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大怪獣エビラ顛末記

 我が家に大怪獣エビラがやって来たのは、秋の終わり、そろそろ冬も始まろうかという十一月の末の事だった。

 玄関のベルが鳴って、「どなたですか?」とインターフォン越しに尋ねると、どうやらそれはお向かいさん。ドアを開けると立っていたのは、妙に嬉しそうな顔をしたそこの家の旦那さんで、ニコニコと笑って差し出してきたのは、なんと美味しそうな伊勢エビだった。しかもまだ生きている。大怪獣エビラの来襲である。

 なんでも、伊勢エビ釣りに行って、思いの他の大漁だったらしい。それで我が家にもどうぞとそういう事らしい。

 早速、我が家は怪獣対策本部を立ち上げ会議を行った。まずは、隊長こと甲斐性なしの亭主が発言をする。

 「僕は刺身が食べたい」

 なんと直接攻撃のみでとどめを刺せとの提案。私はそれに反対する。

 「ちょっと待って、もしもの事があったらどうするの?」

 「大丈夫だよ。新鮮そのものじゃないか。何しろ、まだ生きているんだぜ?」

 「寄生虫がいるかもしれないじゃない」

 私は断固として、熱攻撃を主張した。ネットで調べてみたら、どうも結構楽に料理できるらしかったし。ところが、隊長は主張を曲げはしなかった。

 「伊勢エビの刺身なんて、滅多に食べる機会ないじゃないか。これを逃したら、いつになるか分からない」

 隊長の言う事も分からないではない。しかし、手間と安全面を考えるのなら、熱攻撃が一番のように思える。私も主張を曲げるつもりはなかった。ところが、そこに伏兵が現れたのだった。

 我が家のウルトラマンの登場である。

 「ねぇ、エビラって、餌何を食べるのかな?」

 餌という単語を発した息子に、私と夫は声を揃えて疑問符を発した。

 「え?」

 「水槽は、確かあったよね。でっかいのが」

 息子がそう言い終えると、私達は互いの顔を見合わせた。息子はいかにもワクワクしている。なんと、我が家のウルトラマンは、エビラの飼育作戦を計画しているらしい。それは我々の予想の全てを上回る発想だった。

 「おじいちゃーん。エビラの飼い方、分かったぁ?」

 「おぅ さとし。今、百科事典を探している最中だから、ちょっと待ってろ」

 しかも、ウルトラマンは、どうやら最高指令を抱き込んでいる。私は再び、隊長を見つめた。

 さぁ、どうする? あなたは、エビラを諦めるのか?

 その時、夫の目が、キラリと光ったように思えた。すくっと立ち上がる。そして、声を発する。

 「お父さん!」

 おお、言ったか?

 「百科事典には、多分、伊勢エビの飼い方は載っていないと思いますよ。インターネットで調べるから待っていてください」

 私はもちろん、心の中で“この甲斐性なし!”とツッコミを入れた。お養父さんには、家の頭金を出してもらったという負い目があるから、多少は分かるけども……。

 私は思った。

 でも、それでも… エビラを… 伊勢エビを諦めるといのか?! 隊長!

 だが、それから甲斐性なしの隊長は、小声でそっと私に向かって、こう囁いたのだった。どうやら、私の心中を察していたようだ。

 「大丈夫。多分、エビラは食べられる」

 その妙に確信に満ちた顔に、どんな根拠があるのかと私は訝しげに思った。しかし、なんとそれから、本当に隊長のその言葉通りになったのだった。


 二三日後、水槽でエビラは死んでいた。原因は息子のいじり過ぎである。

 そう。好奇心旺盛な我が家のウルトラマンが、エビラという面白い玩具を手に入れ、その遊びたい欲求を堪えきれるはずもなかったのだった。当然、遊び倒す。夫はこうなる事を看破していたのだ。結果的に哀れエビラは、ウルトラマンの“オモチャにして遊ぶ攻撃”により衰弱死してしまったのだった。

 子供とは残酷なものである。これなら、直ぐに殺して食べてやった方が良かったかもしれない。もっとも息子は、酷く悲しそうな顔をしていたけれど。

 何にせよ、私はエビラが腐らない内に、早々に熱攻撃による処理を行った。もちろん、息子にばれてはいけない。できるだけ原型をとどめないように、身を取り出して、スープにした。殻でダシを取る。伊勢エビの味が濃厚な、美味しいスープができあがった。

 ……こうして、大怪獣エビラは、めでたく退治されたのだった。


 夕食時。

 何も知らない息子は、

 「なに、このスープ、美味しいね」

 などと言って喜んでいたが……

 まぁ、多分、時が解決してくれるだろう。

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