわずかにある闇の中にでも、その身を潜ませる事ができるのだ。でも、夜になると活発に行動し始める。
そして更に思い出した。
俺が、昼に開かずの間に入った後、その扉の鍵を閉め忘れたという事に。
その時、廊下の向こうで扉の開く音がした。
俺は懸命に思い出す。いつからだ? いつから、クロウの日記を書いていない? 俺はその時から、奴に餌を与えていないんだ。
それから、ずるり、ずるりという足音が聞こえて来た。想像通りに大きな気配。それから、獰猛な獣の雄叫びが聞こえた。
いつからだ? いつから俺はあいつに餌を与えていない?




